「子育てが窮屈なのは“子どもファースト”すぎるから」 現役保育士・てぃ先生がパパママに伝えたいこと。

「子どものためだからやらなきゃいけないとか、子どものためだから我慢しなきゃいけないとか、パパやママが犠牲になり過ぎている気がするんです」
ハフポスト日本版

仕事と子育ての両立、家庭内の育児分担など、「子育て世代」は日々多くの課題に向き合っている。他の親子と比べて自信をなくしたり、思わず子どもを叱ってしまって自己嫌悪に陥ったりーー。戸惑いや迷いは日常茶飯事。

そんな親たちに「少しでも自分の知恵を伝えたい」と、Twitter上で発信を続ける現役保育士がいる。「てぃ先生」だ。

約48万人のフォロワーに向けてつぶやくのは、子どもたちと多くの時間を過ごすことによって得た気づきの数々だ。

ハフポスト日本版のネット番組「ハフトーク(NewsX)」に出演したてぃ先生に、子育て中の親世代にアドバイスしたいことについて話を聞いた。

「子ども」「育児」「保育」にポジティブな話題を。

Twitterでの発信をきっかけに人気となったてぃ先生。子供たちと過ごす中で起きたおもしろエピソードや、日常生活で得た育児の学びや気づきを発信している。そもそもTwitterを始めたきっかけは何だったのだろうか。

《「子ども」「育児」「保育」っていうキーワードが出てくる報道ってネガティブなものばかりなんですよね。もちろん、パパやママ、保育士は大変です。でも、子どもたちと接する時はみんな笑っています。それは、大変な中にも楽しさがあるからだと思うんです。そうしたポジティブな面を発信する人間やコンテンツがもっとあっても良いんじゃないかなっていうところから発信を始めるようになりました。》

てぃ先生は、日常生活の中で「これはみんなに伝えたい」と思うことがあると、保護者や園側の許可を取り、その日のうちに発信するよう心がけているという。

140字以内のツイートを一つするのにかける時間は、なんと1時間。文章を書いた後に何度も読み返し、読んだ人がどう思うだろうか?と想像する。不適切だと思う言葉があれば、言い換える。「これだったらちゃんと伝わるだろう」と思えてようやく、てぃ先生の文章は世に出る。それをほぼ毎日続けているのだそう。

子どもが駄々をこねたりして「イヤだー!」と泣き始めると、大人は気分を切り替えてあげようとつい何かしたくなるんだけど、この泣く時間も子どもにとっては「自分で気持ちを切り替える練習」になっていて、時間や環境が許すのであれば、時には気の済むまで泣かせてあげるのも愛情。年齢に合わせて。

— てぃ先生 (@_HappyBoy) May 17, 2019

 育児に正解はない。自分の子どもに合うか合わないか。

てぃ先生が何度も繰り返したのは「育児には本当に正解がない」という言葉だ。

《例えばあるママが、「子どもにこういう対応をしてみたよ」と言うと、必ず「それは間違っている」っていう意見って出るんですよね。何で意見が食い違うのかって言うと、ひとつは育ってきた時代や子育てしていた時代が違うということ。ある時代には合っていた考え方が、今の時代に合うかっていうと、そうとは限りません。》

《例えば、日本で紙おむつが登場した時、「紙おむつを使うなんて愛情がない!」「紙で楽をするなんてダメな親だ!」っていう意見が出たんだそうです。でも、今はほぼ全員紙おむつを使っていますよね。時代によって考え方は変わるんです。》

″時代”だけではなく、その人自身が育ってきた”環境”によっても意見は異なるという。

《保育園の中でもよくあるのが、ある先生は「ご飯は全部食べなきゃだめ」って思っているけど、ある先生は「全部食べなくてもいい」って思っている。どっちが正しいとかではなくて、「ご飯は全部食べなきゃだめ」な環境で育ってきたのか、「全部食べなくてもいい」という環境で育ってきたのか。それだけの違いだと思います。だから、意見をぶつけ合ったところで平行線のままなんですよね。》

時代や環境によって意見は違って当たり前。育児に正解はない。だからこそ、ひとつの意見だけではなく、様々な考え方を発信するように意識しているとてぃ先生は話す。

《色々な選択肢があって、その中から自分のお子さんに合うものを引き出せたら良いなっていう考えから、いろんな意見を載せるようにしています。》

″子どもファースト”すぎるのかも。

そんなてぃ先生が、保育士として保護者と接する中で、日頃から感じていることがあるという。

《いまの日本の社会って子育てしているパパやママが窮屈な気がするんです。その原因として僕なりに考えたのが、子どもファーストすぎるんじゃないのかなってことです。》

《もちろん子どもは大事です。でも、子どもの人生が一番大切で、大人の人生の価値が低いかといったら、そんなことないはずです。人生の価値ってみんな同じだと思うので。でも、子どものためだからやらなきゃいけないとか、子どものためだから我慢しなきゃいけないとか、パパやママが犠牲になり過ぎている気がするんです。大事にすることと王様みたいに扱うことは違います。パパやママたちの幸せはどこに行っちゃったの?と思います。》

《たまに自分の買い物に子どもを付き合わせたら悪いんじゃないかと思うパパやママがいるんですけど、行きたい場所や食べたいものとか、全てを子どもに合せるんじゃなくて、たまにはパパやママの希望を優先していいと思っています。パパやママが主役の日があってもいいですよね。》

そのような保護者を見ていると、「犠牲になることは美しい」という価値観が少なからず残っているのではないかと感じるという。

子育てはやり直しが利かない。自分たちが犠牲になってでも、失敗したくない。そう思う親は多いだろう。日々新たな問題が発生し、咄嗟の対応を求められる子育てでは、自分の対応を後悔し、悩む人も多いという。

《以前、自分の息子を怒鳴ってしまったことをすごく後悔しているママがいました。でも、僕は、そんなに思い詰める必要はないと思います。確かに他に策はあったかもしれないけれど、きっとその時の最善策としてママはそうしたはずです。だから、むしろその態度は、その時に一生懸命息子さんのことを思いやったという証。単に後悔するのではなく、自分が子どもを大切に思いやっているからなんだって考えてほしいなと思います。》

″間接的な育児”という考え方。

子育てしている人たちが直面する問題として、育児や家事の分担がある。てぃ先生は以下のように持論を展開する。

《一昔前の多くの男性は、そもそも育児や家事に興味がない人が多かったように思うんですけど、今の男性たちはそうではありません。子育てにすごく興味がある人が多いと思います。でも、やりたいと思ってもまだまだうまくやれる環境ではありません。当然、(会社で)働かないわけにもいかないし、かといって23時すぎて帰宅しても、できることなんてあまりないわけです。

やりたいと思ってもその望みが叶う環境ではないということをまず(夫婦がお互い)理解することも大事と思います。頭ごなしに「ほら男はやらない」って言っちゃうと、やっぱり男性側は傷付いちゃいますよね。》

育児をやりたくてもできない。育児をやってほしくてもやってくれない。心のすれ違いで、パートナー同士のフラストレーションが溜まっていく。そういう時は、”育児”に対する考え方を変えるとうまくいくのではないかと、てぃ先生は提案する。

《育児っていうと、一緒に遊ぶとか寝かせるとか、直接子どもと接することをイメージしますよね。でも、これまで通り働きながらそうしたことができる環境でないとするならば、じゃあパパたちができる育児って何だろうって考えてみる。そしたら、間接的にママの育児をサポートしてあげることならできるんじゃないかなって思うんです。例えばお皿を洗うとかゴミ捨てをするとか買い物をして帰るとか。それによってママに少しでも余裕ができて、ママが子どもに対して向き合うパワーが増えるなら、それは間接的な育児です。》

直接子どもに対して何かできなくても、間接的に関われることはないか。育児をしたいがうまく参加できないもどかしさを感じている人たちには、ぜひ模索してみてほしいという。

てぃ先生が繰り返していたように「育児に正解はない」。

子育てをしている親が幸せであること。それこそが、子どもの幸せへと繋がるのだろう。

【文:湯浅裕子/編集:南 麻理江】


てぃ先生がTwitterで発信している保育園でのエピソードや子育て世代へのアドバイスをまとめた著書『きょう、ほいくえんでね…!!』は、全国の書店やオンラインストアで発売中。

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