アートとカルチャー
2019年12月17日 09時45分 JST | 更新 2019年12月18日 18時05分 JST

男女間の対立ではなく、社会システムの問題。フランスで100万部突破、フェミニズム小説『三つ編み』から日本を考える

女性差別がなかったことになる社会の構造、そして男性の生きづらさとは?

『三つ編み』/Kaori Sasagawa

インド、イタリア、カナダーー。3カ国を舞台に、3人の女性の「選択」と「闘い」を描き、本国フランスで100万部突破した小説『三つ編み』。

“フェミニスト小説”といわれ日本でも話題の本作を、「男性学」の視点から読み解くイベントが、2019年10月に東京・田原町の書店「Readin’ Writin’ BOOKSTORE」で行われた。 

トークしたのは、『三つ編み』日本語版の解説を担当し、著者にインタビューしたフランス在住のライター・髙崎順子さん。ゲストは男性学研究を専門とする社会学者の田中俊之さんの2人。 

Kaori Sasagawa
(左から)フランス在住のライター・髙崎順子さん。男性学の社会学者、田中俊之さん

フランスでこのベストセラーが生まれた背景、なぜか女性差別が“なかったことになる”社会の構造、日本の男性の生きづらさについて、語り合った。

前編》

関連記事》「人間が好きならフェミニストなはず」フランスで100万部突破「三つ編み」の著者、日本を思う

 

男性は「三つ編み」を読まない? 

髙崎:『三つ編み』はまったく異なる人生を歩む、3人の女性を描いた小説です。

カースト最下層の運命から娘を逃そうとするインドの母親。代々受け継がれてきた家業をこよなく愛するイタリアの16歳の少女。3人の子を育てながら弁護士としてキャリアを着実に積み上げるカナダのシングルマザー。

最初に面白いな、と私が感じたのは「フランス人の作家が書いた」という点。物語のどこにもフランスは出てこないんです。

でも、フランスに長年住んでいる自分としては、フランス人だからこそ書ける面白さだとも思った。それは一体なぜだろう、という自分の好奇心を掘り下げる形で日本語版の解説を書かせていただきました。 

『三つ編み』日本語版表紙
レティシア コロンバニ (著)  齋藤 可津子 (翻訳) 『三つ編み』(早川書房)

日本でもすでに女性を中心に多く読まれていて話題になっていますし、女性の批評家によるレビューもたくさん書かれています。

そこで、『三つ編み』を読んだ男性の感想も聞いてみたくなったんですね。幅広い視点からこの物語を読み解いてくださる男性は……と考えたときに、男性学を専門とする田中先生にぜひお願いしたいと思いました。

田中:ありがとうございます。少し前に別の媒体で、『82年生まれ、キム・ジヨン』を読んだ感想を82年生まれの日本人男性と語り合う、という座談会に参加したんですよ。

髙崎:韓国で生まれたフェミニズム小説ですね。『三つ編み』より少し先に刊行されて話題になりました。

田中:座談会の参加者の一人が、『キム・ジヨン』を読んで「まったく意味がわからない。これなんですか?」というような感想を述べたんですね。文化の違いがわからないということではなく、「女性差別の部分が頭に上手く入ってこなかった」といっていました。

フェミニズム的な問題提起に対して、「何を言われているかわからない」と感じる男性が一定数いる、ということなんですね。むしろ、そちら側が今の社会ではマジョリティかもしれない。

髙崎:女性差別という問題自体が見えていない。だから、「何言ってるの?」という反応になるのでしょうか。 

『82年生まれ、キム・ジヨン』日本語版表紙
チョ・ナムジュ(著)斎藤 真理子(翻訳)『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房)

 

高校生の僕は「女は感情的だ」と思っていた

Kaori Sasagawa

田中:僕は『三つ編み』『82年生まれ、キム・ジヨン』のどちらにもすごく共感できましたし、読んでいて胸が苦しくなりました。

ただ、僕がこんな感じ方をできるようになったのも、実は大学以降なんです。

僕はわりと自由な校風の都立高校に通っていたのですが、卒業後に同級生と話したら「女性差別、あったよね」という話が女性から出てきたんです。

たとえば、僕がいた吹奏楽部は40人の生徒のうち男子が8人しかいなかったんです。でも「女は部長になれない」というルールがあり、僕が部長をやることになった。 

そのとき先輩に「なんで女は部長になれないんですか?」と聞いたら、「女は感情的で組織をまとめられないじゃないか」と返されたんです。

髙崎:田中先生は、そう聞いてどう思いましたか。

田中:当時の僕は、「そうか、教科書を読んでも昔から統治者は男ばかりだし、やっぱり女は感情的なんだな」と理解してしまったんです。

ただ、その後の大学受験が上手くいかなかったことがきっかけになって、価値観が転換したんですね。もしあのままいい大学、会社に入っていたら、今の僕が批判的に見ているルートに乗っていただろうと思います。

そういう二面性がある、という自覚がある。

だから、勝ち負けの価値観を強く持つ男性にとっては、女性差別は考えないほうがいい問題なんです。 

髙崎:単純に、(男女が平等になると)競争相手が増えますからね。東京医科大学の入試不正問題のように。

田中:「あの入試不正問題、どう思った?」と進学校の男子生徒に聞いたんですよ。

そしたら「ラッキーです」と答えた男子がいたんですね。男性の中で勝ち抜くことだけを意識していて、女性差別の問題を視界の外に置いているんだな、ということを実感しました。

彼がそうとは限りませんが、例えば、祖父も父もずっと医者で自分は長男だから医師にならなければならないと教育されてきたようなケースでは、競争相手が減ってよかったと単純に考えてしまうのではないでしょうか。

  

フェミニスト小説、フランスや韓国は男性も読んでいる 

Kaori Sasagawa

髙崎:ちょっと話は変わるのですが、以前から疑問に思っていたことが繋がりそうなので、言わせて下さい。

日本語の「社会人」という言葉っておかしくないですか?  

「社会人」=働いている人の意味になっているんですよ。仕事を持たない人や子ども、学生、専業主婦、引退している高齢者は、一般的に「社会人」とはみなされない。

田中:パートやアルバイトの人もそうですよね。日本ではフルタイムで仕事をしている人だけが社会人とみなされる風潮がある。

なぜそうなったかというと、日本における社会=企業社会だからなんですね。だから定義が狭いし、受験、就活、出世レースと、常に競争に勝っていく原理に支配されている。

髙崎:日本では「社会」という言葉の文脈が独特な気がします。社会って本来はもっと包括的なものであるはずなのに。「女子ども」という言葉も、同じ種類の独特さから来ていますよね。

それと関連して興味深かったのが、フランスでは、男性による『三つ編み』の書評が多かったことです。

そしてその多くが、「男としてこう読んだ」ではなくて、「人間としての苦しみ」について言及していた。「女」を同じ人間である、ときちんとみなしているんですね。

日本はその点が大きく異なっていて、先ほどの「女子ども」の言葉のように、女と子どもは別の生き物と思われている。社会の人口の約半分が女性なのに、それは一種の機能不全の表れではないのかな、と。

田中:髙崎さんのお話を聞いていると、フランスでこの本がベストセラーになる土壌は理解できる気がします。一方で、不思議なのは『82年生まれ、キム・ジヨン』が韓国でベストセラーになっているという現状です。

韓国って日本と同程度にジェンダーギャップ指数が低くて、性別役割分業が根強いんですよ。でも『キム・ジヨン』がベストセラーになったということは、フェアな社会を志向する力が日本よりも韓国内では強くなっていることの現れかもしれません。

 

女性差別をないことにしたい層が向き合う現実

© Marco Bottigelli via Getty Images
(写真はイメージ)

髙崎:日本の女性差別の根底には、一部の男性が「自分たちを客観的に見ようとしない」ことも関わっていると思います。

「男とはこういうものだ」という理想形はある。でも実際の自分たちがどういう姿をして、どんなメンタリティを持っているのか、ということを知ろうとする欲求が薄い。少なくともフランスと比較すると、そういう欲求は低いように見えます。

田中:「社会というものを広く視点で捉えなければ」などの指摘に、男性たちは何にどうコミットしていいかわからないんですよね。

女性差別への男性の反応として顕著なのは、自分ごととしてジェンダーの問題を捉えられない層です。その次に目立つのが、「女性やセクシュアル・マイノリティの人って大変なんでしょ。我々が救ってあげよう」という層。

髙崎:女性の権利について話し合うと、どうしても女性が男性に対して強い態度になる場面もありますよね。その結果、男性側が「どうせ俺たちが怒られるんでしょ」と引いて、対立ありきになってしまう。

今の社会を動かしている上層部には、女性のことも、自分たちのことも見ようとしない男性たちが少なからずいる。彼らがつくるシステムの中で、私達はなんとかしなきゃいけないというジレンマがある。

だからこそ口調が強くなったり、攻撃的とも見られるコミュニケーション方法を選ぶ人もいるのですが、社会を動かす層にまではなかなか届かない。

“女性差別をないことにしたい層”と、“ないことにされたら困る層”のコミュニケーションの断絶を感じます。社会がその二つに二分されているわけではなく、社会の一部にあるそれらの層が、ですね。

田中:ジェンダー差別について話すと、「なぜ男たちはこんなにも鈍感なのか?」という話に必ずなりますよね。でも、日本では男が鈍感にならざるを得ない側面もある。

なぜかと言うと、日本は成人男性の労働力率が他国と比べると異常に高いんです。働いていない男性が珍しく見える社会。これは1970年代から2010年代の現在まで、ずっと変わりません。

出産・子育てを主体的に担わされる女性の労働力率はM字カーブになるんですが、男性はずっと台形なんです。20歳くらいから突然ほぼ100%をキープして、60歳を過ぎたらストンと落ちる。

約40年間、“労働”一本道を歩む。

内閣府 男女共同参画局
年齢階級別労働力率の就業形態別内訳(男女別,2013年)

田中:もちろん、約40年も労働を続けることを否定しているわけではありません。よくよく考えてみると男だという理由だけで、それを「当たり前」のこととされてしまっているのはすごい抑圧ですし、それと同時に、継続して働き続けることはもっと褒められてもいいとさえ思います。

けれども、考えても仕方ないから、意識のスイッチを切るといった感じでしょうか。 自分の頭で考えないようにしないと続けられないことでもあります。

髙崎:不快な満員電車に毎日乗る生活を、受け入れないといけないわけですからね。特に都市部では。

田中:そう。毎回、どうしてこんなに混んでいる電車に乗らなければならないんだろうなんて考えてしまったら、心を病んでもまったく不思議じゃないんです。

だからこそ男女間で対立するのではなく、社会のシステムをどうしていこうか、という話を私達はこれからしていかないといけないと思います。

 

(後編は近日中に公開予定です)

(取材・文:阿部花恵   撮影・編集:笹川かおり)