ヴィーガンとは、肉や乳製品などの動物性の食物を食べない食生活を持つ、完全菜食主義者を示す言葉だ。
ベジタリアンは、肉や魚は食べないが、乳製品は食べる人たちのことであり、菜食主義者と呼ばれる。どちらも、近年欧米で主に若い人たちの間で広まっている。
日本において、ヴィーガンは非常に少ないように感じる。
少なくとも私が小学生の頃は、学校の給食にはお肉や卵などを使った料理が出されていたし、レストランのメニューにも、ラーメンやハンバーグなど、お肉や魚を使った美味しそうな料理がずらりと並ぶ。ベジタリアンやヴィーガン対応のメニューがあるお店はまだまだ少ない。
そのような環境において、“ヴィーガン起業家”として活動する大学生がいる。誰もが気軽にヴィーガンを選べる社会づくりを目指して活動する、工藤柊さんだ。
なぜ彼はヴィーガンになり、起業に至ったのか、話を聞いた。
僕はこうしてヴィーガンになった
━━工藤さんは2018年に神戸大学を休学し、NPO法人日本ヴィーガンコミュニティを設立、今年4月にヴィーガンレシピ投稿サイトを運営する株式会社ブイクックを創業されました。そもそもご自身がヴィーガンとなったきっかけを教えてください。
高校生のときに、道端で車に轢かれた猫を見て、ショックを受け、とても悲しい気持ちになりました。
帰宅後、どれだけの猫が毎年事故にあっているのかを調べ始めるうちに、殺処分の情報や工場型畜産の情報にたどり着きました。
犬や猫が年間約数千匹から数万匹殺処分されていること、さらに衝撃を受けたのは、豚が食用に1日数万頭殺されているという事実でした。
動物が人間に搾取されている不条理さに直面し、愕然としました。
元々環境問題に興味があったため、畜産業が環境に負荷をかけていることは認識していました。そこで、高校生の自分に何ができるか考えた結果、動物倫理と環境問題の2つの観点から、ヴィーガンの食事法を生活に取り入れることからまずは始めよう、と決意しました。
大切なのは誰もが自由にヴィーガンを選べること
━━ベジタリアンではなく、ヴィーガンを選択したのはなぜでしょう?
卵や乳製品を作るためにも、動物は狭くて劣悪な環境で育てられています。そのような状況にも問題意識を感じており、卵や乳製品も食べないヴィーガンを実践しようと決めました。
ただ、すべての人がいきなり、完全に動物性の食品を断ったヴィーガンにならなければならない、とは思いません。ベジタリアンの段階を経てヴィーガンになるのも選択肢の1つです。
また、100%ヴィーガンとしての食生活を保つのは今の日本では難しいかもしれません。
例えば、自炊ではヴィーガンを実践しているけど、友人と外食する際は卵や動物性の出汁は食べる人がいたり、お土産などのいただき物は乳製品が含まれていても食べたりする人もいます。
そんな風に、柔軟にヴィーガン料理を生活に取り入れている人をフレキシタリアンと呼び、世界的にも増えつつあります。
何より重要なことは、ヴィーガンという食生活を誰もが自由に選べることだと思います。
水炊きや塩おにぎりを食べる日々
━━ヴィーガンの食生活を取り入れるにあたって大変だったことは? 起業に至るまでの取り組みについても、教えてください。
初めの数週間は本当に大変でした。
何を食べていいのかわからず、毎日のように水炊きの鍋や塩おにぎりを食べていました。ですが、親の協力もあり、食事のバラエティがどんどん増えていきました。ヴィーガンを選択した僕をいつも親身にサポートしてくれた家族には、本当に感謝しています。
大学入学後は、ヴィーガンとしての活動を徐々に広げていきました。
例えば、在籍している大学の食堂にヴィーガンのメニューを提案しました。元々動物性食品を使わない料理は提供されていたものの、野菜炒めのみ、などバラエティに欠けており、残念に感じていたからです。
また、神戸市にあるヴィーガンカフェ「Thallo(タロ)」の店長として数カ月間働き、ヴィーガンカフェが抱える課題を学んだり、経営改善を行ったりしました。
高校時代より一歩踏み込んだ、ヴィーガンとしてのこれらの活動に意義を見出し、達成感を得ていた一方で、1人で行うことに限界も感じていました。
「みんなで協力したら、もっと多くの人を巻き込めたら、より多くのことを達成できるんじゃないかな?」。そんな思いが加速しました。
そこで大学を休学し、NPO法人 日本ヴィーガンコミュニティを設立。生協や農協といった協働組合をモデルにし、料理教室を始めとしたイベントの開催、ヴィーガンのコミュニティづくりを進めました。
また、2020年4月に株式会社ブイクックを設立し、ヴィーガンレシピに特化したレシピ投稿サイトを共有するWebサイト、ブイクックの運営も行っています。今では1600品以上のレシピが集まり、インスタグラムのフォロワーは3万3000人を超えました。
現在は、簡単にできる100のレシピを集約した『世界一簡単にできるヴィーガンレシピ本』(神戸新聞総合出版センター)を2019年8月に出版し、販売しています。
活動の中で大変だったことは、資金繰りや組織づくり、サービスやアプリの開発等です。
僕は学生で、経営やサービス運営のノウハウはもちろん、社会人としての経験さえありません。すべてが手探りの毎日でした。
数多くのヴィーガンの人にひたすら話を聞いて、ヴィーガン生活の問題点やニーズを洗い出しました。勉強しながら僕自身がWebデザインを担当し、大学の先輩のエンジニアと一緒に開発を進めました。
一方で、嬉しかった瞬間も沢山あります。
なかでも「ブイクックを通して、ヴィーガンは自分1人ではないと気づけた」というユーザーの声を聞いた時は嬉しかったですね。
僕が高校生だった頃も、周りにヴィーガンを実践している人がおらず孤独感を感じていました。周囲の人にヴィーガンになった理由を何度も説明するのは正直面倒でしたし、友人たちと焼肉屋に行った時は、僕は野菜ばかり食べていました。
人付き合い上の問題や孤独感といった、僕自身も感じていた問題を抱えた人の課題解決ができた時は、心から喜びを感じました。
ヴィーガンは日本料理と好相性
━━ヴィーガンのコミュニティづくりを進めるなかで工藤さんが見つけたポジティブな面、その逆、問題点があれば教えてください。
ポジティブな面で言えば、ヴィーガンと日本料理は思った以上に相性がいいことだと思います。
例えば、豆腐やご飯、納豆などの非動物性の製品も実は日本の食卓で頻繁に使われているため、日本社会に受け入れられやすいのではないかという印象を受けました。
一方で、人間関係の問題は根深いと感じました。
多くの人が、同調圧力によって自分自身がヴィーガンだと周囲に伝えにくいと感じています。打ち明けづらいために、飲み会やランチ会などのコミュニケーションの場に参加しにくいという事例もあるようです。志や社会的意義を感じ、ヴィーガンを実践しようとしている人たちが、ヴィーガンであることで生きづらさや悩みを抱えている現状は、改善されなければならない、と僕は思います。
また、一部の人たちに「ヴィーガンは宗教だ」「ヴィーガンの食生活には栄養の観点から問題がある」と言われることもありますが、それは違うことも丁寧に説明していきたいです。
━━ヴィーガンの食生活を日本社会に広める活動を通して、工藤さんが目指す理想の社会とはどのようなものでしょう。
僕の理想の社会は、誰もが気軽にヴィーガンを選択でき、ヴィーガンとしての生活様式を取り入れても、幸せを制限されない社会です。
100%ヴィーガンを実践するのはハードルが高いですが、1人でも多くの人がヴィーガンとしての生活様式を少しでも取り入れることで、より動物や環境に負荷をかけない、持続的な社会に変わっていくと思います。
また、ヴィーガンに限らず、1人1人が社会問題を自分ごとと捉え、それらの解決に向けて行動でき、そしてそのような他人の行動自体を受け入れるような社会になって欲しいです。
そうすれば、社会はよりよい方向に大きく変わっていくと思います。
(取材・文:佐藤翠/編集:毛谷村真木)