私の壁見えてますか
2020年05月16日 09時23分 JST | 更新 2020年06月03日 15時27分 JST

思想するミレニアル世代の起業家・星賢人さんが見つめる“ネオLGBTQ”の可能性

「性のあり方はみんながそれぞれ違って当たり前なんだって感覚を、若い世代全体が持ち始めているこれからが、社会を変えていくチャンスの時代だ」

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
星賢人さん

「じつは僕、ひそかに若い世代を“ネオLGBTQ”と名付けたんです。彼/彼女らにとって、セクシュアリティはアイデンティティの一部でしかない」

「これからはネオLGBTQが社会を変えていくチャンスの時代だと思います」

ゲイである筆者は、そう語る星賢人という人物に興味を抱いていた。

1993年生まれのゲイ。世代分けをするならミレニアル世代になる。大学時代にLGBTQサークルの代表を務め、大学院時代にビジネスコンテストで優勝し、2016年に起業。LGBT向け就職支援サイト、JobRainbowを起ち上げた。孫正義育英財団の正財団生にも選ばれ「Forbes 30 under 30 in Asia」の社会起業家部門に日本からただ1人選出されている。

経歴を見ればいかにも分かりやすい社会起業家という印象を受ける。しかし、筆者が興味を持ったのはそのような優秀さではない。

2019年3月、国際女性デーに合わせてJobRainbowではトランス女性に理解を求めるweb広告「#ForAllWomen」を公開した。折からSNSなどではTERF(トランス排除的過激派フェミニスト)による、トランス女性を女性と認めないかのような差別的な発言が問題となっており、トランス女性支援を前面に打ち出した映像は話題を呼んだ。このような広告は日本ではまだまだ少ない。 

こうした星さんの姿勢に、筆者は2010年代に隆盛となったマーケット主導的なLGBTQムーブメントを超えていく可能性を感じる。

(1960年代初頭または半ばから1980年代に生まれた)ジェネレーションXのゲイである筆者が、ミレニアル世代のゲイにインタビューし、その世代間ギャップを埋めながら未来につながる次世代のLGBTムーブメントを展望してみたい。

 

LGBTQの問題を解決する方法としての「ビジネス」

ここ10年ほど、LGBTムーブメントは「ダイバーシティ(多様性)」と「マーケット」という2つをキーワードとして、経済的なメリットを前面に出して推進した。LGBTQの市場は大きく、優秀な人材もあり、それを生かさないのは企業やひいては社会にとっても損失だ、という論理だ。

誇張はあるかもしれないが、そのような側面はあり、この戦略が功を奏して確かにLGBTQの認知が向上したことは喜ばしいことである。ただし、経済効果という側面が強調されたことによって一方で、人権問題としてのLGBTQイシューという本質が見えにくくなった側面も否定できない。

JobRainbow
JobRainbowは2019年に日本最大級のLGBTフレンドリー企業合同採用イベントを開催。企業担当者や就活生など約800人が参加した

LGBTQ向けの就職支援に取り組む星さんは、どう捉えているのか。

「JobRainbowとしては人材市場の中で正攻法のビジネスを展開しているということは大前提としてあります。ただ、そのビジネスをなんのためにやっているかというと、すべての LGBTQが自分らしく働ける社会の創造を目標としています」

「そういう目標を掲げた発端は、自分自身がゲイとして中学時代にいじめられたから。セクシュアル・マイノリティの中には、親から勘当されたり、自死を試みたりする人も少なくありません。また就職活動で心が折れる人も身近に見てきました。そういった問題を解決する方法のひとつとしてのビジネスを考えています」

「会社としてやっていると、どうしても売上重視になって理念を忘れてしまいそうになる場面もありますがそこは事あるごとに会社のミッション・ビジョンを社内で共有するようにしています」

 

企業にできること、NPOにできること

そして事業をビジネスとして“回していく”ことの重要性を強調する。

「継続的に良いものを社会に還元して世の中を変えていくには、とてもお金がかかります。世の中を変えていくために、ビジネス的にも優れた人材を雇用するには、ある程度の年収を提示できないと。ただ『社会問題を解決しよう』というだけでは入社してくれません。継続的にやっていかなければ、ただのお遊びになってしまう。JobRainbowとしてしっかり収益を作っていかなければ」

Alessandro Di Ciommo/NurPhoto via Getty Images
グローバル企業のGoogleも東京レインボープライドにブースを出展した。写真は2018年。

そもそも、星さんが起業したきっかけの1つは、NPOでのボランティア体験だった。

そこで見たのは、手弁当で交通費も自腹というNPOの厳しい経済的な実態だった。これでは、他の仕事で収入を確保する必要があり、優秀な人材でもさまざまな事情で去っていかざるを得なくなることが多い。このような背景から、起業当時はNPOには否定的だった。

しかし、と星さんは言う。

「今では、企業にできることの限界も見えてきました。社会を変えていくというメッセージの裏で、ちゃんとお金が稼げる確信がないと企業は動けない。たとえば学校など教育現場の研修は単価がとても低いのが現状でなかなか企業は動けません。それから自治体の相談窓口など大きなマンパワーを必要とする事業も介入しにくい。自治体も非営利の方が関わりやすいということもあるでしょう。今ではNPOは必要なステークホルダーなのだと理解しています」

 

企業として立場を明確にする理由

JobRainbow
2019年の国際女性デーに公開したキャンペーン動画「#ForAllWomen」

2019年、話題となった国際女性デーに合わせて発表したトランス女性に理解を求めるweb広告についてはこう語る。

「会社としては初めて明確なメッセージを打ち出した動画でした。それまではなるべく客観的な事実に基づいて中立な立場を取ろうというスタンスだったんです。ただ、一昨年末くらいからTwitterでトランス排除的な言説が飛び交うのを見て、これに関しては我々の立場を明確にすべきではないかという意見がメンバーからも出たんです」

カリカチュアライズ(誇張して描くこと)されたトランス女性像が当事者性もなく語られている現状に、待ったを投げかける意味もあったという。

星さんたちが実際に出会ったトランス女性は、人一倍見た目に気をつけていて、自分がどう見られているかということについて日々、大きなストレスを感じている。

JobRainbow
キャンペーン動画「#ForAllWomen」より

「たとえば電車の中で周囲に違和感を与えて、そのことで怖い目に遭わないかとか。痴漢の被害を受けたことがあっても女性専用車両に乗ることを躊躇する人もいます。トイレに入るにも男女兼用になっているコンビニのトイレをわざわざ探したり……」

「そういう日常をきちんと動画としてリアリティを持って伝えないと変わらない、というのがメンバーで話し合った結論でした。そもそもトランス女性は、女性と同じような困難があって、それに加えてトランスジェンダーとしての困難さも抱えてしまう。そのことを理解すれば、問題はトランスジェンダー当事者の問題ではなく社会の方の問題だと分かるはずだと。そう考えて、あの動画のプロットを練りました」

 

社会的意義と広告効果は両立する

Jun Tsuboike / HuffPost Japan

もちろん起業家として、こうしたメッセージの持つ広告効果も考えている

「オーストラリアで同性婚をめぐる国民投票があったときに、コカ・コーラをはじめとする大企業が明確に『支持します』というメッセージを出しました。ナイキやアディダスなどもLGBTフレンドリーなキャンペーンをしていますし、(男性用カミソリブランドの)ジレットの#MeToo支持のCM動画もバズりました」

「社会的に意義があると同時に、大きな広告効果を出す、いわゆる社会派クリエイティブが今求められています。そういうことをしない企業は生き残れない時代が、日本にも確実に来ているんです。ですから私たちが他の企業のロールモデルにもなりたいという気持ちもあります。他の企業さんにも“JobRainbowみたいにメッセージを打ち出そう”と思ってもらいたい」

 

SNSでの“根拠のない発言”を放っておかない理由

「名誉マイノリティが、アンフェアな状況に満足している状態を主張することで、まるで世界には差別のないかのような印象を与えるレトリックがなぜか多用され、マジョリティのアイドルに祭り立てられる」

星さんは起業家でありながら、このようにTwitterで人権や差別に踏み込んだ発言をしている。事業の成長のみを是としない考えによるのだろうか。

「なにを言っていいか、悪いかは、じつはものすごく考えてるんですよ。発言への評価っていろいろな要素によって決められます。タイミングとか発信の仕方とか、どういう場所、環境で話すか、とか」

「ニーズに合ったサービスを提供するにはユーザーや社会のことを理解する必要があるので、世論の動きを知るためにも、どの範囲まで言ってもOKで、どこからNGかという範囲を見極めたい。ですから社会実験の1つとして、わりとギリギリのことを発信しています」

Twitterの匿名アカウントによる批判ともいえない無責任な放言に対して、根気よく反論を繰り返すこともある。忙しい起業家にとっては“時間のムダ“にも思えるものだ。

「根拠のない誹謗中傷も、放っておくとそれが事実かのように一人歩きしてしまうことがある。ひどい言葉を投げかけてきた人でも、根気よく対応しているうちに理解してもらえることもあります。もちろんそうでないことも多いですが、Twitterは試行錯誤のアウトプットの場所だと思ってます」



求められる“人の心を持つ企業”

Jun Tsuboike / HuffPost Japan
星さんは今年、LGBTの就職生や転職者らの体験談を集めた『自分らしく働く LGBTの就活・転職の不安が解消する本』を出版した

星さんは今年、LGBTの就職生や転職者らの体験談を集めた『自分らしく働く LGBTの就活・転職の不安が解消する本』を出版した。

社会の中でLGBTQイシューが大きく取り上げられるようになり、支援や制度化に取り組むことが企業のイメージアップにつながる時代になった。根本にあるのは、あくまで人の生き方の変化だと星さんは指摘する。

「働く人が会社に期待するものが金銭だけではなくなってきている。いま就職活動している学生は、物質やサービスにあふれた時代を生きていて、給料で満たされる幸福がどんどん最小化されていっている。給料を気にするより、その会社に入ってどんな体験ができるかを重視しています」

以前は、優秀な大学を出て上場企業に入ろうとするのが当たり前だった。後に、大企業を経験してから自分のやりたいことに気づいたり、社会への問題意識に目覚めてベンチャー企業に転職したりするパターンも定着した。

しかし、今では大企業に興味を示さず、新卒でベンチャーに就職するという人が珍しくない。企業のミッションに共感して働きたい人が増えている。

「そういう中で求められるのは、いわば“企業が人の心を持つ”ことだと思うんです。従業員が誇れる企業でなければ、いい人材に選んでもらえない。企業として淘汰されてしまう」

今後、JobRainbowは就職支援だけでなく総合的なプラットフォーム化を目指すという。

「現在、ユーザーはトータルで月間40万人ほど。その人たちに対して今は就職という課題解決しか提供できていません。生まれてから死ぬまでの間に教育の部分でLGBTQの9割近い学生たちが適切な教育を受けられず、7割の学生たちがいじめにあっている。無事、就職出来ても、自分のパートナーと家を探すのも難しい。

「重要なライフイベントにおいてセクシュアリティが足かせになっている現状が日本にはあります。全てのライフイベントについて課題解決が出来るプラットフォームを作りたいんです。LGBTQの揺りかごから墓場までをカバーするインフラとなるサービスを作っていきたいですね」

 

“ネオLGBTQ“の時代 

Jun Tsuboike / HuffPost Japan

社会の制度は追いついていないが、人の意識は少しずつだが変わってきている。星さんによると、また若いLGBTQ当事者の意識も変わってきているという。最近では中学、高校でカミングアウトする子もいる。これはほんの十年前なら考えられなかったことだ。

「僕は20代で若いと言われますが、自分より下の世代はさらに違った感覚だと思います。TikTokに男子高校生同士がキスをしている動画が上げられたりする。人と違っても、自分らしい姿でい続けることがカッコイイという価値観がそこにはある気がします」

コテコテの昭和のゲイである筆者は、20代の時には社会起業家としてLGBTQイシューの解決を目指そうなどとは思ってもみなかった。

「じつは僕、ひそかに若い世代を“ネオLGBTQ”と名付けたんです。彼/彼女らにとって、セクシュアリティはアイデンティティの一部でしかない。むしろ、自分たちのことをLGBTQという括りで見ていないかもしれないし、自身のセクシュアリティを固定化された言語に当てはめるようとすらしない人も増えている」

「ジェンダー/セクシュアリティというものが本来グラデーションであるからこそ、もはやLGBTQか否かではなく、性のあり方はみんながそれぞれ違って当たり前なんだって感覚を、若い世代全体が持ち始めているようにも感じます。これからはネオLGBTQが社会を変えていくチャンスの時代だと思います」

そういって、星さんは笑った。

今、ミレニアル世代である星さんとも違う新たな意識を持ったZ世代のLGBTQがすでに誕生しているのだ。そこに少しずつだが社会が良い方向に変わっていく可能性を見出したい。

(取材・文:宇田川しい 写真:坪池順 編集:笹川かおり)

2020年、世界的に流行した新型コロナウイルスは、LGBTQコミュニティにも大きな影響を与えています。「東京レインボープライド」を始めとした各地のパレードはキャンセルや延期になり、仲間たちと会いに行っていた店も今や集まることができなくなりました。しかし、当事者やアライの発信は止まりません。場所はオンラインに移り、ライブ配信や新しい出会いが起きています。

「私たちはここにいる」――その声が消えることはありません。たとえ「いつもの場所」が無くなっても、SNSやビデオチャットでつながりあい、画面の向こうにいる相手に思いを馳せるはずです。私たちは、オンライン空間が虹色に染まるのを目にするでしょう。

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