「ロシアの漫画村」を訪ねて。海賊版を作る若者に会ってみた。「愛ゆえに」というファン心理が生み出す皮肉

人気漫画をインターネットで無断で公開していた海賊版サイト「漫画村」の問題は、日本だけにとどまらない。外国にも同様のサイトが多数存在し、ロシアもその1つだ。海賊版を作る若者たちへの取材から、この問題について考える。
モスクワの書店で売られている日本の漫画。だが、インターネットにはただで読める海賊版があふれている=2014年
モスクワの書店で売られている日本の漫画。だが、インターネットにはただで読める海賊版があふれている=2014年
Kazuhiro Sekine

人気漫画をインターネット上で無断で公開していた海賊版サイト「漫画村」の問題は、運営者の男がフィリピンで身柄を拘束されるなど、著作権法をめぐる刑事事件に発展した。

こうした海賊版は国内だけでなく、日本のポップカルチャーファンが多い外国でも大量に出回っている。

隣国ロシアもその1つだ。長年、日本の漫画を無断で公開し続けるサイトが複数存在しており、国の違いもあってか、その対策は難しいのが実情だ。

「ロシアの漫画村」とも言えるそんな現状から、海外での海賊版問題について考えたい。

ワンピースもキングダムもジョジョも…

インターネット上で、ロシア語で「читать(読む)」「манга(漫画)」「онлайн(オンライン)」とグーグル検索すると、日本の漫画を無断で掲載しているロシアのサイトが大量に表示される。

ロシアの海賊版サイト。大量の日本漫画が無料で読める状態になっている
ロシアの海賊版サイト。大量の日本漫画が無料で読める状態になっている
Kazuhiro Sekine

そのうちの1つをクリックする。トップ画面に9つほどの漫画が並ぶ。まず目を引くのが、日本を代表する人気漫画の1つ「ONE PIECE(ワンピース)」だ。クリックすると、スキャンされたページをオンラインで閲覧することができる。

連載が続く漫画雑誌「週刊少年ジャンプ」に掲載されたばかりのエピソードで、吹き出しのセリフはロシア語。翻訳も上手だ。

過去のエピソードも大量にアップされており、全話網羅されていてもおかしくないボリュームだ。

ほかにはどんな漫画が掲載されているのか。サイト内の検索窓に、私が好きな漫画のタイトルをロシア語で入れてみた。

「キングダム」「ジョジョの奇妙な冒険」「ジパング」……。いずれも見つけることができた。英語や日本語でも検索できるようになっている。

古い漫画もあった。「キン肉マン」「ときめきトゥナイト」「ブラックジャック」……。きりがない。

閲覧できる漫画は5000程度。中にはハングルで書かれた韓国の作品もある。サイトには複数箇所にバナー広告が表示され、管理者側にはそこから収入が入っているとみられる。

サイトの下部には、こんな紹介文があった。

「このサイトは漫画を最大限、簡単に面白く読めるようするため、ダウンロードしなくても閲覧できるようにしています」

ユーザーにはこう呼びかけている。

「利用するコンテンツの内容が違法であったり、中傷だったりしてもサイトの管理者は責任を持ちません」

あくまでプラットフォームとしての立場を強調しているかのようだ。

「著作権者へ」とする説明もあった。

「著作権の侵害などがあれば、コンテンツの削除やブロックなどの必要な措置に応じます」

だが、実はこのサイト、私が知るだけでも2013年にはすでに存在していた。いまだにこれだけの海賊版が見られるということは、サイト側に対する出版社や漫画家側の申し立ては、ほとんどないのだろう。

当時、私は朝日新聞モスクワ支局に勤務していた。日本の漫画やアニメ、音楽、コスプレが若者を中心に人気を集め、各地で関連イベントも開かれていた。

そんな中、海賊版の問題にも関心を持ち、このサイトに注目していた。

取材は進めていたものの、異動と重なったことから「時間切れ」となり、掲載には至らなかった。最近になって日本で「漫画村」の問題が注目を集めたことから、私も再度、ロシアの海賊版について興味を持ち、久しぶりにサイトを開いた、という次第だ。

8月末、このサイトの管理者にメールを送ってみたが、今のところ返事はない。サイトに海賊版を投稿している関係者にも当たったが連絡は取れなかった。

海賊版作った若者に会う

そこで、5年前ではあるが、当時取材ができた海賊版の制作関係者について書こうと思う。

時間は経過しているものの、サイトを見る限り、海賊版の「現場」はさほど変わっていないと思うからだ。

2013年8月。モスクワ中心部のカフェで私はロシア人の男女と会った。男性はエブゲニー、女性はエレーナと名乗った。いずれも20代だった。

2人は、日本の漫画の海賊版を作っては上述のサイトに投稿していた。「DEATH NOTE(デスノート)」や「ワンピース」の海賊版制作にも関わったが、一番多く手がけたのはハロルド作石さんの漫画「BECK(ベック)」だったという。

「ベック」は、音楽に熱中する若者たちの成長を描いた作品で、アニメ化もされた。

エブゲニーさんがたまたまネットでアニメの海賊版を見て気に入ったのがきっかけだ。

漫画も読みたいと思ったが、ロシア語版がないため、エレーナさんたちを誘って海賊版を作ることに決めた。

2人を含め、グループは多い時で5人いたという。ほかのメンバーは主にシベリア在住。制作作業のやり取りはネットを通じて進められた。

アメリカから入手

手口はこうだ。

まず、漫画をスキャンしたデータを2種類入手する。1つは日本語のままのデータで、もう1つは英語に翻訳されたデータだ。いずれも入手先はアメリカのサイトだという。

英訳されたセリフをロシア語に翻訳し、日本語のスキャンデータの吹き出し部分をフォトショップなどのソフトを使って修正し、サイトにアップロードするという。

エブゲニーさんは言った。

「アメリカのサイトには、日本の漫画をスキャンしたデータが大量に存在する。アメリカ人は、日本人の協力者から漫画の原本をスキャンしたデータを提供してもらっているのだろう。日本語はわからないので、英訳を手がかりに翻訳します。でも、ユーモアの表現など、ところどころアメリカ特有の言い回しなどに置き換えられていたり、翻訳漏れや誤訳もあったりするので、英語版を修正してアップすることはありません。あくまで日本語のオリジナル版をもとにロシア語版を作っています」

日本の漫画が好きとはいえ、日本語ができるロシア人はそう多くないという。ほとんどの海賊版制作者は同じような手法をとっていると、エブゲニーさんは明かした。

25ページほどの1話を完成させるまでに2、3週間。読み慣れない日本語の辞書を片手に、翻訳に四苦八苦することも多いという。結局、34巻あるコミックスのうち、8巻で断念することになった。

金もうけではない

彼らは作った海賊版を販売するなどして金を稼いだわけではないという。もうからないのに多大な労力をつぎ込んで、しかも著作権を侵害する行為を続けたのはなぜなのか。エブゲニーさんは躊躇(ちゅうちょ)せず、こう言った。

「日本の漫画が大好きで、何としてでも次を読みたいという熱意です。ところが正規版はいつまでたっても販売されない。だから自分たちで翻訳するんですよ。ロシアの漫画ファンは、みんな同じ思い」

ロシアでも、正規にロシア語訳された漫画は一般書店で売られている。だが、エブゲニーさんは、「ロシアの出版社から発売されるのが遅すぎて、ファンとしては待ってられない。人気がないものを大量に出版しているから経営不振になって倒産するんですよ。経営がしっかりしていれば、私たちも出版社に雇われて正規本の制作に関われたんじゃないですかね。海賊版もこんなに広がっていませんよ」と持論を展開した。

著作権の侵害については、エブゲニーさんはこう話した。

「ロシアでは、ただで手に入るものになんでお金を払わなければならないんだと思う人は多い。ロシアにも著作権を侵害したら罰せられる法律はある。ただ、実効性に乏しく、立件されると本気で思っている人は少ない」

エレーナさんも「私たちの行為で日本の出版社や漫画家が損失を被っているわけではないでしょう。海賊版によって正規本が売れなくなったというのなら話は別だけど、そもそも正規のロシア語版が出版されていないわけだから」と皮肉った。

だが、やはり海賊版は正規の翻訳本を出すロシアの出版社に打撃を与えた、と指摘する人もいる。

ロシアでは日本の漫画の初出版となった「らんま1/2」の版元「サクラプレス」のセルゲイ・ハルラモフ社長は、業界の話をこう証言した。

「日本でも有名な漫画『NARUTO(ナルト)』のロシア語版を、ロシアのある出版社が出しました。1巻は6万部売れたのに、20巻は6000部にまで激減したんです。当時、ナルトは大人気で、ネット上にもたくさんの海賊版が出回っていました。1巻を読んだファンたちが正規版が出る間に海賊版を読んでしまい、いざ正規版が出ても、もはや買うことはなかったんだと言われています」

取材に応じるセルゲイ・ハルラモフ氏
取材に応じるセルゲイ・ハルラモフ氏
Kazuhiro Sekine

プーチン政権も動く

ロシアでは当時、日本の漫画に限らず、国内外の映画作品や音楽作品などの海賊版がネットにあふれていた。国内の映画制作者らを中心に規制を求める声が強まっていた。

そこでプーチン政権は2013年、「海賊版対策法」を施行した。著作権者の申請で手続きが始まり、サイトやプロバイダーが削除要請に応じなければ、裁判所が強制的にサイトを閲覧禁止にできる仕組みだ。

いわゆるブロッキングで、日本でも漫画村の問題にからみ、社会で賛否が割れた手法だ。

当初は映像関係が対象だったが、その後法改正をへて音楽や書籍などにも拡大された。

プーチン大統領
プーチン大統領
Vyacheslav Prokofyev via Getty Images

法律制定の背景には、ロシアが2011年、世界貿易機関(WTO)への加盟が認められたこととも関係していた。

法案を共同提出した与党「統一ロシア」の下院議員、ロベルト・シュレーゲリ氏は言う。

「加盟国は知的財産権の保護が厳しく求められるため、ロシア政府はそうした要請に応えた」

加盟交渉は18年以上にわたって続いた。欧米から厳しい注文をつけられながらもロシアが加盟をあきらめなかったのは、ソ連崩壊後、市場主義経済を進めてきたこの国にとって、それが「経済の近代化」を達成する上での悲願だったからだ。

海賊版をはじめとする知的財産の問題は、ロシアにとって対策は急務だったのだろう。

日本の出版各社の反応は?

規制強化に伴い、当局は海賊版をめぐって次々とサイトをブロックしている。日本のアニメの海賊版を見られるようにしていた複数のサイトが一度にブロックされたこともあった。

だが、日本漫画の海賊版に関しては、目立った動きはない。ハルラモフ氏は「出版社なり、作家なりが手続きをすれば、当局はちゃんと動くはず。そもそも海賊版対策法ができる前から、私はらんま1/2の海賊版についてサイトの管理者やプロバイダーに削除依頼して成功してます。法律ができた今、もっと簡単でしょう」と話す。

ハルラモフ氏が出版した日本の漫画。「らんま1/2」(右と右から2番目)の海賊版が一時ネットに出回ったが、根気強く削除申請したため、今ではほとんどないという
ハルラモフ氏が出版した日本の漫画。「らんま1/2」(右と右から2番目)の海賊版が一時ネットに出回ったが、根気強く削除申請したため、今ではほとんどないという
Kazuhiro Sekine

ただ、国境を超えて様々な手続きを実現していくのは、日本の出版社や漫画家にとってハードルは高いのかもしれない。特にロシアは手続きの進まないことで知られる国だ。

そのあたりの事情を、日本の出版社にも聞いてみた。

小学館の担当者は「ユーザーの対象が国内であるか国外であるか、使用言語が日本語か翻訳言語かを問わず、著者の権利を侵害する海賊版サイトに対し、あらゆる手段で対応しています」としつつ、次のように難しさを指摘する。

「海賊版サイトの運営者は海外のサーバーを利用していることが多く、それは日本語のサイトであるか翻訳サイトであるかを問いません。海賊版サイト運営者を特定して摘発するためには、サーバー所在国での法的手続きが欠かせませんが、国による制度の違いが壁となって、一朝一夕に進まない現実があります」

具体的な対策については、「現地での法的手続きや捜査に関する情報が公になって、サイト運営者がこれに気付けば、現に進めている手続きがより困難になる」として明かさなかった。

一方、講談社の担当者(広報室)は、「海外での海賊版については、日本国内の違法サイトが話題になるより以前から、北米や中国を中心に大きな被害があることを認識していました」とし、「現時点で内容を明かすことはできませんが、海外での刑事・民事のアクションはこれまでにも複数進行しています」と語った。

一方で、「特段ロシアについては意識しておらず、対策は取っていなかった」という。

ただ、今後のニュースや現地での情報収集の結果、「被害が看過できないレベルであればすぐにでも対策、相談を進めたい」とした。

とはいえ、難しさもあるという。

「刑事にせよ民事にせよ、出版社個社で海賊版対策を進めていく際には大きなコストがかかります。被害の甚大なサイト等を分析しながら、優先順位をつけて順番に対策をとっていくしかないのが現状です。これまでは英語圏、中文圏、そして日本国内が被害の中心と認識していましたが、ロシアを含めてそれ以外の国や言語圏も今後、策を講じる対象となっていくのだろうと思います」

「日本の漫画を読みたくても正規版がないから、海賊版を作る」(エブゲニーさん)という意見については、「海外での各言語に対応するカスタマイズは多くの国で進めております。大きな費用もかかるため、一部の国では進行が遅れて、ユーザーや読者に十分な利便性を提供できていないケースがあるかもしれません。今後も努力を続けてまいります。ただ、正規版配信が遅れているから違法なサイトを運営しているという論理に肯くことはできません」と話した。

ネットで漫画が読めるアプリの開発にも取り組んでおり、「当然違法サイトや海賊版を意識しています。正規のコンテンツを読んでほしいという思いがあります」と答えた。

集英社も全世界を対象にした海外向け漫画アプリ・ウェブサービス「MANGA Plus by SHUEISHA」をスタートさせた。

日本での発売と同じタイミングで、「週刊少年ジャンプ」「少年ジャンプ+」の人気作品が英語とスペイン語で読める。海賊版減少の効果が注目される。

海賊版の法的対策については、詳細を明かさなかった。広報部の担当者はこう述べる。

「残念ながら日本語の海賊版だけでなく、許諾なく各国語に翻訳された海賊版がネット上にあふれております。どの言語に翻訳されたかにかかわらず、サイトやホスティングサービスへの削除要請など、様々な対策を実施しておりますが、個別の対応に関してはお答えできません」

クールジャパンと言うのなら

海外における日本のポップカルチャー人気は、同時に海賊版という問題も引き起こした。正規版が入手困難な地域では、海賊版で初めて作品に触れ、ファンになっていく人も少なくない。

そんな皮肉な状況を生まないためにも、海外同時配信も含めた対策の強化が求められるが、日本の出版社が明かすように、外国での法的手続きは困難を伴う。

ハルラモフ氏は海賊版対策は難しくないと言ったが、ロシアで外国人や外国企業が手続きを進めることがいかに大変かは、この国に3年間暮らし、多くの苦い経験をしてきた私自身がよくわかっている。

海賊版対策はいたちごっこと言われる。とりわけ対象が海外だと、漫画家や出版社の取り組みには限界がある。対応が進まなければ、その間にもどんどん日本の知的財産が失われている。

そんなとき、私たちが期待するのは日本政府だろう。特にここ数年、政府は「クールジャパン」と称して日本のポップカルチャーをてこにした外交戦略を展開してきた。

ポップカルチャーを大切に思うのであれば、ぜひその意気込みを海賊版対策でも見せてほしい。安倍首相、日本を取り戻してください!

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