ひろゆきさん、どうして「今の日本では“フェミニズム”って言葉を使わないほうがいい」のですか?

連載「 #私たちのフェミニズム をみんなで語ろう」第1回 前編:西村博之(ひろゆき)さん
西村博之(にしむらひろゆき)さん
西村博之(にしむらひろゆき)さん
MURAMATSU Shiro

「メディアが取り上げて、『男女平等が当たり前だよね』と言い始めたのは、ここ10年くらいじゃないかな。それもインターネットメディアが増えたからじゃないかな」

ネット匿名掲示板「2ちゃんねる」の生みの親で、「ひろゆき」として知られる、実業家の西村博之氏はそう語ります。

最近、日本でもSNSで目にする機会の増えた「フェミニズム」。性別による不当な男女格差や、社会構造による女性特有の生きづらさを考える方法や思想を示します。

実際のところ、男女格差(ジェンダーギャップ)の感じ方は、個人の経験や環境が大きく影響するため、フェミニズムをめぐる言説も「一人一派」と言われるほどに多彩です。

ときには言葉が一人歩きし、攻撃的に使われ、摩擦が生まれることも。

もっとフラットに「フェミニズム」を語る機会はないだろうか。専門家でなくても、より身近な「私ごと」として、この言葉に触れられないだろうか。

そんな思いから、連載「 #私たちのフェミニズム をみんなで語ろう」という企画を始めます。

性別、年齢、立場を超えて、フェミニズムに対するそれぞれの語り手の思い。なるべくそのまま連ねていきます。

それらの言葉は、私やあなたとは違うかもしれない。でも、それもまた、「私たちのフェミニズム」をめぐる現実です。大切なのは、その声を否定せず耳を傾け合うこと。偏見や思い込みを超えた会話の機会が、少しでも増えることを願ってーー。

記念すべき第1回の語り手は、現在フランスに暮らすひろゆきさん。インターネットの世界で、フェミニズムはどう広がっているのか。見えている景色を聞きました。

MURAMATSU Shiro

西村博之(にしむら ひろゆき) 

1976年、関東地方出身。ネット匿名掲示板「2ちゃんねる」、動画共有サービス「ニコニコ動画」などの立ち上げ・運営に携わる。2015年よりフランス・パリ在住。 

聞く人:髙崎順子(たかさき じゅんこ)

1974年、関東地方出身。2000年よりフランス・パリ在住。フランス社会・文化を題材に寄稿するライター。得意分野は子育て環境。 

ジェンダーを意識せず、気づいたら大人になっていた 

髙崎:西村さんご自身は、性別やジェンダーを強く意識したことはありますか?

西村:いや、僕自身はあんまりないんです。

ウチは父親があまり家にいなくて、専業主婦の母と姉の家庭で、僕だけ男の子だったんですけど、それを意識することも特になくて、気がついたら大人になっていた。

逆にそこまで強く意識すること、ありました?

MURAMATSU Shiro

髙崎:私は小さい頃から活発で勉強も得意なタイプだったため、年の近い男の子と比べられて「女のくせに」とか「お前が男だったら良かったのに」と言われ続けてきたので、なんだかんだと意識させられてきましたね。

西村:ああ。そう意識しないですんだのは、僕が「男の子だったから」って理由もあると思います。

たとえば「将来パイロットになりたい」と言っても、女性は「女の子だから無理だよ」って言われたりすることがあったと思うんですけど、僕はそういう壁にぶつかったことがないので。 

髙崎:まさにそういう「選択肢の少なさ」が、日本の女性の生きづらさのひとつだと思います。西村さんは、日本は女性にとって生きづらい国だと思いますか?

髙崎順子さん
髙崎順子さん
MURAMATSU Shiro

西村:うーん。「自由に働けることが良いことである」という価値観でいくとそうなんですけど、別の基準で考えると一概にそうとは言えないんですよね。

たとえば、日本は男女の寿命の差が7歳くらいあって、フランスに比べても大きい。もし奥さんが先に亡くなったら、日本人の男性は大体3年以内に死ぬって話もあります。 

男性の方が受けているストレスが強いとか、生活力が低いとかの理由が考えられますが、「健康で長生きした方が幸せ」という基準で見たら、日本の男性の方がかわいそう、という状況にもなりうるわけで。

髙崎:何を基準にするかで違ってくる、と。

西村:僕は専業主婦の家庭で育っていて、「女の人が働かない」ことがいかにラクか見えていましたし。母はたまにパートして稼いだお小遣いで旅行に行ったりしていましたが、僕は父がそうやって旅行しているのを見たことがないんですよ。

母の楽しい暮らしを知っているから、逆に「女性も男性も働くべきだよね」というフランスを見ていると、すげー大変そうだなあと。 

女性の「生きづらさ」が見えない理由 

MURAMATSU Shiro

西村:あと、日本の男性には「生まれ変わったら女になりたい」っていう人、そこそこ多いと思うんですよね。

髙崎:えええ! 日本の女性の生きにくさが見えていないんですか!?

西村:うーん、女性は顔がある程度かわいければ、そこそこまともな結婚ができて一生食いっぱぐれない。けど男性はイケメンでも二十歳過ぎたら仕事ができないと行き詰まるよな、という感じで。 

そういう男の人には、女の人の生きにくさは見えていないし、女の人は「女は生きにくい」のが当たり前の認識だと思っていて。お互いに見えていないんじゃないですかね。

髙崎:西村さんご自身はどうですか?

西村:僕は……誰かの生きにくさとかを考える時、「もし自分がその人だったら」って前提にするんですが、僕が女性だったら、好きなことを制限されるのが嫌だ、権利を増やしたい、ってなるとは思います。 

性別は生まれた時に自分で選べないじゃないですか。人種差別と一緒で、選べないもののせいで最初から不遇が決まっているのってどうなの? と思います。

MURAMATSU Shiro

ただ母親を見ているので、「そうは言っても女の人の方がラクだよね」ってのはどこかにある。母親が働いている家庭に育っていたら、その専業主婦のイメージは湧かなかったでしょうね。

他人の経験や本などから学習できる人って少数派で、自分の経験からしか判断しない人はやっぱり多いと思います。そういう意味では、「自分と違う人は見えない」というのが多数派で、それはなかなか変わらないんじゃないかなぁ。

ネットでフェミニズムの議論が増えたワケ

髙崎:最近は、日本のメディアでも、ジェンダーやフェミニズムについて取り上げられる機会が、ぐっと増えましたよね。

西村:メディア以外の場所では、ずっと言われてきたと思うんですけどね。

メディアが取り上げて、「男女平等が当たり前だよね」と言い始めたのは、ここ10年くらいじゃないかな。それもインターネットメディアが増えたからじゃないかな、と。

髙崎:なぜ、従来のメディアでは言われなかったんでしょう?

西村:新聞のようなネット以前のメディアを読むのが、主に男性だったからじゃないですかね。

そうすると男性が楽しいと思う記事を載せるのがビジネスの主体になるので、男女平等のようなテーマを出す必然性がなかった。女性向けのマスメディアには「女性自身」みたいな雑誌やワイドショーがありましたけど、世論を形成するようなものではなかったですし。

MURAMATSU Shiro

髙崎:その点、ネットメディアは、男女両方を読者に想定していると?

西村:新聞社にも男性向けで続けているサイトと、女性向けの記事を作って広告費を稼ごう、というところがありますよね。 

髙崎:西村さんは、2000年代始めのネット黎明期に巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」を運営されていましたが、あの頃の2ちゃんねるの運営で、ユーザーの性別を想定されていましたか?

西村:「2ちゃんねる」は性別登録が必要ないようにしてましたし、運営にあたり性別を意識するってことは特になかったですね。ていうか、初期のインターネットって男性ユーザーが圧倒的に多かったんです。

MURAMATSU Shiro

家でパソコンをすることが、そもそも「男の子の趣味」だった。あの頃だと安いパソコンでも20万円近くしていて、おいそれと始められるものでもなかったし。 

女性の名前をハンドルネームに使っていたとしても、男性が偽ってるパターンが多かったんです。大学のインターネットを使ってる大学生もいましたね。

髙崎:確かに、「パソコン通信」と言われている時代は、理系の男子の趣味って感覚ありました。現在これだけ女性のユーザーも増えたのはなぜなんでしょう。

西村:スマホの影響じゃないですかね。

スマホに最初からインターネットがついてきたから、女性もそれを使って、ネットメディアを見るようになった。

ガラケー時代のネットも占いなんかはありましたが、ニュースメディアと言えるだけの媒体や、ちゃんとした広告モデルもなかったんです。

女性をターゲットにしたメディアが、スマホによって、ネット上でビジネスとして成立するようになったって話な気がします。

髙崎:思い出したんですが、2016年に少子化関係の新書(『フランスはどう少子化を克服したか』)を出版した後、新書編集部に男女平等の企画を提案したことがあったんですよね。

でもけんもほろろで、「新書の読者はおじさんなんだから、男女平等の話なんて読まされたくないですよ」と。なるほど〜!と。

髙崎順子さん
髙崎順子さん
MURAMATSU Shiro

西村:そこ、納得できちゃったんですか(笑)

髙崎:いや、そりゃあそうだよなぁと思いましたよ(笑)。だからこそ逆に、新書でやりたかったんですけども。おじさんにこそ読んで欲しかったので。

西村:新書はやっぱり女性読者が少ないんですか?

髙崎:ネットメディアで男女平等を積極的に扱っている出版社の新書編集部でも、「ウチでも難しいですね」と言われたことがありますね。2019年秋に岩波新書が『女性のいない民主主義』を出した際は、「おおお、岩波さんがやった!」という声があったとか…。

西村:そんなレベルなんですか? 女性も本は読むけれど、そういう(男女平等系の)本には興味ないんですかね。 

MURAMATSU Shiro

髙崎:うーん。新書は、図書館で借りて読む方も多いみたいです。 

西村:ほー。でも恋愛小説のようなものは、女性向けでも普通にバカスカ売れているじゃないですか。本を読まないわけではなくて、女性問題を扱った本を買う習慣が女性たちにはない。そして男性にはもっとない。

髙崎:本全体というより、新書という媒体の特性ですかね。女性問題を扱う新書を、「自分の買うべき本」として考える人が多くない、という。男女平等の議論はネットメディアが向いているのかな、と感じていましたが、今日のお話で腑に落ちた気がします。

編注:出版界では、韓国の『82年生まれ、キム・ジヨン』や、フランスの『三つ編み』など、海外のフェミニズム小説が翻訳されヒットしているほか、フェミニズムをテーマにした雑誌が創刊したり、特集号が重版したりするなど新しい動きがあります。

フェミニズムが「理解されにくい」理由

髙崎:西村さんご自身は「フェミニズム」という言葉を、どのように見たり考えたりされていますか? 

西村:辞書的な意味でちゃんと使っている人はあまりいなくて、各々が勝手に定義しちゃってるところがあるように思っていて。

あと男女平等を実現したいのであれば、今の日本では「フェミニズム」って言葉を使わないほうがいいように思うんですよね。

MURAMATSU Shiro

髙崎:おおお……その心は?

西村:フェミニズムって言葉を使う人のなかに、「男女平等がいいよね、同じようにしたいよね」という人と、「女性の権利を増やしたい、そのために男性の権利を制限したとしてもいい」という人が両方いることが問題だなと。

もし男女を入れ替えて後者と同じ考えの男性がいたら、それは女性を差別してる、ただの差別主義者ですよね。

平等主義者と差別主義者が、同じ「フェミニスト」って名前でものを言って、二つがごちゃ混ぜになってしまっているから、反対する側が「だって君たちは差別主義者じゃないか」と言えてしまう状況なんです。 

切り分けるか、どっちの側も「フェミニズム」「フェミニスト」って言葉を使わないか。「違うものだ」って言った方が、世の中に理解されやすい気がするんですが。

MURAMATSU Shiro

髙崎:二つの主張がごちゃ混ぜになっているから、フェミニズムが賛同されにくくなっている点が、あると。 

西村:うーん。フェミニズム側の人も、「差別主義者はフェミニストではないよね」ってはっきり切り分けないじゃないですか。どうしてなんでしょうね。 

これまで男性たちがやってきた「男が上で、女は下がいいよね」と、同じことを女性たちがやろうとしていたら、男性側は乗ってこられない。そうすると結局、「女性の方が不利な立場にいる」という現状が維持されてしまう。

もし現状を変えたいんだったら、「平等」だけをまず目標にした方がいいんじゃないかなと。

MURAMATSU Shiro

髙崎:専業主婦だったお母様についてお話された時にも感じましたが、西村さんご自身は男女というものを、とてもフラットに見ていますよね。

西村:僕は、男女の立ち位置にそんなに違いはないと思ってるんで。

髙崎:これは私の理解なんですが、フェミニズムはまず「男と女は立ち位置が違っている」というところから始まっているのですよね。

もともとフラットな関係じゃない、女性は社会的にマイナスな位置に置かれているという認識がまずある。そして「上」に置かれた男性と、社会的な位置を等しくするにはどうするか?と考えます。

だからもしそのための主張が女性優位的というか、男性優位的な主張のミラーリングになってしまっていても、(当事者には)見えにくいかもしれません。 

MURAMATSU Shiro

「保守」と「ネトウヨ」の関係から考える 

西村:似た話で「保守」と「ネトウヨ」の関係があって。今、保守の人たちは「自分たちはネトウヨと違う、差別はしない」って言ってますよね。

例えば、アメリカの黒人差別問題にも、(当時は)黒人の権利回復だけではなく、黒人を苦しめてきた白人を攻撃してもいいって考え方があった。過激派というのは、どこにでも必ず現れてしまう。それは仕方ない。

ただ「あれは過激派なんですよ」と自分たちで言った方が、(世の中の)理解は早まると思うんです。

MURAMATSU Shiro

髙崎:そこの線引きも難しいというか……。ネトウヨの人たちも「自分は保守だ」と思っていますよね。

西村:主観だけで話しているか、明確な論理が整っているかを、紐解いていくことじゃないですかね。

ネトウヨにも論理武装している人はいるんですが、それを紐解いていくと、特定の国の人はみんな劣っているとか、どこかで必ず「いやそれ、論理的じゃないよね?」ってなるところがある。

逆に、論理が整っていれば、みんながすっきりできる基準を作ることができる。そうしてルール化できるなら、それがいいんじゃないかと。

「宇崎ちゃん」ポスターをどう批判する?

西村:胸の大きな女性の漫画キャラクター「宇崎ちゃん」の(日本赤十字社の)ポスターの件もそうでしたよね。 

「女性の体のラインを強調するのがいけない」と言っても、「強調とはなんぞや」を突き詰めると、「私が気持ち悪くない程度」という主観になってしまっている人が多くて。

主観で話す人も、「これは大丈夫」「これは嫌だ」と、自分の脳内では綺麗に分けられているんですよね。それを他人に話すときに紐解いて論理の形にしてくれれば、他人は同意しやすいのだけれど。

論理化せずに主観だけを伝えられても、他人はよく分からないですから、「裸はダメ」「性器を出すのはダメ」のような、明確なルールになればいいと思うんですが。 

MURAMATSU Shiro

髙崎:そこは、コミュニケーションの種類の違いもあるように思います。

論理で伝えるコミュニケーションの方が、立場の異なる人にも伝わりやすい。でも主観というか、共感に基づくコミュニケーションだからこそ、強く伝わるものもある。ドキュメンタリーや体験談などはその好例ですよね。

その意味で、女性問題は共感のコミュニケーションが多いのかもしれません。発信者は状況と相手と目的によって、使い分けをもっと意識したほうがいいですね。

》後編:家事分担の偏り、女性政治家が少ないこと。ひろゆきさんと考えた“日本の現実”

(取材・文:髙崎順子@misetemiso  写真:松村史郎   編集:笹川かおり@kaoris727

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