ナウシカの由来はギリシャ神話の姫だった。勇者オデュッセウスの命を救い、恋心を抱くも…【風の谷のナウシカ】

「さようなら、異国の方。お国にあってもいつかまた、わたくしを思い出して下さるよう、わたくしが最初に命を助けた恩人だと」
『風の谷のナウシカ』の静止画(スタジオジブリ公式サイトより)
『風の谷のナウシカ』の静止画(スタジオジブリ公式サイトより)
スタジオジブリ

宮崎駿監督の映画『風の谷のナウシカ』が7月7日、日テレ系の金曜ロードショーで放送される。1984年の上映から40年近く経ても人気が衰えない名作アニメだが、主人公ナウシカの名前が、ギリシア神話に由来していることをご存じだろうか。知られざるエピソードをまとめた。

■ナウシカの原型は、アメコミ原作のアニメ。原作者の許可が下りず作り直す

風の谷のナウシカ―宮崎駿水彩画集』(徳間書店)に掲載されたインタビューによると、もともと宮崎監督は『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)を完成した後、アメリカのコミックを原作とした映画を考えていたという。それはリチャード・コーベン氏の『ロルフ』で、お姫様のヤラを飼い犬のロルフが助ける内容だったが、原作者であるコーベン氏の許可が下りず、お蔵入りしていた。

しかし、宮崎監督は諦めなかった。『ロルフ』の映像化を考えた際に想像力を膨らませた物語を、さらにもう一度作り直した結果、『風の谷のナウシカ』が生まれたのだという。宮崎監督はこのインタビューの中で、以下のように振り返っている。

「この時点で僕が考えていた主人公の名前は、まだ『ロルフ』の原作にあったヤラという名前のままでした。でも、ヤラはあくまでも『ロルフ』の主人公の名ですから、そのまま使うのは嫌だったんですね。同じ頃、エヴスリンの『ギリシア神話小事典』で<ナウシカ>という名前を見つけていまして、僕には強烈なイメージがありました。いい名前だなと思ったんです」

■ギリシア神話の「ナウシカア」とは?勇者オデュッセウスの命を救ったスケリアの王女

オデュッセウスとナウシカアの出会いのシーン。アンドリュー・ラング氏による「ギリシャ海の物語」より(1926年)
オデュッセウスとナウシカアの出会いのシーン。アンドリュー・ラング氏による「ギリシャ海の物語」より(1926年)
Heritage Images via Getty Images

宮崎監督が参考にしたのは、1979年に社会思想社から発売された『ギリシア神話小事典』だった。作家のバーナード・エヴスリン氏がギリシア神話に出てくる様々なキャラクターを項目別に解説したもので、小林稔氏が「ナウシカ」と翻訳した王女の項目がある。

この項目のベースとなったのは、ギリシアの伝説的な詩人ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』だ。2022年に発売された『オデュッセイア』(京都大学学術出版会)の中で、訳者の中務哲郎氏は「ナウシカア」と表記している。その登場シーンを要約すると以下のようになる。

――

主人公である勇者オデュッセウスはトロイア戦争からの帰途、乗っていた筏が壊れる。パイアケス人の国「スケリア」に命からがら漂着した。スケリアの王女ナウシカアは、女神アテナが見せた夢のお告げに従って、海岸に行き衣服の洗濯をしていた。すると、塩水で汚れきって全裸に葉っぱで急所を隠しただけのオデュッセウスが助けを求めて藪から出てきた。

その姿を見て侍女達は逃げ出したが、勇敢なナウシカアは動じなかった。

「今は私たちの町と国に辿り着かれたからには、試練に耐えて救いを求めてきた嘆願者が受けて当然の、衣服もその他のものも不自由はさせません」

侍女たちを呼び戻して、オデュッセウスの体を洗わせて、オイルを塗らせ、食料を与えた上で、王宮へと案内したのだった。

ナウシカアは、見違えたオデュッセウスに恋心を抱く。「このような方がこの地に住みついて、私の夫と呼ばれたら、またその方がここに留まる気になったならどんなにかよかろう」と侍女に漏らしていたほどだ。しかし、やがてこの人物が英雄オデュッセウスであることが王宮で明らかになる。妻子がいる故郷イスケに戻らなければならない事情を知り、こんな惜別の言葉をオデュッセウスに送った。

「さようなら、異国の方。お国にあってもいつかまた、わたくしを思い出して下さるよう、わたくしが最初に命を助けた恩人だと」

これを受けてオデュッセウスは、丁寧に返答した。

「彼の地にあっても、いついつまでもあなたを神の如く崇めることでしょう。私に命を与えてくださったのだから、乙女よ」

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