引退ではなく「進化」。セリーナ・ウィリアムズが私たちに教えてくれること

「これから私がやろうとしていることに最も相応しい言葉は、おそらく進化でしょう。テニスから離れ、自分にとって大切な他のことのために進化していきます」
セリーナ・ウィリアムズ選手(2022年8月8日にカナダで撮影)
セリーナ・ウィリアムズ選手(2022年8月8日にカナダで撮影)
Robert Prange via Getty Images

人生の全てを捧げてきたキャリアに終止符を打つ決断をするのは、決して簡単なことではない。

たとえセリーナ・ウィリアムズ選手のようなテニス界のスーパースターであっても、次に進むタイミングを見極めるのは難しい。特に彼女は姉のヴィーナス選手と共に、スポーツ界に革命を起こしてきた張本人であり、決断の重みは測り知れない。

グランドスラム優勝23回を誇るセリーナ・ウィリアムズさんは、8月9日に公開されたVogue に寄稿したエッセイの中で、2022年のUSオープンの後「自分にとって重要な他のこと」に専念するため、精神的に準備してきたことを明かした。

「私は、引退という言葉が好きではありません。現代的な言葉に感じられないのです」と述べ、「これから私がやろうとしていることに最も相応しい言葉は、おそらく進化でしょう。テニスから離れ、自分にとって大切な他のことのために進化していきます」と続けた。

そして、数年前にベンチャーキャピタル企業のSerena Venturesを起業していたこと、そして家族をさらに増やしたいことを明かした。

ウィリアムズさんのエッセイは、キャリア上の大きな選択をする際に直面する厳しい真実を明らかにした。こうした決断は、一夜で決まることではなく、進退を繰り返したり、矛盾した感情を抱いても構わない、と教えてくれる。

彼女のような輝かしいキャリアを持っていなくても、誰もがキャリアのある時点でこのような岐路に立ち、前に進む決断をしなくてはならない。

今回のウィリアムズさんの決断プロセスから、私たちも学べることは多そうだ。

引退ではなく「進化」という捉え方

臨床心理士のタニシャ・レンジャー氏は、ウィリアムズさんが自身の引退を表現するのに「進化」という言葉を使ったことを称賛する。「引退」という言葉は、どこかネガティブで終わりを感じさせるからだ。

「引退ではなく進化と表現したのは、この決断を『これで終わりでここからは下り坂』と見るか、『この終わりは新たな始まりで、これから私は成長し、進化し、変化していく』と見るかの違いです」とレンジャー氏は述べる。

心理療法士のキャサリン・ペレス氏は、「マインドを引退から進化へと転換できるのは、彼女のアスリートとしての能力や勇気、強さの証です」と述べた。

また「進化」と捉えることで、ウィリアムズさんは1つのキャリアを終え新たなキャリアを始める際に、前の仕事で培ったスキルや経験は次でも活かせると示唆している。

スポーツ心理学者のシアン・ベイロック氏は、ウィリアムズさんのエッセイから、彼女の忠実さやハードワークは、母親やベンチャーキャピタルの仕事でも生かされるだろう、と読み解く。キャリアを引退することは「自分のアイデンティティを全て失うのではなく、大切にしている価値観を違うことに向けることです」と述べた。

キャリアの大きな決断の難しさは、男女によって違う

エッセイの中でウィリアムズさんは、NFLのスター選手で引退を撤回したトム・ブレイディ選手を例に出し、もし男性だったら自身が望む他の目標を達成するために引退しないだろう、と述べた。

「本当は、テニスと家庭のどちらかを選ぶなんてしたくないんです。平等じゃないですよね。もし私が男性だったら、妻が家族を増やすための肉体労働をしている間、私はプレーして勝利していて、このエッセイを書く必要だってないんだから。もっとトム・ブレイディのようになれたかもしれない」と家庭とキャリアの両方を持ちたいと願う女性が、過度な負担を強いられていると指摘した。

実際、働く女性は家庭を築くための肉体的・精神的労働に大きく消耗されることが多い。シンクタンク「アメリカン・プログレス」の分析によると、新型コロナの影響による学校閉鎖などのため、働けなくなったと答えたミレニアル世代の母親は父親より3倍も多かった。

ベイロック氏は、「家庭とキャリアのバランスという点で、女性は男性が直面しないような決断を迫られることがよくあります。子どもの世話や親の介護など、家の中での認知的労働の大半は女性が行う傾向があることは研究上明らかです」と述べ、ウィリアムズさんがエッセイの中で男女間の不平等に言及したことを評価した。

自分にとって大切なものを終わらせることに複雑な感情を抱くのは普通。その感情を溜め込まないで

引退について、他のテニス界のアスリートが安堵を感じてきたのに対し、ウィリアムズさんは心の準備が完全にできているわけではないことを綴っている。

「想像を絶するほど辛いことです。この岐路に立たされているのが嫌です。もっと簡単だったら良いのに、そうではありません。でも、終わってほしくない、という気持ちの反面、次が楽しみでもあるんです」

レンジャー氏は、ウィリアムズさんの葛藤はこういった岐路に直面する多くの人々の心情を語っていると話す。

「人生の優先順位が変わる時、何をすべきか分かっていても、それが好きとは限りません。人生の大きな転換期には、さまざまな葛藤を感じていいのです」と述べた。

ウィリアムズさんは、大きなキャリアチェンジの過程での心情をエッセイで明かすことで、そのプロセスで感じる悲しみや感謝の気持ちは普通のことなんだと私たちに教えてくれた。

「セリーナのように、私たちも自分や自分の人生を『進化』として捉えることができるのです。新しい生き方、考え方、感じ方を探求する新しい自分へ、進化する権利があるのです」

エッセイでウィリアムズさんは、「今後時が経つにつれて、私をテニスよりも大きな存在だと人々に思ってほしい。セリーナはこういう人で、ああいう人で、それに加えて、素晴らしいテニス選手で、グランドスラムも優勝してきたんだよ、とね」と今後への思いを綴った。

ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。