「読書は人生の答え合わせ」。“本の虫”になれない書店員の私を救ったカリスマホストの言葉

《本屋さんの「推し本」 紀伊國屋書店・山下真由の場合》

「本の虫」って、どうやったらなれるんだろう…。

いつもそんなことを考えていた。

書店員になって十数年。出版不況の荒波に揉まれながら、それなりに経験を積んできたはずなのに、なぜか読書量は昔から中途半端なまま。そんな自分に嫌気がさしていた。

もちろん本は大好きだしこの仕事にやりがいを感じている。なにより本を求めてやってくるお客さまと接することは楽しくて仕方がない。こんなにも世の中には色んな言論が溢れていて、それを支える人たちがいるんだ、ということを目の当たりにできるのは感動的ですらある。

それなのに。

そんな世界に身を置きながら、一文字も本を読まない日があるのだ。 一日中野外活動で本を読める状況じゃなかったとか、体調が悪くて意識が朦朧としていたとかいう訳じゃない。むしろ暇で体調万全なときほど読む気が起きないのである…。

世の中には読むべき本がまだまだたくさんあって、時間がどんなにあっても足りないのに、自分は何をモタモタしているんだ…。焦れば焦るほど本が視界から逃げていく。無理矢理手に取ったとしても意味が全然頭に入ってこない…。そんな日が、まぁ週に一日くらいはある。けっこうな頻度だ。「読んでなんぼ」の書店員の世界は自分には向いていないのだろうか…。

しかし、そんなグダグダ書店員を救ってくれる本が現れた。 手塚マキさんの『裏・読書』だ。

手塚マキ『裏・読書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
手塚マキ『裏・読書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

手塚さんは歌舞伎町でホストクラブ、飲食店、美容サロンなどを展開する「スマッパグループ」の会長であり、かつては自らもナンバーワンホストとして名を馳せた、歌舞伎町のレジェンドである。

『裏・読書』はそんな手塚さんが名著といわれる13作品を「裏」から読み解きぶった斬る、という痛快なコンセプトの書評集で、私の勤める書店が歌舞伎町の近くにあることから刊行記念フェアをやらせていただくことになったのだが、想像を超えたおもしろさに一気に引き込まれてしまった。

例えば村上春樹の『ノルウェイの森』は「現代を生きる全ての男性が読むべきバイブル」なのだという。部下のホストたちにも「読んで研究しろ」といって手渡しているそうだ。

女性の事情に深く立ち入らず、受け身を貫くこと。女性をコントロールできるはずがないと諦め、素早く気持ちを切り替えること。決して「誰かの一番」になろうとせず「補う存在」に終始すること。そうした主人公ワタナベの言動を見習えば、一流ホストにもなれるというのだ。

「ワタナベ=ナチュラルボーンでカリスマホスト」というこの考察だけでも十分刺激的で読み応えがあるのだが、手塚さんの本当に凄いところはここからである。さらに解釈を広げていき、

「日本の男性は、女性を口説くのを禁止」という風にしてみるのはどうでしょうか。

などと言い出すのだ(笑)。

女性からのアプローチを「待つ」ことのできるワタナベのような男性こそが、これからのジェンダーフリーな社会には必要なのだという。男性は女性の主体性を認め、自分の無力さを思い知ることで初めて「口説かれるのを待つ」ことができるようになる。セクハラや性差別などがない社会を本気で作るには、それくらいラディカルな意識改革が必要だということだろう。

それにしても『ノルウェイの森』を読んでこの境地に辿り着くなんて、なかなか常人の為せる業ではない。ここですべてを紹介できないのが残念だが、ほかの12作品についても、壮大さと緻密さを兼ね備えた鋭い批評が展開されている。素晴らしくクオリティの高い書評集だ。

そして何よりこの本が、優れた書評集であると同時に「本との付き合い方を指南してくれる本」であったことが、私にとって大きな救いとなった。

冒頭には、手塚さんならではの読書への想いがこのように述べられている。

読まなければいけない本なんてない。読むべき本なんてない。読書って自分の心に一滴水を垂らすくらいの感覚でいいと思うんだ。

自分の心が渇いていればいるほど、その一滴の読書の浸透力は大きなものになるということなのだろう。逆に、自分の心が求めてないのに闇雲に本を読むのは無駄だということだ。日々「読書」に追いかけられていた私の肩の力が一気に抜けた。

また、本書の最後にはこのような言葉も出てくる。

読書は人生の答え合わせでいいと思っている。

あくまでも人生という舞台の主人公は自分なのである。読書は自分の人生を振り返るきっかけであればいい、ということだろう。

読書をすると、経験したことのない世界を知ることができる。その楽しさ・喜びは書店員としてそれなりに(中途半端に)本を読んできた私が身をもって体験してきたことだ。しかし、人生とは自分がリアルに経験したことの積み重ねでできている。

この本に通底している「マイノリティ」や「女性」などの弱い立場から物事を捉える視座、そして各作品への深い愛とリスペクトも、手塚さん自身の様々な人生経験があったからこそ会得できたものであろう。

これからは、どれだけ多く読むか、ではなく、その1冊からどんな気づきを得たのか、そこにこだわる書店員でありたいと思う。自分の人生が刺激に満ちて充実したものであれば、その気づきの彩りも豊かなものになるのだろう。

そして読書への強迫観念から解き放たれ、自由になった私は小声でこう叫んでいた。

「書を持ってホストクラブ行こう…!」

連載コラム:本屋さんの「推し本」

本屋さんが好き。

便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。

そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。

誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。

あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。

推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp

今週紹介した本

手塚マキ『裏・読書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

今週の「本屋さん」

山下真由(やました・まゆ)さん/紀伊國屋書店新宿本店 文芸書担当(東京都新宿区)

どんな本屋さん?

言わずと知れた新宿の老舗&最先端書店です。各種イベントをはじめとした様々な最先端のトレンドから、大型店ならではの品ぞろえによる、様々な名著がお客様をお待ちしております。

また、各フロアの目利きの書店員さんがセレクトした棚は、毎週見に行っても飽きない並びになっています。

撮影:梅本翔太(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)

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