2021年07月30日 13時02分 JST | 更新 2021年07月30日 13時02分 JST

パナソニックの配線器具事業が、世界トップを狙うまで成功した理由。松下幸之助が語った「物をつくる前にやるべきこと」とは

電設資材事業で世界市場4000億円の売上を目指すパナソニックーー。その成長に見る、日本企業のグローバル展開成功のカギ。インド工場における、現地社員の育成によるモノづくり改革、質の高い託児所設置…松下幸之助の哲学が、世界で受け入れられる理由とは。

電気をつけたり、スマホを充電したり…。特に意識はしなくても、毎日便利に使っているスイッチやコンセント。1918年に創業したパナソニックは、現在世界60カ国以上で配線器具事業を展開。機能・品質と価格を両立させ、世界トップシェアも視野に入れる。強さの根底にあるのは、創業時から伝わる松下幸之助の「水道哲学」「物をつくる前にまず人をつくる」などの経営理念だ。

約100年前の哲学が現代のグローバルなビジネスに役立つ理由とは? 同社の配線器具事業の責任者や、インド工場で働く社員のリアルな声も聞いてみた。

■松下幸之助の水道哲学とは

松下幸之助の「水道哲学」とは、人々が水道の水を飲むように、誰もが安く安全な商品を手に入れられる社会を目指す思想。

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創立翌年の1919年(大正8年):(後列左から)松下幸之助、義弟・井植歳男、妻・松下むめの

創業当時、日本の住宅にはコンセントがなく、配線はむき出しが当たり前。全ての電源は1個の電灯ソケットから取るしかなく、電灯をつけたら他の電化製品は使えない時代だった。

幸之助は、まず従来品より品質が良く価格も3~5割ほど安い「アタッチメントプラグ」(電化製品のコードを電灯ソケットにつなぐ製品)を開発。続いて、電灯と電化製品を同時使用できる二股ソケットを発売すると、大ヒットを収めた。豊かでなく丈夫でもなかった幸之助だからこそたどり着いた、「誰にでも使える安全なものを提供する」信念が込められた創業製品であった。

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左写真:アタッチメントプラグ 1918年(左)と2灯用クラスタ 1920年(右)。右写真:1931年の広告「2灯用クラスタ」と「電気コタツ」。電灯と他の電化製品を同時使用できる、当時としては画期的な製品  

その後、パナソニックは独自の厳格な品質基準を設けながら、安全で便利なスイッチやコンセントを展開。その性能と信頼性の高さは100年引き継がれ、現在、配線器具事業は国内で8割以上のトップシェアを誇る。あらゆる場所で、誰もが安心安全に使える電気のインフラを届けること。これこそが水道哲学の実践と言えるだろう。

■「物をつくる前にまず人をつくる」世界展開の強み

安心安全な配電環境を届けるという思いは、世界にも広がっている。同社の配線器具事業は1980年代に海外進出を始め、現在、アジアを中心に世界60カ国以上で展開。タイ、ベトナム、インド、トルコなど9カ国でシェア1位を獲得している。

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世界各国におけるパナソニック配線器具事業のシェア

売上拡大には各国企業のM&Aのほか、幸之助の「物をつくる前にまず人をつくる」という思想も生きているという。どんな事例があるのか調べてみると、設備や技術だけでない同社の強みが見えてきた。

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世界8カ国の工場で配線器具を生産し、近隣国へ供給。売上を伸ばし、世界シェアトップを目指す

■成長の理由は、M&Aでも「押し付けをしない」こと

「“事業は人なり”という。人間として成長しない人をもつ事業は成功するものではない。事業にはまず人材の育成が肝要だ」*
*松下幸之助.comより引用

幸之助の考えでは、技術や設備よりも重要なのは、人材。ただ技術力のある社員を増やすのではなく、仕事の意義を自覚し、社会貢献の意識を持った人間を育てることを「人材の育成」としていた。パナソニックではその考えのもと、各国で働く従業員とともに成長することを目指している。韓国、インド、トルコとM&Aによる事業拡大を進めた際も、その考えは生かされている。

「大切にしたのは、経営陣を送り込んで日本のやり方を押し付けるのではなく、現地のやり方を理解し、共に成長していくこと。そのうえで、共通のコア技術を使いコストを抑え、ニーズに合わせた商品を生産。地産地消によりスピード感のある成長を実現しています」と語るのは、エナジーシステム事業部 パワー機器ビジネスユニット 事業企画部長の松本亮氏。

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パナソニック株式会社 ライフソリューションズ社 エナジーシステム事業部 パワー機器ビジネスユニット 事業企画部 部長 松本亮氏

■インドでは珍しい「無料スキルスクール」も

現地で働く人と共に成長していこうという意気込みは、労働環境や家族のサポートにも及ぶ。例えば、買収当時のインド工場では、溶接は手袋やメガネなどの保護具を身に付けず行われており、改革が求められた。

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「安心安全な商品を届けるため、まずは従業員も当然安全であるべきだという考え方が事業のベースになっています」と松本さん。日本のマザー工場である津工場で培われたノウハウを持ち込み、職場環境や働き方を大幅に改善した。現場の意識の変化は品質の安定・向上につながり、各国での販売金額・数の増加に結びついている。

インド工場では、衛生・健康にも気を配った無料の託児所も開設した。「託児所があることで、仕事を続けることができる」と言うのは、ブレーカや調光スイッチ等の組み立てを担当するマヌさんとプリヤンカさん。「勤務時間中も同じ建物内にいる子どもに1日4回会う時間があるので、安心して働くことができる。できるだけ長く仕事を続けたい」と話す。インド工場では従業員のための無料スキルスクールも開設。働きながら技術の習得を目指せるのも「人を育てる」理念からで、インドでは珍しい取り組みだそう。

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左写真:取材に答えてくれた、インド工場のマヌさん(左)とプリヤンカさん(右)。右写真:社内託児所の様子

さらに、国内の工場では外国人技能実習生の教育にも力を入れている。ブレーカなどの生産を行っている瀬戸工場で働くグエン タイン フィエンさんは「ブレーカの組み立て作業を通じて、様々な技術・ノウハウや専門知識を得ることができている。ベトナム帰国後は瀬戸工場で培ったスキルや、日本語でのコミュニケーション能力を活かして、日本と現地を結びつける架け橋になる業務にも携われる」と語る。

■社会的意義も求められる時代だからこそ、100年前の哲学が生きる

現地の従業員の環境づくりにより工場の意識が大きく変わり、日本の社員の意識にも影響を与えている。

「以前は海外出張といえば“行きたくない”という声が多かったのが、今では意欲的な声を聞くことが増えました。今後も日本のよい考え方は生かしつつ、海外での成功体験をフィードバックすることで、より安心安全を届けていきたいです」(松本さん)

2030年度には電設資材事業で世界市場4000億円の売上、さらには世界シェア1位を目指すパナソニック。企業は利潤追求だけでなく社会的意義も求められる時代。100年前から続く「水道哲学」や「物をつくる前にまず人をつくる」思想を貫くことが、成長を続けるカギとなるのかもしれない。

(執筆:樋口かおる 編集:磯村かおり)