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2020年02月18日 11時38分 JST | 更新 2020年02月19日 12時19分 JST

「熱が出ても、休まない」社会を変えるために。新型コロナウイルスの拡大で考えたいこと

新型コロナウイルスの拡大をシミュレーションしてみたら、日本社会のエートスに拡大のヒントを見つけた。

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(文/岩田健太郎・神戸大学医学研究科感染症内科教授)

おはようございます。走ってきました。週5回は朝走るのですが、このときreflectionをします。昨日見たもの、書いたもの、語り合ったこと。Reflectionの時間は非常に大事でただただ実務だけやってるとすぐにアイデアが枯渇します。あと、休養、運動、栄養、そして笑いはとても大事です。

さて、本日お伝えしたいことは結論だけ言えば以下のことです。多くの専門家も同じようなことを言っていますから特にオリジナリティはありません。

1.風邪をひいたり体調を崩したら家で休む。社会もそれを許容する。
2.しんどくなったらマスクを付けて速やかに病院を受診する。しんどくなければ必須ではない。しんどさの基準は個人差があるので個々の判断で。
3.自宅に家族がいれば、病気の人はマスクを付けて、神経質に何かに触るたびに手指消毒をする。何度でも。
4.仕事や学業を効率化する。人が集まらねばならない会議は最小化してメールでできること(特に連絡事項)はすべてメールやチャットなどでやる。自宅でできる仕事も自宅でやる。
5.医療リソースと公衆衛生リソース(役所含む)を大切にする。モノと人。マスクを無駄遣いしない。人も無駄遣いしない。すぐに病院に駆け込まない。「何かあったらすぐ病院に」と勧めない。夜中の記者会見など無駄なことはしない。というか、記者会見もチャットでやるといい、昼間に。

さて、1月に新型コロナの輸入例がどう広がっていくか、シミュレーションをしました。プレプリントですが公表しています。

https://www.preprints.org/manuscript/202002.0179/v1

ぼくは予測の専門家ではなく、あくまでも一介の臨床屋です。なので、これは「予測」ではなく、「シミュレーション」です。すべてを「想定内」にするためのシミュレーション。

臨床屋も「予測」はするのですが、予測を当てにしすぎません。臨床予測はしばしば外れるからです。検査がしばしば間違えるように。よって、間違ったときのためのプランB、プランC、プランDを予め立てておきます。「予測は間違えても、判断は間違えない」よう、ゲーム理論的な戦略を練るのです。ここでも、起こりうるシナリオを(制限はありますが)SEIRモデルを使って45通りのシミュレーションをやってみました。

ここで特に注目したのは発症から受診までの期間です。よく「新型コロナは潜伏期間が長くて」といいますがここはそれほどポイントではありません。潜伏期間はR0にあまり寄与しないからです(我々のモデルだと全く寄与しません)。それに、nCoVは潜伏期がたいして長いわけでもありません。中央値は3日程度で、要するに半数は3日未満です。長い人で14日(場合によってはそれ以上)になるだけです。

潜伏期間は「広がり」には意味を持ちます。よって、「水際作戦(border screening)」的には重要な要素ですが、そもそも水際作戦は役に立たないことは昔っから専門家は知っていました。あそこで引っ掛けられるのは極端に潜伏期間が短いデングのような例外的疾患で、そもそもデングは空港でひっかけなければならない疾患ではないわけで、要は感染症をよく理解していない人たちが「水際作戦」にすがったのでした。

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さて、僕らのシミュレーションでは、「たとえ同じウイルスでも」感染者が発症してから受診するまでの時間が違うとずいぶん二次感染のインパクトが変わることがわかりました。詳しくはプロットをご覧ください。感染症の広がりはウイルスだけが決めるのではありません。社会や個人の振る舞いも大きく影響するのです。

僕はこのプロットを見たとき、「あ、日本だと大丈夫かな」と思いました。新型インフルの記憶が残っていたからです。あのとき、多くの患者さんは熱が出ると即座に病院にやってきました。ときには30分以内に。そんなに慌てなくてもインフルはたいてい勝手に治るのに、とぼくはその時思いましたし、実際、ヨーロッパの多くの人たちは自宅で休んでいて「勝手に治して」いました。そもそも日本医療制度はとてもアクセスが(ときに極端なまでに)よいのが「売り」ですから、発症から受診までの時間であれば、日本は世界のトップレベルだよな、と思ったのです。

記憶とはやっかいなものです。記憶と経験値があれば人は賢くなりそうなものですが、逆にその記憶が邪魔をすることがあります。要は一般化できることと個別なものを区別することが大事で、新型インフルでしか当てはまらないことを別の感染症に無理やり当てはめるのは間違っているのです。

そう、ぼくもその時間違った連想をしていたのでした。論文を書いていた1月には気づいていなかったのですが、今朝ジョギングしていてようやく気がつきました。うかつでした。せっかくシミュレーションをやっていたのに、プロットを別の角度から見るのを怠っていたのです。

武漢で猛威を奮っていたCOVID-19が、日本で蓋を開けてみたら案外軽症で「風邪みたいなものだ」と報告されたとき、多くの専門家がこれを「朗報」ととりました。白状するとぼくもそう思っていました。

確かに、ほとんどの患者が自然治癒する軽症感染症である事実は「半分は」朗報です。が、半分は違う。

なぜ、SARSは抑え込めたのに、COVIDは抑え込みにくいのか。このことを昨日議論していました。あ、他者との対話は大事です。特に身内でない「他者」との対話は。仲間内の会話はシュプレヒコール的高揚感や自己憐憫をもたらしますが、同時に視野狭窄傾向も作るので程々にしておかねばなりません。

さて、COVIDはなぜ抑え込めない、とCDCのトップにまで言わせるのか。根拠はいろいろでしょう。しかし、ぼくはその根拠の一つは「発症初期が軽症である」ことにあると思っています。潜伏期間ではなく。

重症化した場合のCOVIDは発症7日程度で呼吸状態の増悪があると中国からの報告があり、日本の重症例もそういう事例が多いようです。初期は軽症なので受診動機が小さい。よって、「発症から受診までの時間が長くなりやすい」傾向をこのウイルスはもっているのです。発症から受診までの時間は「人」は「社会」の属性だとぼくは思っていましたが、そこにウイルスの特徴も混じっていたのです。よって、重症発症の多いSARSよりも本ウイルスは広がりやすい。

そして、勤勉な日本人は風邪症状くらいでは休まない。

自宅で安静にもしないし、受診もしないかもしれない。和歌山の事例がまさにそうでした。当該医師を責めているのではありません。あれは日本医療界の縮図で、「熱が出たくらいでは休まない」はぼくも含めて日本医療界が、そして日本社会がどっぷり浸かっているエートスであり、和歌山の事例はその一つのサンプルに過ぎないのです。

このウイルスは日本の社会でこそ広がりやすいウイルスなのかもしれない。他の国では感染の広がりが観察されにくいのに中国のほかは日本でだけ感染が広がっているのは、のちにYomiDrに書くような「失敗」もあるのでしょうが、ここがポイントのひとつなのかもしれないのです。

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そこで、冒頭のお勧めをもう一度。

1.風邪をひいたり体調を崩したら家で休む。社会もそれを許容する。
2.しんどくなったらマスクを付けて速やかに病院を受診する。しんどくなければ必須ではない。しんどさの基準は個人差があるので個々の判断で。
3.自宅に家族がいれば、病気の人はマスクを付けて、神経質に何かに触るたびに手指消毒をする。何度でも。
4.仕事や学業を効率化する。人が集まらねばならない会議は最小化してメールでできること(特に連絡事項)はすべてメールやチャットなどでやる。自宅でできる仕事も自宅でやる。
5.医療リソースと公衆衛生リソース(役所含む)を大切にする。モノと人。マスクを無駄遣いしない。人も無駄遣いしない。すぐに病院に駆け込まない。「何かあったらすぐ病院に」と勧めない。夜中の記者会見など無駄なことはしない。というか、記者会見もチャットでやるといい、昼間に。

日本社会のエートスがCOVIDによりvulnerableなエートスだ、という仮説に基づくならば、今やるべきは日本社会固有のエートスと立ち向かい、これを乗り越えることです。上記「1〜5」は日本社会でできない「あるある」なことばかりなのですが、これをあえてやるべきだとぼくは主張します。色々ヘマはありましたが、COVID問題はまだ始まったばかりです。方向転換をするならば今でしょう。

文章の内容は個人の意見で所属先のそれとは無関係です。

 

2020年02月16日の岩田健太郎さんのブログ掲載記事「COVIDと対峙するために日本社会が変わるべきこと」より転載