親の意見が気になって、自分らしい就活ができない──悩める就活生が、臨床心理士の信田さんに相談してみた(サイボウズ式)

親の前の自分とありのままの自分、ダブルスタンダードを身につけましょう。
信田 さよ子さん
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サイボウズ式提供

就活を控え、自分の将来のキャリアを考えるとき、親の顔が浮かんでしまう。親が望む道を選ぶべきか、自分の行きたい道を選ぶべきか──。親との関係性も良好に築いていきたいけれど、自分を曲げて後悔をしたくない。親の意見と自分の意思との間で悩んでいる人もいるかもしれません。

サイボウズ式でインターンをしている大学生のみっちゃんも、その間で揺れるひとり。地方出身の彼女は、母親から「東京の大学を卒業したら地元に戻って、公務員になりなさい」と言われています。親に、経済的にも精神的にも依存している今、就活をどういう風に進めていけばいいのか、悩んでいます。

そんな悩みを親子関係の問題に関するカウンセリングを行っている臨床心理士・信田さよ子さんにぶつけてみました。親への依存から抜け出し、後悔しない選択をするためには、どうすればよいのでしょうか?

やりたいことを考える前に親の顔が浮かんでしまう

みっちゃん:私は今、母親との関係性について悩んでいて、今日は信田さんのお話をお伺いしたくて来ました。

信田:何に悩んでいるの?

信田さよ子(のぶた・さよこ)。1946年岐阜県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部哲学科卒業、同大学院修士課程家政学研究科児童学専攻修了。臨床心理士。駒木野病院勤務、CIAP原宿相談室勤務を経て1995年 原宿カウンセリングセンター設立、現在に至る。
信田さよ子(のぶた・さよこ)。1946年岐阜県生まれ。お茶の水女子大学文教育学部哲学科卒業、同大学院修士課程家政学研究科児童学専攻修了。臨床心理士。駒木野病院勤務、CIAP原宿相談室勤務を経て1995年 原宿カウンセリングセンター設立、現在に至る。
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みっちゃん:「母親の意見に従わなくてはいけない」という、謎の恐怖心があるんです。大学を卒業したら東京で就職したいと思っているんですが、母には「東京で就職したら、縁を切る」と言われていて……。どうしても、自分のやりたいことよりも先に親の顔が浮かんでしまうんです。

信田:なんでお母さんは、みっちゃんを東京に行かせたくないんでしょうね。

みっちゃん:私の親戚は、ほとんど全員が地元に住んでいることもあり、母は、とにかく家族が近くにいることに価値を置いているんです。たとえば大学に進学するときも、東京のいい大学へ行くよりも実家から通える大学へ行ってほしい、と。

信田:それはなぜでしょう?

みっちゃん:親として、遠くにいると感じ取れないことも、近くにいれば感じ取れると思っているのかもしれません。小さい頃、私がいじめられていたことに気づくのが遅れたことも気にしているようです。

信田 さよ子さん写真
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信田:娘の自己防衛能力を信じていないわけですね。お母さんは地元の親族中心のコミュニティの中だけで、荒波にもまれることもなく安全な人生を歩んできたのかもしれませんね。それが幸せだったから、娘にも同じような道を歩んでほしいと思っている。

みっちゃん:私も東京へ出てくるまでは、母親の価値観を信じていたので、それがいいと思っていたんです。でも実際に東京へ出てきて、いろんな価値観があることを知って、もやもやし始めました。

信田:お母さんの視点で言えば、禁断の果実を食べてしまったのですね。

親の意思だけではすぐに変えられない事実を無理にでもつくる

信田:具体的には、何を一番恐れているんですか?

みっちゃん:やっぱり、親に縁を切られることが一番怖いです。でも、親に従っても自分自身が幸せになれないし、親を変えることもいろいろ試したけれど難しくって。どうすればいいのかわからないです。

信田 さよ子さん画像
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信田:「親と縁を切る」「親に従う」「親を変える」以外の選択肢もありますよ。

みっちゃん:えっ?

信田:まず、東京に行く理由になる「決定打」をつくってみましょう。そのときは、「やりたいことができた」などという内的要因ではなく、外的要因にすることがポイントです。たとえば、東京でしか就職先が決まらなかったとか、熱烈に企業からスカウトを受けた、とか。

みっちゃん:なるほど……。

信田:内的要因では、言いくるめられてしまうこともあるでしょう? だから、親の意思だけではすぐに変えられない事実を無理にでもつくってみることも、ひとつの方法だと思いますよ。

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みっちゃん:考えたことがなかったです。

信田:結局完ぺきな解決方法はなくて、最終的には自分の意見をどこまで通すかです。

それに、親は自分が示した道を子どもが選ばなかったことで、機嫌を損ねるかもしれないけれど、縁を切るなんてなかなかできない。ある種の脅しだと思いますよ。

どれだけ言っても子どもを変えることができないということに気がついたら、認めてくれることも多いと思います。

親族の世界から飛び出すのは、宇宙へいくほど大きいものではない

みっちゃん:ほとんどが公務員といった、いわゆる「安定した職業」に就いている親族の中で、ひとりだけ国際結婚をした親戚がいるのですが、その人は「まがいもの」と言われています。私が東京で働くことを選択したら、同じようになるのかなと思うと、振り切れないんです。

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信田:でも、みっちゃんが恐れている「親族」って、せいぜい20人程度でしょう?

みっちゃん:はい……。

信田:世界はこんなに広いのに、その人たちに嫌われることを恐れて何もできなくなるって、すごくもったいないと私は思いますけどね。親族だけが自分の世界だと思って生きていると、そこから飛び出すことは「宇宙へ行くようなものだ」と思ってしまうかもしれないけれど、そんなことはないんです。

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みっちゃん:たしかに……。自分の世界を広げていくには、どうしたらいいのでしょうか?

信田:まず、自分だけの「秘密」を持ちましょう。秘密という、親の知らない自分だけの世界をつくる。

みっちゃん:秘密? 親にはあらゆることを報連相するのが当たり前だと思っていたので、秘密を持つということ自体、考えたことがありませんでした。

信田:1から100まで親が子どものすべてを知るなんてことはできないし、する必要はありません。秘密をつくることで、少しずつ自分の世界は広がっていくと思います。

文学作品を読むこともおすすめです。文学作品を通して、多様な価値観や人間関係を知ると、自分の今持っている価値観が当たり前じゃないことに気づきますよ。たとえば、毎年、芥川賞受賞作品は必ず読むとかね。

親の前の自分とありのままの自分、どちらもいていい

みっちゃん:私だけではなく、周囲にも、就職や結婚など将来の選択を考える際に親の意見を気にしている人は多い気がします。これはどうしてなのでしょうか?

信田:それは、実は統計的にも証明されていることなんです。私たちの世代は高度経済成長期で、学歴も職歴も親を超えることが当たり前でした。だから、親を超えて養っていくことが親孝行だと思っていたんです。

でも、今は世の中がずっと低成長で、子どもが親を超えられないことも往々にしてある。だからこそ、大きな親の存在が子どもを苦しめてしまうことがあるんですね。

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みっちゃん:たしかに、親の意見に従っておけば、失敗しないんじゃないか、と思ってしまいます。

信田:でも、時代は変化していて、親世代が安定していると思っている公務員などの非正規雇用が増えてきています。

大企業だってどうなるかわからない。そうなってくると、安全とされている道を選ぶよりも、やりがいを持って自分が満足できる仕事を選ぶことが大事になってきます。

みっちゃん:「親の価値観はもうあたりまえじゃない」ということを、関係性を崩さずに伝えるにはどうしたらいいでしょうか?

信田:「ダブルスタンダード」を持つことです。

みっちゃん:タブルスタンダード?

信田:そうです。ダブルスタンダードというのは、親の前の自分とありのままの自分、どちらも認めるということ。

親は子どもから否定されることを嫌がるので、表向きは「お母さんの言う通りだよね」と親の意見を聞き入れるふりをして、自分の意思を尊重した選択をしていく。それもある種の秘密です。

親に抵抗してもなかなか勝てないので、真正面から全力でぶつかる必要はありません。

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みっちゃん:私はいつも全力でぶつかろうとしてしまいます。

信田:全力でぶつかると、傷つくことも多いでしょう? 傷つきすぎると立ち直れなくなってしまうから、余力は残しておいたほうがいいですよ。全力でぶつかるふりをして、2割くらいの力を残しておく。

みっちゃん:なるほど……。ダブルスタンダードを身につけるコツはありますか?

信田:自分と同じような悩みを持つ人たちと、ネット上でもいいので、たくさんつながってください。彼らと交流するときの自分と、母と対峙するときの自分は違っていいんです。「本当の自分」とか「何が真実か」とかは考えない。

作家の平野啓一郎さんが『私とは何か──「個人」から「分人」へ』で書かれているように、「私」の中に「分人」はたくさんいるんです。親に対しての自分、職場での自分、友だちといるときの自分、ひとりのときの自分、全部違ってあたりまえ。それは何も、悪いことではないんですよ。

少しずつでいいから、お母さんと上手な距離感を保てるようになるといいですね。

執筆・徳 瑠里香/撮影・尾木 司/企画編集・みっちゃん、明石悠佳

本記事は、2019年1月29日のサイボウズ式掲載記事

より転載しました。

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