寝たきりになり、鳴き叫ぶ老犬 一緒に乗り越えていく日々

「高齢犬でも寝たきりでも、介護を続けていれば上向くことがある」

お気に入りの庭でパチリ。犬用の洋服も嫌がりません

 井上由美子さん(53)の愛犬は「いぶし」君。推定15歳、雑種の男の子です。名前の由来は、その毛色から。「いぶし銀」の「いぶし」です。動物愛護団体の一般社団法人「ランコントレ・ミグノン」から、3年前に井上さんのお宅にやって来ました。

(末尾に写真特集があります)

「いぶしは私にとって4匹目の犬。独身で一人暮らしなんですが、そういう環境の人に保護動物を譲渡してくれるところはなかなかなくて。ネットで探しているうちにミグノンさんに出会ったんです」

 今、いぶし君は寝たきりの生活をしています。井上さんには、前に飼っていた犬の看病と介護の経験がありました。

「前の子も保護犬で、子犬から15歳で看取るまで一緒に暮らしました。亡くなる半年前からは寝たきりに。それなりに大変でしたけど、手を尽くして見送ってあげることができた。その後、1年ぐらい間をあけて、迎えたのがこの子です」

 ご自身の年齢を考えて、「今ならまだ、犬を飼っても生涯見てあげられる。また介護が始まっても、乗り越える体力のあるうちに」と考えたのだとか。

「いぶしは出会った時から老犬です。譲渡会ではケージに『初老』って書いてあって、推定年齢は12、3歳と。でもね、後ろ足はプルプルしてるし、背中は丸まってるし、どうみてももっと歳だよなあって(笑)」

衰えても、散歩好き

 井上さん宅にやってきたいぶし君は、ほとんど喜怒哀楽を表に出すことのない淡々とした性格でしたが、お散歩は大好き。来た当時は、家を出て10mぐらいは小走りするほどで、帰ってきても家に入るのを嫌がるぐらいだったとか。

「それでもだんだん、歩くのが辛くなってきて。私が一人で歩けば10分の距離に2時間かかりました。庭を通って通りに出るまでに30分かかったり。それでも、出かけるのは大好きでした」

 そこで、いぶし君のために歩行補助ハーネスを購入しました。

「そのころの体重はおよそ10Kg。こっちの体が音を上げてしまって。それで今度は、犬用の車椅子を買ったんです」

 この車椅子がいぶし君には合っていたようで、使い始めてからというもの、四肢の状態も改善されてきたとか。

「最初は嫌がったんです。でも、これがあればお出かけができる。いいトレーニングになったのか、ヨロヨロしながらも一人で庭を散歩できるようになって、最長で40分も自分の足で立っていられるまでになったんです」

 それでも老犬、体は確実に衰えていきます。車椅子に乗るのを嫌がるようになって、散歩することもなくなりました。

「車椅子で散歩させていて、すごく感じたのは、世の中の人の反応の違いですね。ハーネスのころは、犬好きの人が笑顔で見守ってくれたり『偉いねえ、がんばってるねえ』って声をかけてくれたり。関心のない人は完全にスルーでした。それが車椅子に替わったとたん、ほぼ100%、すべての人が注目してくるんです」

 そして、かけられる言葉は...「かわいそう」。

 こんな状態になっても歩かせるなんて、と非難されることもありました。一方で『これ、どこで売ってるんですか?』とか『うちの子にも使わせてあげたい!』なんていう人もいたといいます。

これが愛用の車椅子。「かわいそうっていう人もいたけれど、お散歩を本当に楽しんでましたよ」

認知症を発症

 いぶし君は寝たきりの生活が始まってから、ついに認知症も発症しました。歩けなくなると同時に、大声で鳴き叫ぶようになったのです。

「ほぼ、絶叫です。それも息継ぎする間もないほど間断なく、5、6時間続く。こちらが気が変になりそうでした。おそらく体が動かなくなったことへの不安、不満が噴出したんでしょう。どこにそんな体力が(?)と思うほど」

 そんな大変な日々は1年4カ月ほど続きました。眠りも浅く、5分寝ては起きて叫び、10分寝ては起きて叫ぶ......。

「もともと私の寝室は2階で、いぶしは1階で生活させています。Webカメラを設置して、夜中でも様子を見たりしていたんですが、寝たきりが始まってからは、私が1階で一緒に寝起きするようになりました」

 介護生活は前の犬で経験済みとはいうものの、ここまで鳴き叫ぶ子は初めて。ご近所への迷惑になっていないかという不安もあるし、井上さん自身の生活もめちゃくちゃに。

「生まれて初めてですね。自分の犬が可愛いと思えなかったのは......。もう、捨ててしまいたいとさえ思いました」

 人も犬も泣きながら、それでも食事、排せつの手伝いを続けました。

「年明けぐらいから、ようやく静かになりました。もう騒ぐ体力も残ってないんでしょう。同時に食欲も落ちてきました。鳴かなくなって、お腹もすかないのかも」

 ミグノンでは体に良い、上質なフードを与えられていたいぶし君。今はもっぱら、軽くあたためたミルクと犬用ジャーキー、好物は「あんこ」だとか。

「こんなジャンクなものをって、叱られそうですけど......。これしか食べてくれないんです。とにかくカロリーをとってもらわないと、体がダメになっちゃう」

 高い音なら聞き取れるので、井上さんはなるべく高い声で話しかけます。

「いい子、おりこう、って言葉はわかってるみたいなんですよ。優しい声でエンドレスにおりこうだねえ、いい子だねえ、って呼びかけ続けると、うっとりして寝付くんです(笑)」

 ようやく訪れた穏やかな日々。

「のど元過ぎれば......やっぱりかわいいです。もともと感情の薄い子でしたけど、一緒に厳しい局面を乗り越えたっていう実感があるみたい。今はなんとなく、信頼してくれてるんだな、心の距離が縮まったな、っていう気がします」

 春の日差しの中、いぶし君の規則正しい寝息が、あたたかなリビングに響いていました。

今も睡眠時間は短いが、騒がないだけ穏やか。「歩けないのに夢の中で走ってるらしくて。後ろ足が激しく動くんです。だから、筋力がないだけで麻痺はしてないんだと思います」

食欲が少し回復

 取材から2週間。井上さんに確認の連絡をすると、なんともうれしい知らせがありました。

「あれから、少し食べられるようになってきたんです!」「年齢的にも、もうないだろうと思っていた換毛も始まって、結構な量の毛が抜けます。少しだけど、食べる量も増えて、いいウンチが出るように」

「インスタ映えしない」ドロドロの雑炊系のご飯に顔を突っ込んで、アゴをぐちゃぐちゃにしながらも、「顔を拭かれては怒り、歯を磨かれては文句を言い。昼間寝て、夜はずーっと小さな声でピーピー、プープーおしゃべり。でも、そんなことをするだけの元気が出てきたことに驚きです。高齢犬でも寝たきりでも、介護を続けていれば上向くことがあるんだ、ってこと。みなさんに知っていただけたら」

 頑固で最強の「おじいワン」、がんばってます!

(浅野裕見子)

一般社団法人 動物愛護団体 Rencontrer Mignon(ランコントレ・ミグノン)

ミグノンでは、東京都動物愛護相談センターから犬猫、ウサギなどを受け入れ、動物たちが新しい家族と出会えるように毎月第2日曜日と第4土曜日に譲渡会を開催するなど、さまざまなイベントを企画しています。

住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷4-3-5

mail:info@rencontrer-mignon.org

HP: http://rencontrer-mignon.org/

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