Fukushima water問題、福島民友や地元テレビは調査に応じず。報道機関の責任果たしたか

一部メディアが処理水を「Fukushima water」と英訳していた問題。福島県内のメディアを対象とした調査を実施しましたが、大半が回答しませんでした。同表記はネットミームとして利用されている一面もあります。なぜ問題なのか、改めて考えます。【Fukushima water】【メディアと差別】
福島第1原発構内の処理水タンク。2023年8月に海洋放出が始まり、一部はためていた処理水を流し終えた(2024年1月22日撮影)
福島第1原発構内の処理水タンク。2023年8月に海洋放出が始まり、一部はためていた処理水を流し終えた(2024年1月22日撮影)
時事通信社

東京電力福島第一原発の処理水を一部メディアが「Fukushima water」と英訳していた問題を巡り、ハフポスト日本版は1月31日〜2月22日、福島県庁記者クラブに所属するメディア16社に向けたアンケート調査を実施した。

この問題を巡っては、ハフポストが「福島への差別や偏見を助長する」と記事で繰り返し指摘。共同通信毎日新聞が表記を変更し、内堀雅雄県知事も「風評や差別を助長する恐れのある表現がなされたことは誠に遺憾」と見解を示す事態にまで発展した。

しかし、大半のメディアはこの問題を報じなかった。

アンケート調査では、「Fukushima water」という表現に対する報じる側の認識や姿勢などを尋ねたが、回答したのは地元紙の福島民報、時事、朝日のみで、同じ地元紙の福島民友や地元4局などは答えなかった。

メディア自身が風評や差別を助長する発信をした一連の問題。Fukushima waterという単語が「ネットミーム」となっている現状を含め、なぜこの表記が問題なのかを改めて考える。

経緯を振り返る

福島第一原発の処理水を英訳する場合、国などは「treated water(処理された水)」としている。

しかし、共同通信は2023年9月28日、2回目の処理水の海洋放出が10月5日に行われることを報じた際、英字記事の見出しに「Japan to begin releasing second batch of Fukushima water on Oct. 5」と記載。

毎日新聞の英語ニュースサイト「The Mainichi」も同年11月9日、元参議院議員の田嶋陽子さんの講演が中止となった出来事を取り上げた際、「Tokyo ward cancels gender forum after speaker’s mutant fish comments on Fukushima water」という見出しで記事を発信した。

Fukushima waterの直訳は、「福島水」となる。

福島の被災地を研究する社会学者で、東京大学大学院情報学環の開沼博准教授はハフポストの取材に、「社会学的には『スティグマ』といい、地名を入れるということは、そこに住む人たちへの差別・偏見を生み出すことにもつながる」と指摘。

「妊娠できない」「奇形児が生まれる」など、福島の人々が原発事故後に受けてきた様々な理不尽な扱いを踏まえ、メディアがFukushima waterと報じることは「非常に無神経で配慮がなく、科学的な議論や社会的な合意形成に向けた被災地の努力を踏みにじるものだ」と厳しく非難した。

福島県議会12月定例会でも、自民党の渡辺康平議員がこの問題を取り上げて県の姿勢を問い、後に開かれた委員会で県幹部が「県民が一丸となって風評払拭へ頑張ってきた努力を踏みにじる行為だ」と言及

12月25日には、内堀知事が「一部の報道機関から福島に対する風評や差別を助長する恐れのある表現がなされたことは誠に遺憾。国・関係機関と緊密に連携を図り、様々な観点からどういった手法が適切か対応を検討していく」と発言した

The Mainichiの見出しに「Fukushima water」の文字(当時)
The Mainichiの見出しに「Fukushima water」の文字(当時)
Keita Aimoto

福島民友、地元テレビ局などは回答せず

しかし、ハフポスト日本版が日経テレコンなどで調べた結果、この一連の問題を報道したのは、福島民報、福島民友、産経の3社にとどまった。

地元2紙は県議会で話題になった後から短行ながらも報じ始め、産経は渡辺県議にインタビューして大きく取り上げた。しかし、地元4局など大半のメディアはこの問題を無視した。

メディア側が差別や偏見を助長する報道をしていたと認め、県議会で議員が問題として取り上げ、知事も苦言を呈した問題を、なぜ報じないのだろうか。

身内に甘いからか。映像などの素材がないからか。大したことがない話だと判断したからかーー。そもそも福島への差別や偏見に繋がるニュースを報じないというのは、メディアの責任を放棄しているに等しいのではないか。

このような疑問に対するメディア側の認識を問うため、ハフポストは福島県庁記者クラブに所属する16社にアンケート調査を実施した。

用意した質問は5問。回答しやすいようにグーグルフォームを使い、締切まで約3週間と十分に時間を設けた。各社に電話し、調査の送付先アドレスを聞き取った上、締切が近づくにつれてリマインド通知もした。

しかし、全ての質問に回答したのは福島民報のみ。時事、朝日は一部の質問に回答した。

共同は「前回の取材で答えているので見送る」、福島放送(KFB)は「個別に答える事案ではないと判断した」と回答しない旨の連絡があったが、福島民友などほかの11社は回答しない旨の連絡もなかった。

各社に送った5つの質問
各社に送った5つの質問
Keita Aimoto

福島民報、時事、朝日の見解は

福島民報は、編集局長名で回答があった。

まず、これまで「処理水」を「Fukushima water」と英訳し、記事・ニュースとして発信したことは「ない」と答えた。

Fukushima waterという表記が福島への偏見や差別を生み出すと思うかという質問には「はい」と回答し、「性質上は他の原子力施設から排出されているトリチウム水と同じ、もしくは濃度が低い処理水にもかかわらず、危険性のある特別なものとの印象を与える」と理由を示した。

偽情報対策に関する福島県庁の取り組みについては、「十分かと問われれば、積極的な取り組みといった面では、まだ不足している部分があると感じる」としつつ、「それが県庁の役目かどうかといったところについては分からない」と答えた。

時事は、Fukushima water問題を「取材していない」とした一方、Fukushima waterと英訳したことは「ある」と答えた。

記事中には「tritium-containing treated water」や「treated water containing tritium, a radioactive water substance」などと表記していたが、新聞紙面の見出しは「文字数が限られる」ため、Fukushima waterとしていたという。

指摘に耳を傾け、現在は「Treated Water」と表記しているとした。

朝日も、Fukushima waterに関する県議会、県知事の発言は記事として取り上げていないが、Fukushima waterと英訳したことはあるといい、「主に海外通信社の英文配信記事で使用例があり、弊社の記事を翻訳したものでも一部にあった」と答えた。

本文の初出時などでは「treated water(処理された水)」などと表記することを基本としているが、「表現を言い換えたり、短くしたりすることがある中で、 このような表記が混在していた」という。「今回の指摘を鑑み、より丁寧な表現を心がける」と結んだ。

Fukushima waterがネットミーム化

処理水をFukushima waterと英訳することが、なぜ福島県の差別や偏見を助長するのか。前述した開沼准教授の指摘がぼぼ全てだが、取材中に気づいた別の視点もあった。

それは、Fukushima waterという表記が、「インターネットミーム」(ミーム)として使われているということだ。

ミームとは、WebサイトやSNSで話題になった単語や文章、画像、映像が様々な形に変わって広まっていく様子のことを言う。

例えば、米人気俳優のウィル・スミスさんが2022年、アカデミー賞の授賞式でプレゼンターを平手打ちした出来事があったが、ネット上ではスミスさんが平手打ちする瞬間の映像を切り取った「コラ画像」が出回った。

格闘ゲームや漫画の一場面と合成されたり、手から炎が出るような絵を付け加えられたりし、「ネタ」として消費された。

Fukushima waterも同じだ。

巨大魚、不思議な生き物・現象、災害、事件、事故といったニュースが出回ると、必ずと言っていいほどFukushima waterと投稿するユーザーがいる。

処理水とは全く関係のないニュースのリプライ欄に「Fukuhsima water」と書かれている(写真は一部加工しています)
処理水とは全く関係のないニュースのリプライ欄に「Fukuhsima water」と書かれている(写真は一部加工しています)
Xから

例えば、北海道函館市の海岸で2023年12月、イワシなど大量の魚が打ち上げられているのが見つかった際、Fukushima waterという投稿がXで相次いだ

カニのハサミのようなものがえらから出ている魚や、台湾の海で発見された巨大な深海魚「リュウグウノツカイ」の映像が出回った際も同様だった。

このほか、Xで「“Fukushima water”」と検索すれば、次のような投稿が続々と出てくる。

①羽田空港で起きた航空機事故を伝えるメディアの投稿に、考える顔文字をつけて「Fukushima water safe to go back into sea?福島水は海に戻しても安全)」

②日本のトイレには手洗い用のシンクが付けられているという投稿に、「They could have saved more using Fukushima water福島水を使えばもっと節約できた)」

③どら焼きを摂取すると、カリフォルニア州ではがんや生殖障害を引き起こすことが知られているという根拠不明な投稿に、「they made this with fukushima waterそれらは福島水で作られています)」

④けがを負ったサッカー選手が日本でプレーしたという投稿に、「That must have something to do with the radioactive Fukushima waterそれは放射能汚染された福島水と関係があるに違いない)」

このように、Fukushima waterという単語はミーム化しており、悪意のある人物たちが「ネタ」として使っている一面もある。

そんな単語を報道機関が使ってもいいのだろうか。それを見た福島の人々はどう感じるだろうか。

イメージ写真
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batuhan toker via Getty Images/iStockphoto

大半が「文字数の制限」と回答

処理水をFukushima waterと英訳した理由について、大半のメディアは「文字数の制限があった」と回答した。

しかし、文字数が理由であるならば、Fukushima waterではなくTreated waterでいいはずだ。

様々なライフイベントで理不尽な扱いを受けてきた福島の歴史を少しでも考えていれば、Fukushima waterと表記することはなかっただろう。そして、少しでもネット上を検索していれば、結果は違ったかもしれない。

メディアは日々、差別や偏見を許さない姿勢で仕事に臨んでいる。しかし、なぜか福島に関してはそのハードルを下げてはいないだろうか。

支持する政党や原発の必要性などの観点からぶつかり合い、その狭間にいる福島の人々の気持ちを置き去りにしてはいないだろうか。

ハフポストはこれまで、Fukushima water問題をはじめ、函館イワシ大量死に絡む福島の偽情報問題、福島差別に繋がるストックフォト・Tシャツ問題など、どのメディアよりも先行して報じてきた。

今回、福島民友や地元4局は調査に応じなかったが、重く受け止めているのだろうか。情報が自然と集まる福島県庁記者クラブに所属しているのであれば、地元メディアが最初に報じてもよい問題でもあった。

三菱総合研究所が3月6日に発表した調査でも、福島への差別や偏見といった問題は「誤った情報がフェイクニュースとして世の中に流布された際に表面化する懸念がある」と指摘している

東日本大震災から13年。依然として福島の差別や偏見を助長する情報や商品はあちこちに存在する。

特に地元メディアは問題を矮小化せず、その一つ一つに目を向け、発信し、報道機関としての責務を果たしてほしい。

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