「自分らしさ」まで裁かれる世界で、死なないために。戸田真琴さんが提案する「オンリーワンにもならなくていい」生き方

SNSでの私は、私の「すべて」じゃない。
井手野下貴弘

「SNSで死なないで」。2019年2月、AV女優の戸田真琴さんがnoteに投稿した記事が反響を呼んだ。ある中学生がネット上で「ヒッチハイクでアメリカを横断する」と宣言し、騒ぎになったことをきっかけに書いたものだ。無謀な冒険に打って出て、皆に「勇気や夢を与えたい」とツイートしていた中学生。戸田さんはその発言を引きながら《勇気を与えたいんじゃなくて、『何者か』になりたいだけなのだ、たぶん》と綴った。特別になりたいという欲望に、踊らされなくていい――。その文章に出会ったとき、私は久しぶりに深呼吸できたような気がした。

SNSで特別な自分を上手に表現してファンを集める人がいる。インフルエンサーと呼ばれる人たちのプロフィールには、聞いたことがないからこそ凄そうな肩書や、個性的な経歴が躍る。私の「自分らしさ」なんて取るに足らないものに思える。「自分らしさ」までジャッジされ続けるようになったこの社会で、私たちはどう生きたらいいのか。戸田さんに聞いてみた。

井手野下貴弘

「ヒッチハイク中学生」が量産されるネットの世界

「ヒッチハイク中学生」が注目されることを欲望しているのは明らかだった。本人のSNS投稿の中には「1000RT以上で裸足でアメリカ横断します」などの記述があり、そこには身の安全を心配する声に交じって、「世間知らず」「厨二病」といった批判も多数寄せられた。

「何者か」になろうとして極端な言動に走る人、それを支持したり批判したりする人、ただ拡散する人……。そんな構図が展開されるのは、ヒッチハイク中学生の例に限らない。その時々でプレイヤーは異なるのに、日々同じことが起こっている錯覚にさえ陥る。情報を猛スピードで消費しながら、反射的に「いいね」や「リツイート」を押し続けてしまう私たちの「共感のしかた」に、戸田さんは常々、違和感を覚えていたという。

「そもそも日常生活で話し合いをするときには『140字以内』の制限はないし、ひとこと『馬鹿じゃないの』って罵倒するために、面識のない他人を呼びつけることもないですよね。本来、きちんとしたステップを踏んで関係を作って、言葉を尽くすことをしなければ、互いを理解し合うことはできない。ネット上では前提を飛ばして短い言葉だけでやり取りができてしまうから、反応の速度が上がっていってしまうのだと思います」

中学生は「正しい」「間違っている」「正しいなんて言う奴は……」「間違っていると言った奴こそ……」――。沸騰するツイッター上のやり取りから一呼吸置くように、戸田さんはこう書いた。

《彼がしていることは間違っていると思うのだけれど、どれだけのリスクがあることなのか正常に判断できるだけの経験や知識が中学生にあるわけがないので、そもそも『裁かれる』以前の段階にいる存在なのだ》

戸田さん自身、SNSは好きだ。「仕事をしているとき、ご飯を食べているとき、寝ているとき……それ以外は、ほぼ一日中見ているんじゃないかな」。それなのにどうして、「ネットっぽい反応」にならなかったのだろう。聞くと「共感することが苦手だからかも」という答えが返ってきた。

井手野下貴弘

共感できなくても、理解しようとすることはできる

「子どもの頃から、空気が読めないタイプでした。自分では褒めるつもりで発した言葉が、相手にとっては傷つく言葉として受け取られてしまった経験などもよくありました。簡単に『共感』できないからこそ、相手と自分の距離を顧みる構えが身に付いた気がします」

「常に周囲から少しだけ浮いていた」。それが戸田さんの学生時代の記憶だ。

両親はしつけに厳しいところがあり、高校生になるまで携帯電話を持たせてもらえなかった。「中学生にもなればみんな持ってたんです、ケータイ。放課後もツイッターやラインで仲良くやり取りをしているのに、私は加われなかった」。異性とは、交際はもちろん、接触することさえ避けるよう言い含められていた。そのせいで異性に対して「恐怖に近い感情」があり、高校の友達が恋バナで歓声を上げていても、その輪に入ることができなかったという。

19歳のとき、セックスをした経験がないのにAV女優になることを決めた。「男性と関わることへのハードルが高くなり過ぎたことが、生きる上で足かせになっている感覚があったんです」

「無謀過ぎる」「共感できない」と揶揄する人もいるかもしれない。そう、ヒッチハイク中学生を見たときのように。でも、戸田さんにとっては「当時の自分のサイズ感で、考え抜いた末の選択だった」のだ。「AVに生かされた」と話す戸田さんの実感を、戸田さんとして生きたことがない私たちが裁くことなんてできない。

戸田さんは「ヒッチハイク中学生の『何者かになりたさ』に共感したわけではない」という。ただ「馬鹿にする人だって、中学生だったことあるはずなのに」と思った。切り捨てるのではなく、理解しようとすることが必要なのではないか。戸田さんはそう問いかける。

「スマホの画面に収まる情報だけで、共感できるかどうかをジャッジする。『共感できない』と思うと大声で批判する。それは誰のためにもなっていないと思います。つい反射的な言動をしてしまうことは私もあるけれど、あと1分、10分、1日遅れてもいいから、ちゃんとした言葉を話したいと思う」

井手野下貴弘

平凡なのも、ダサいのも、自己責任?

いつから私たちは、「何者か」になりたい、と欲望するようになったんだろう。

平成のヒットソング「世界に一つだけの花」では、誰もが「もともと特別なオンリーワン」と歌われていた。シングルリリースされたのは2003年、「失われた20年」といわれた不況の真っ只中。一発逆転なんて無理、という雰囲気が社会全体に満ちていた頃、「ナンバーワンにならなくてもいい」とありのままを肯定してくれるその歌詞はとても優しく響いた。でも、SNSが浸透し、働き方改革が声高に叫ばれるようになった昨今、「オンリーワン」は市場価値を高めるための武器として使われるようになっている。

何者にもなれないのは、あなたがSNSという「誰にでも開かれたツール」を使って頑張らないからじゃないですか。「誰でも持っているはずの個性」を、生かすかどうかはあなた次第でしょう――。ダサくてうだつが上がらない人生を嘆いた途端、速攻で自己責任だと笑われそうで、息苦しい。ナンバーワンもオンリーワンも拒否したら、そんな存在は価値がない、ということになるのだろうか。

戸田さんは「ナンバーワンもナンバーワンじゃない人も、オンリーワンもオンリーワンじゃない人も、全部いい。全部、いいんですよ」と力を込める。

「今はきっと、オンリーワンがフューチャーされる時期なんです。楽しくない仕事を頑張るのが当たり前というのがこれまでの空気だったから『もっと自分らしく生きよう』という言葉が力を持つ。そういう働き方を広めることをビジネスにするオンラインサロンが儲かる。そのこと自体が悪いわけではないです。でも『こちら側に共感しない人は社畜』とか、誰かの誇りをわざとちょっとだけ傷つけて焦らせる『商売』のための言葉に、振り回されないでほしい」

戸田さんが「SNSで死なないで」と書いたのは、そこでジャッジされるあなたが全てじゃない、と伝えたかったからだ。

「最近、市場価値っていう言葉もよく耳にします。それも含めて『価値』って変動するものだと思うんです。例えば、体育会系の世界の中では『元気よく挨拶ができること』ってきっと大切。でも、芸術の世界に行ったら『挨拶ができたっていい作品を作れなければ意味がない』と言われるかもしれない。だけど、いい作品が作れない芸術家がいたとして、その人だって家族の中にいるときは、毎日健康で生きていてくれるだけでありがとう、って思われていたりするかもしれない」

井手野下貴弘

《(特別になりたいという)欲望だけに踊らされたら、それ以外のあなたのたくさんのいいところがかわいそうだ。毎日会社にちゃんと行けるとか、満員電車を耐え抜いているとか、平凡なツイートをたまにしていることとか、それに別に誰からも反応がなかったこととか、冗談がうまく言えないとか、そういうの全部、SNSのネタになんかならなくていい、ただ単純にめちゃくちゃ良いところだと思う。今日のその目に映る世界は今日の貴方しか見ていない世界、それだけでなんて綺麗なんだろう。だから、そういう少しずつの、一見地味な素敵さを、重ねて世界はちゃんと回っている》

優しくて、強い。戸田さん自身、他者のまなざしによってジャッジされることから決して自由ではないからこそ、生まれた一節だ。

セックスをしたことがない、という戸田さんのごく個人的なコンプレックスは、AV業界の需要に合致した。自分の殻を破る起爆剤になったのは確かだ。でもそれは、個の領域を「需要と供給」という視点で裁かれる市場に、晒していくことでもある。「必要なら利用するべきときもある。でも、お金に結び付けたくないから大切に隠しているものもある。私はそのラインを、自分の手で引くようにしている」と戸田さん。私たちは今、何を生業とするかにかかわらず、その微妙なバランスの上で人生の舵を取ることを強いられているのだろう。

「もう落ち込むことしかできないって思えたときは、ちょっと視点を変えてみることにしています。SNSでの私は『すべて』ではないし、目の前の世界での私もまた、『すべて』ではない。視点を変えれば何がいいことで何が悪いことなのか、というのも変わる。そういうふうに視野を広げてみれば、心の底から本当に絶望するしかないことって意外とない、と私は思うんです」

(取材・文:加藤藍子@aikowork521 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko

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