コラム・オピニオン
2019年12月26日 13時21分 JST

友人や知人から、「過去の加害」を告白されたら。

男児に性犯罪を犯した経験のある男性が、顔と名前を出して「AbemaPrime」に出演し、大きな物議をかもした。彼は、私の信頼する「仲間」だ。

mrs via Getty Images
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12月16日に放送されたAbemaTVの「AbemaPrime」にて、「小児性愛障害」が取り上げられたことはご存知だろうか。同番組には顔出し、名前出しで過去に子どもに加害行為をしたことがある男性が出演。「性犯罪」の当事者がモザイクなしで出演したことが大きな物議をかもした。

 登場したのは加藤孝さん、57歳。主に思春期前の男児が性的対象で、およそ10人に加害行為をした過去があるという。そんな加藤さんは38歳の時に子どもの口をガムテープで塞ごうとし、「このままだと子どもの命を奪ってしまうのではないか」とそのまま警察に自首。強制わいせつ未遂で懲役2年、執行猶予・保護観察4年の判決を受けた。その後、現在に至るまで通院と自助グループへの参加を続け、再犯防止プログラムに取り組んでいる。19年間、再犯はしていない。加藤さんの加害の背景には、「小児性愛障害」という精神疾患があるらしい。

 この放送を受け、ネット上では「炎上」と言っていい状態になった。特に自首した件や治療を続けていることなどは無視され、一部だけが切り取られて「堂々と顔出しする恥知らずな犯罪者」というような形で、あらゆる罵詈雑言が投げかけられていた。

 私はそれを、ものすごく複雑な気持ちで見ていた。なぜなら、私は加藤さんを知っているからだ。いや、知っているどころか、非常にお世話になった人だ。ここ数年は疎遠になっていたものの、一時期はよく行動をともにしていた。

 加藤さんと出会ったのは、10年ほど前。生活困窮者支援の現場でのことだった。当時、私のもとには読者の方から「ホームレスになった」「所持金が尽きた」「ネットカフェにいるけどお金がなくて出られない、このままでは逮捕される」というようなメールがよく届いていた。リーマンショック前後のことだ。そのたびに、自分がかかわったり、よく知っていたりする支援団体を紹介し、時にネットカフェに迎えに行って支援団体に付き添ったりしていた。そんな過程で知り合ったのが、当時、生活困窮者の支援の現場にいた加藤さんだった。そうしてある時、ホームレス状態の若いカップルの生活保護申請に、私と加藤さんともう1人で同行することになった。

 このカップルがそうだったのだが、所持金もなく住む場所もなく仕事もない状態であれば、生活保護を利用できる。いくら「働け」と言ったところでこの時点で2人の所持金は300円、携帯も止まっていた。食費も交通費もなければ最悪、餓死である。しかし、このような状態で役所に行っても申請を断られることがある。いわゆる「水際作戦」だ。が、そういうケースでも、制度に詳しい支援者が同行すれば大抵の場合、あっさり通る。よって私たちが同行したところ生活保護申請は無事に通り、また、2人はカップルだったのでその日から「家族寮」に入れることとなった。これも制度に詳しい支援者がいたからこそ、である。

 それから2年ほど後にも加藤さんとタッグを組んである人を支援した。この時も私のもとに「仕事がなくなり、お金も底をつき、携帯も止まった」と40代の男性から連絡が来たのだ。携帯が止まっているので連絡がなかなかとれず、紆余曲折あったもののなんとか生活保護申請にこぎつけ、男性はその日のうちにシェルターに入ることができた。

 このふたつのケースは、どちらも命の危機が迫っていた。具体的に所持金が尽きているということもそうだが、カップルは2人で「もう死のうか」という相談を真剣にしていた。一方、40代男性の方は私と一度は会ったあとで39度の熱を出し、住む場所も食べ物もないまま、たまたま入れた倉庫で数日間、苦しんでいた。しかも、真冬。その時「正直、死のうかと思った」という。そうしてカップルも40代男性も生活保護申請が無事通ったあと、「これで無理だったら今日、自殺しようと思ってました」と口にした。

 そんな極限の現場をともにした加藤さんは、非常に「頼りになる」人だった。「これからどうなるのだろう」と不安でいっぱいの当事者にいつも優しく接し、丁寧な説明をし、時に冗談を言って笑わせる。時に私が説明不足のまま物事を進めようとしていると、それをやんわりと指摘してくれることもあった。また、当事者は大抵携帯が止まっているので生活保護申請や相談のための待ち合わせしてもすっぽかしを食らうことはよくある。というか、こちらから一方的に「何日何時にここ」と決めて、ネットカフェかどこかで相手がメールを確認するのを祈りつつ、という待ち合わせなので、彼らが現れる確約は最初からない。だけど加藤さんはそんな待ち合わせに嫌な顔ひとつせずに付き合ってくれて、本人が現れなくても「連絡を待ちましょう」とにこやかに言うのだった。

 そんな加藤さんに「性犯罪」の過去があるということを、私は知っていた。本人から聞いていたからだ。それを聞いたのは、私たちが支援した当事者と支援者たちで食事をした際のこと。加藤さんは急に真面目な顔つきになると過去の加害と逮捕歴があることを告白した。私はただただ驚いた。というか、どこかでぽかんとしていた。支援者として「完璧」と言っていい加藤さんとその話が、どうしても結びつかなかったからだ。え、子ども? え、男の子? え? どういうこと? 加藤さんが??

 混乱したまま、今もその告白は私の中でどこにも着地しないまま浮遊している。

 小児性愛、という言葉は知ってはいた。だけど、その当事者に会ったことはなかった。相手が子どもであるということ、そして性犯罪という事実に、拒否感のようなものが湧き上がってもきた。しかし、その時の加藤さんはすでに執行猶予期間も終えていた。そのことに対して、私に何が言えるのだろう。そして今、こうして社会的弱者とされる人たちの支援を献身的にやっていて、ともに活動していて、信頼している「仲間」である。一方で、加藤さんの加害の対象が「成人女性」だったとしたら、私はそんなふうに冷静でいられただろうか? と今、思う。

 加藤さんからその話を聞く前も、その後も、私は多くの性暴力被害者に会っている。実の父親から性虐待を受け続け、父親の子どもを産んだ女性。性犯罪をきっかけに、人生を大きく狂わされてしまった女性。そして今年になってから、フラワーデモで本当にたくさんの人の被害経験を聞いた。泣きながら、嗚咽を堪えながら語る姿を見て、何度も一緒に泣いた。蓋をしていた自分の経験も蘇って、そのことばかり思い出して眠れなくなったこともあった。

 そして今だって、現在進行形の被害を聞くこともある。実の父親からレイプされ続け、警察に行っても相手にされず、実家から逃げ出したものの、今も電話で脅され金を要求されているという知人から助けを求める電話がくることもある。そんな時、怒りで頭が真っ白になりつつ、思う。もうこの加害者たち、一生どこかに閉じ込めておけないものなのか。どこかに消えてもらえないのか。もう二度と誰も傷つけないように、なんとかできないものなのか。

 被害者であれば、一層強くそう思うだろう。

 一方で、加藤さんとの出会いから知ったのは、「絵に描いたような、まるでモンスターのような性犯罪者なんて、もしかしたらいないのかもしれない」ということだ。

 加藤さんに多くの批判がある中、心に残ったのは、番組にともに出演していた池澤あやかさんの「元被害者が小児性愛障害者と対峙して」というnoteの文章だ。

 ここで池澤さんは、加藤さんについて以下のように書いている。

 「加藤さんは苦しみを強調しているわけではなかったが、インタビューやお話を通じて、加藤さんが抱える葛藤が伝わってきた。小児性愛障害は完治するものではないため、日々衝動を抑えながら、例えば子どもが道を通っていたら目を背けるなどの工夫をして、自ら自首してから19年間、子どもに性的な加害をすることなく生活を続けているそうだ。
 わたしはこうした一連のお話を伺っていて、言いようもない、加藤さんへの感謝のような気持ちが湧いてきた。
 小児性愛障害者の抱える、自身の性的嗜好が他人を傷つけてしまう苦しさは計りしれない。そんななかで、根気強く治療を続け、再犯防止に取り組んでもらっているのは、とてもありがたい」

 この一節を読んで、なんだかほっとした。

 もちろん、自分が被害者の立場だったら、という視点は常に持っていたい。だけど私は加藤さんと「支援者同士」として出会った。そしてともに支援活動をし、命の崖っぷちで喘ぐ人たちをなんとかそこから引き上げる手伝いをし、「自殺しようかと思った」という言葉にともに涙を堪え、落ち着き場が見つかった時は「良かった良かった」と喜び合い、そしてその後で、過去の加害を知った。

 もしあなたが、とても信頼し、頼りにしている人からそんな告白を受けたら。同僚でも上司でもいい、親友でもいい。どう対応するだろう? そして性犯罪者は、実は身近な存在でもある。あなたの友人知人の中には痴漢という加害行為を日々している人がいるかもしれない。そしてその行為がやめられないことに悩んでいるかもしれない。加藤さんとともに出演していた精神保健福祉士・斉藤章佳氏の『男が痴漢になる理由』を読めばわかる通り、痴漢は依存症であり、痴漢の多くは「よき家庭人」だ。そんな「普通」の男性が、恐ろしい数の被害者を日々生み出し続けている。

 薬物に関しては昨今、依存症という理解が進んできた。が、「被害者なき犯罪」と言われる薬物と違い、被害者の心と体に深い傷を残す性犯罪には厳しいまなざしが向けられ、「性犯罪者に人権などない」といった言葉が投げかけられることが多い。しかし、池澤さんのこの言葉にヒントがある気がする。

 「小児性愛障害者を『気持ち悪い』で切り捨て、彼らが肩身の狭い世の中にすることや、彼らが今重ねている努力を無視することは、果たして本当に子どもへの被害を食い止めることにつながるのだろうかという疑問もある」

 顔と名前を出し、加害の過去を話し始めた加藤さんはあらゆるリスクを受け入れるつもりなのだろうか。それが彼なりの償いや落とし前なのだろうか。出演にあたり、自分自身が人前に出ること自体がセカンドレイプになるのでは、という思いもあり、主治医とも相談したという。ただ、過去の自分のような人にメッセージを伝えたいという思いもあったそうだ。一方で、加藤さんがどれほど「責任」をとろうとしても、被害者の苦しみが軽減されるわけではないという事実もある。

 さて、ここでもう一度問いたい。

 あなたが信頼する人から過去の加害を告白されたら、どうしますか、と。

 今も答えは出ていない。だから、この文章を書いた。

 

*本記事は2019年12月25日のマガジン9掲載記事『第507回:友人や知人から、「過去の加害」を告白されたら。の巻(雨宮処凛)』より転載しました。