WOMAN
2019年04月05日 18時49分 JST | 更新 2019年04月06日 13時38分 JST

脚に障がいがあってもファッションを諦めない。出産後に半身まひになった女性の「靴づくり」

出産8日後に脳出血。目覚めると、左半身がまひしていた。布施田祥子さんがブランド「Mana’olana」を始めるまで。

布施田祥子さん
布施田祥子さん

脚に障がいを持つ人に対応した「おしゃれな靴」を開発し、さいたま市内で販売している女性がいる。布施田祥子(ふせだ・さちこ)さんだ。自らも出産後に脳出血で倒れ、左半身まひになった経験を生かして個人事業としてブランドを立ち上げた。

おしゃれな靴が、自分のように脚に障害を持つ人が「外へ出かける」後押しになればと願う布施田さん。起業した背景には何があったか、その思いを聞いた。

 長女を出産した8日後、脳出血に

2011年、長女を出産して8日目の真夜中のことだった。帝王切開で出産したため、まだ入院中だった。娘に授乳するとき、足がもつれ、体がうまく動かない感じがした。ベッドに横になっていると、体の左半分が石みたいに徐々に硬くなっていく。「おかしい」、何度も看護師に訴えたが「産後にはよくあること」「朝までMRI(核磁気共鳴画像法)が使えない」と対応してもらえなかった。

翌朝になって、すでに「手遅れ」なことが判明した。脳出血だった。その後、12日間意識を失った。医師は家族に「意識が戻らない可能性がある」と伝えたという。

 左半身が麻痺 「一生車椅子」の宣告

目覚めると、左半身がまひしていた。医者からは、「最悪の場合は、寝たきりに。回復しても、車椅子は手放せないでしょう」と告げられた。

治療の遅れについて病院を訴えることも考えた。でも、「裁判にエネルギーや時間を使うより、また笑顔で暮らせるように、娘をその手で抱けるように頑張りたい」と考え、リハビリに取り組んだ。「この先、一生トイレにすら行けないのではないか」と弱気になることもあったが、夫の助けも借りて3カ月後、杖で歩いて念願のアイドルグループ「嵐」のコンサートに行くまで回復することができた。

入院とリハビリを終えて、自宅に戻ったのは約8カ月後。負けず嫌いな性格もあって、「不自由だけどやる気さえあればできないことはない」と自分を奮い立たせ、家事も育児も片手でこなした。片手で娘を抱きかかえ、オムツも替えた。

「もっと早く治療してもらえたら障がいが残らなかったかもしれない」と思ったこともある。でも、「起きてしまったことは変えられない」と前を向いた。

大腸全摘出 支えとなった娘の存在

やっとリハビリを終えた矢先、持病の潰瘍性大腸炎が悪化し始めた。最も症状が悪化した1年半ほどの間は、自宅で寝たきりの状態が続いた。精神的にもひどく落ち込んだ。娘の動作ひとつにイライラし、きつい言葉を浴びせてしまったこともある。

しかし、そんな苦しい時期に支えてくれたのも「娘」だった。当時3、4歳だった娘は、甘えたい盛りの年齢のはずなのに、「お母さんはお腹が痛いみたいだから、今日はおばあちゃんの家に行くよ」と気遣ってくれた。

2015年、大腸を全摘出する手術を受けた。大腸を摘出すると、一生「人工肛門」を使用しなければならないと言われた。

「なんで私ばかり病気でこんな苦しい思いをしなければならないんだろう」。

しかし、母の言葉に救われた。「自分だけが辛いんじゃない。みんな何かしら苦しみを抱えている」と。

「考え方や捉え方を変えれば、自分の感情も未来も変わる」ということに気づいた。

布施田祥子さん
布施田祥子さんと娘さん

「選択肢がある日常」が当たり前になる社会へ

障がいを抱えてからは外出時、歩行を支える「下肢装具」の着用が欠かせなくなった。

下肢装具とは、脳卒中などの病気や怪我によって動きにくくなったり筋力が落ちたりした脚を、ふくらはぎのあたりから足先まで固定するもの。足の機能を補い、転倒や足の変形を予防するために使用される。

 心身ともに回復し社会復帰も果たした2017年、「下肢装具を着けていても履けるおしゃれな靴」を開発・販売する「Mana’olana(マナオラナ)」を個人事業で始めた。

もともとアパレル関係の仕事をしていておしゃれが大好きな布施田さん。障害を持って下肢装具を使うようになってからは、スニーカーしか履けなくなってしまった。洋服に合わせて靴を選ぶ楽しみがないことが大きなストレスになった。「だったら、自分で靴を作ろう」、それが事業のきっかけだった。

 2017年に、埼玉県が主催する女性のためのビジネスプランコンテスト「さいたまスマイルウーマンピッチ」に応募したところ、入賞。県からの支援も受け、メーカーと試行錯誤して靴を開発した。障害がある人が、片手でも脱ぎ履きしやすいデザインにした。今後は、ファッション性を追求しながらも、毎日履けるような機能性も備えた靴を開発していきたい。

 「障がいを持っている人でも、普通にお店に行けば色々な靴が選べる、選択肢のあることが普通になるような社会」を作りたいと願う。

障がい者は「一歩外に出るだけで未来が変わる」と布施田さんは自分の経験を踏まえて話す。外に出ることに不安を感じ引きこもりがちになる人もいるが、外に出れば人との出会いがあり、新しい世界が広がっている。

 「脚に障害を持っている人に、靴を通して、諦めかけた思いを奮い起こしてほしいです」と振り絞るように話した。

布施田祥子さん
下肢装具に対応したパンプス(Mana'olanaの商品)