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2020年04月24日 05時00分 JST | 更新 2020年04月25日 08時01分 JST

「母ふたり子ども3人」の家族、15年め。 女性と恋に落ち、結婚式を挙げて、裁判の原告になった

自分の物語を語ることには意味がある。「にじいろかぞく」代表の小野春さんに聞いた、家族の歩み。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
(左から)小野春さんとパートナーの西川麻実さん

孤独なワンオペ育児の崖っぷちで手を差し伸べてくれた女友達が、まさか人生のパートナーになるなんて。

専業主婦だった小野春さんが自身のセクシュアリティに疑問を抱いたのは、まだ小さかった長男のワンオペ育児で苦しんでいた真っ最中。

自分が「バイセクシュアル」(両性愛者)だとはっきり自覚したのは、30歳を過ぎてからだった。

のちに生涯のパートナーとなる女友達「麻ちゃん」との出会い、実子と継子3人を育てるステップファミリーとしての暮らし、子どもたちや親、ママ友へのカミングアウト……。

小野さんは目の前に起きている現実に向き合いながら、まさに体当たりで人生と切り拓いてきた。

そして2019年からは、「結婚の自由をすべての人に」訴訟の原告のひとりになった。

子育てするLGBTとその周辺をつなげる団体「にじいろかぞく」代表で、初の著書『母ふたりで“かぞく”はじめました。』を刊行した小野さんに話を聞いた。

 

小野春(おの・はる)

同性パートナーとのステップファミリーで、実子と継子の3児を育てる会社員。LGBTとその周辺をゆるやかにつなぐ「にじいろかぞく」代表。2013年、アメリカ国務省が主催するプログラムIVLPに選ばれ、LGBTを中心とした「人権」について研修。19年4月には「結婚の自由をすべての人に」訴訟の原告のひとりとして、東京地方裁判所で意見陳述を行う。乳がんサバイバー。

 

男性と結婚、子どもを出産してから気づいたこと

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
『母ふたりで“かぞく”はじめました。』

――小野さんの現在の家族構成を教えてください。

私とパートナーである麻ちゃん、麻ちゃんの娘、私の息子2人の5人家族です。 

少し前までは進学などで家を離れていた子もいましたが、今は新型コロナの影響で子どもたちが帰ってきて、また5人家族に戻りましたね。 

――20代で結婚し、2児の出産・育児を経験している小野さんが、自分のセクシュアリティに疑問を抱くようになったきっかけは?

初恋は男の子でしたが、高校生のときに好意を抱いたのは同級生の女の子でした。でも「女同士が付き合うなんてありえない」と思っていたから、その気持ちは凍結させるしかなくて。

20代半ばで結婚・出産したものの、夫は仕事を理由に家を空けがちで孤独を感じていました。

そんなときに、「高校時代に凍結させた友人への好意、あれは恋だったのかな?」「もしかして私ってレズビアンな可能性があるのかな?」「同性愛者ってどんな人なのかな?」……ということを考えるようになって。

それで、当時普及しはじめたインターネットで、「レズビアン」と検索してみたんです。

いろんなサイトを見たりしていく中で、どうやら自分は異性愛者ではなくて、男性も女性も好きになることがある「バイセクシュアル」なんだ、とようやく気づきました。 

――後にパートナーとなる「麻ちゃん」とは、バイセクシュアルの女性が集まる飲み会で出会い、お互いの妊娠中も助け合う友人同士だったそうですね。

出会った当時、私は長男の子育て中で、麻ちゃんも男性と結婚していました。

その後、ふたりともそれぞれの事情で離婚をして。2人の子を抱えて生活に追い回される私を何かと手伝ってくれたのが、同じくシングルマザーで幼い娘を育てていた麻ちゃんだったんです。

子どもたちの年齢も近かったので、一緒にごはんを食べるようになり、お泊りするようになり……ということを経て、自然なかたちで同居することになりました。

もちろん、その手前で、「恋愛のパートナーとしてお付き合いしよう」というお互いの意思確認もした上で、です。

子連れ再婚、「母親にならなきゃ」の重圧  

――まだ小学校にも上がったばかりの幼い子3人と、ふたりの母親。まだLGBTQに関する理解も今ほど広がっていなかった時代、身近にロールモデルのいない難しさはありましたか。 

最初の数年間はやっぱり難しかったです。とりわけ苦労したのが、私と麻ちゃんの娘の関係性でした。最初は「同性の親ふたり、LGBTのファミリーで子育てしているからこんなに苦しいのか?」と悩んでいて。

でも、いろいろ調べてみたら、そうじゃなかったんですね。

私と麻ちゃんの娘との問題は、子連れ再婚をした夫婦が直面する「連れ子に親として、どう接すればいいのか」「血の繋がらない子のちゃんとした母親にならなくては」という悩みと同じだったんです。

「母ふたり」だから苦しいんじゃなくて、ステップファミリーだからこその苦しさだった。

そこからインターネットで知った男女の再婚家族コミュニティなどで相談していく中で、「無理に親になろうとしなくていい」という考え方を学んで、少しずつ楽になっていきました。

――小野さんの息子さん2人と、麻ちゃんの娘さん。お子さん同士の関係性は?

子供同士はすごく仲がいいんですよ。でも本当のきょうだいとはやっぱり違うところもあります。

たとえば、私の次男と麻ちゃんの娘は同い年で、次男が長男を「お兄ちゃん」と呼ぶから、娘も「お兄ちゃん」と呼んでいたんですね。でも小学校にあがってからは、周囲の子に「娘ちゃんのお兄ちゃんじゃないでしょ?」と言われたらしく、娘が長男を名前で呼ぶようになったんです。

そしたらほどなくして、次男も長男を名前で呼ぶようになって。気づけば全員がお互いを名前で呼び合うようになっていました(笑)。

数年前、長男が会話の仲で「俺たち(長男と次男)はきょうだいだけど、お前(娘)は違うよな。でも家族ではあるよな」と言っていて。なんだか面白いですよね。子どもたちもそれぞれに、いろんなことを考えていているんだな、と感じました。

自分たちらしい結婚式、周囲へのカミングアウト

本人提供

――おふたりは2010年に結婚式を挙げています。同性婚は日本の法律ではまだ認められていませんが、結婚式を挙げたことで変化はありましたか。

最初はそんなつもりは全然なかったんです。でも麻ちゃんと私と子どもたち、5人でずっと一緒の時間を過ごしていくうちに、関係がどんどん深まって、(麻ちゃんと)「ふたりで一生やっていく」という気持ちも固まってきて。

それまでは、ご近所や職場には「シングルマザー同士で同居している」という体にしていたんですが、結婚式に招待することをきっかけに、いろんな人に少しずつカミングアウトしていきました。

職場の同僚には、打合せ中にウェディングドレスの試着写真をうっかり見られてしまった流れで打ち明けて、ママ友にも「実は一緒に住んでる麻ちゃんはね…」と話して。

――お二人は最初の結婚でも挙式をしたんですか?

私も麻ちゃんも一度、挙げています。

両家の名前で招待状を出して、職場の上司が乾杯の挨拶をして……みたいな、いわゆるよくある結婚式ですね。

でも麻ちゃんと結婚式をしようという話になったとき、「もっと自分たちらしい式にしよう」と話し合ったんですね。

同性だから法的に認められるわけではないけれども、家族やママ友を呼んで、子どもたちにも打ち明けて…。親は呼べなかったけど、結婚式がクローゼットから飛び出すきっかけになった。やってみてすごくよかったです。 

――子どもたちにも、そのタイミングで一緒に暮らしている理由を伝えた?

子どもたちに私たちの関係をどう伝えるかというのは、私と麻ちゃんの間で意見が食い違ったところでもありました。でも3人が思春期に入る前に、言っておきたかったんです。 

思春期ってその子自身がすごく葛藤している時期でもありますよね。そういうときに、大人側の問題を伝えるのは、子どもたちにとってしんどいんじゃないかな、という気持ちがあって。

子連れ再婚のタイミングもそういうところがあるそうです。同居するなら思春期の真っ最中ではなくて、入る前か過ぎた後、どちらかがいいなと思いました。

「麻ちゃんのケーキがない」実家で号泣した日

AnnaPustynnikova via Getty Images

――本ではLGBTQの当事者が日常で直面する、些細な引っかかりも描かれています。妹と交際中の彼氏は「家族扱い」するのに、小野さんの同性パートナーである麻ちゃんのことは認めてくれない。ある日、そんな母の振る舞いに爆発した小野さんが、皆の前で突然泣き出す場面が印象に残っています。

私、折々で爆発しちゃうんですよ。そのたびにわーって赤面して死にそうになるほど落ち込むんですけど、あのケーキのエピソードもまさにそれでした。 

実家に遊びに行ったら母が、家族みんなの分とは別で、「妹の彼氏」の分のケーキも買っていたんです。一緒に暮らしている麻ちゃんと私のことは認めてくれないのに、妹とお付き合いしている彼氏のことは「家族の一員」として大事にしているんだな、と思ったら悲しくなって号泣してしまった。

私が男性と結婚したままだったら、きっと「夫」の分のケーキはあったんです。

でもパートナーの性別が変わっただけで、ケーキはなくなってしまった。

LGBTQカップルが困ることって、結婚の権利とか手術の同意書にサインできないとか、そういうわかりやすく大きな部分だけじゃない。

そういう日常の小さなことで、心がどんどんすり減っていくんです。

自分の物語は、小石ほどもない。でも一番大切な砂粒

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
小野春さん(左)と西川麻実さん

――2013年にはアメリカ国務省が主催する訪米プログラムの参加者に選ばれ、LGBTファミリーのひとりとして3週間にわたってアメリカ国内の企業やNPOを視察したそうですね。

アメリカ研修は人生観が変わるくらい、もう驚きの連続でした。

現地での視察中、いろんな人に「LGBTQ施策を進めていく上で大事なことは?」という質問をしたんです。そしたらさまざまな人が、異口同音で「一人ひとりが自分の物語を、いろんな人に話していくことが大事」と答えてくれて。

最初はそう聞いてもピンと来なかったんです。自分のことを他人に話すことも怖かった。「ズレてる」「わかりあえない」と思われちゃうだろうな、っていう気持ちが強くて。

でも日本に戻ってから、しばらくしてじわじわと言葉の意味が理解できてきました。 

ズレや違いが生じれば、「ああ、そういう見方もあるんだな」と思うじゃないですか? その人の中でそれまで固定化されていたものの考え方が、ちょっとずつ広がっていくかもしれないんです。

企業がLGBTQ向けのキャンペーンをバーンと打っていくことも大事ですが、そういう意味では個人の体験を伝えていくことにも、それに負けないくらいの大きな力があると気づきました。

自分の物語なんて、小石ほどの大きさもない、砂粒のひとつにしか過ぎませんよね。でもそれが一番大切な砂粒でもある。だからこそ、誰かに自分の物語を語ることには意味がある。

その発見が「にじいろかぞく」の組織化にも繋がりましたし、2019年から始まった「結婚の自由をすべての人に」訴訟への参加を決める後押しにもなりました。

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
訴訟の原告となった小野さんと西川さん。2人は法的な結婚ができないため、子どもの共同親権がない。

若い同性カップルの選択肢に「子育て」がある

――現在、小野さんが代表の団体「にじいろかぞく」に集まるLGBTにファミリーはどんな方々が多いのでしょう?

いろんなファミリーがいますね。レズビアンカップルもいれば、トランスジェンダーで子どもを迎えているカップルもいるし、うちみたいなステップファミリー、ひとり親の方もいます。

最初はもっと似たような立場の人たちの集まる場になるのかな、と思っていたのですが、蓋を開けてみたらいろんな家族のかたち、いろんな悩みの種類があって。だからこちらも教わることも多いです。

――日本でも「LGBTカップルで子育てをする」ことは、以前より“当たり前”に近づいてきているように感じますか。

そうですね。若いカップルさんが「いつかふたりで子どもを持ちたいと思っています」とさらっと発言されていたりすると、「(当時の)私にはなかった発想だな」と感じます。 

麻ちゃんと私が結婚式を挙げて今年でちょうど10年目。5人で暮らすようになってからは15年が経ちました。時代は確実に変わってきていると思います。

 

(取材・文:阿部花恵 写真:坪池順 編集:笹川かおり)


2020年、世界的に流行した新型コロナウイルスは、LGBTQコミュニティにも大きな影響を与えています。「東京レインボープライド」を始めとした各地のパレードはキャンセルや延期になり、仲間たちと会いに行っていた店も今や集まることができなくなりました。しかし、当事者やアライの発信は止まりません。場所はオンラインに移り、ライブ配信や新しい出会いが起きています。

「私たちはここにいる」――その声が消えることはありません。たとえ「いつもの場所」が無くなっても、SNSやビデオチャットでつながりあい、画面の向こうにいる相手に思いを馳せるはずです。私たちは、オンライン空間が虹色に染まるのを目にするでしょう。

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