「収入が2ヶ月で2万円。娘2人とどう生きれば…」。あるシングルマザーに、私たちがパソコンとWi-Fiを届けた理由

コロナ禍以前から、子どもの7人に1人が相対的貧困だった日本。もともと生活に苦労していた家庭はさらに窮地にたたされ、子育て中の母親とその子どもはまさに今、苦境にさらされている。
カタリバ

「4月、5月の収入はあわせて月2万でした」━━。

東京都内に住み、シングルマザーとして小学生の娘2人を育てている、ある女性の言葉です。

こども食堂からの知らせでパソコンとWi-Fiを貸し出すプログラムがあることを知り、娘たちのためにと応募しました。8月から親子で、私が代表を務めるNPO「カタリバ」のオンラインプログラムに参加しています。

「今は仕事が少しずつ戻ってきているものの、都内では感染者が増えているため今後どうなっていくか不安です」「娘には発達障害があり、コロナでストレスが増えている中での学校生活も不安です」そんな風に、彼女は話しています。

子育て中の保護者はどのぐらい苦しんでいるのか

こうした収入不安や生活不安は、珍しい声ではありません。3月の全国一斉休校の知らせを聞き、コロナ禍における子どもたちの支援に向けてカタリバが動き始めてから、もうすぐ半年間。こうした保護者と、この半年で何人も出会ってきました。

総務省の労働力調査によると、4月次点の597万人からは減ったものの、6月時点でまだ236万人もの休業者がいます。また今年2月と6月の労働力調査を比較すると、失業者数は約36万人増加。男女別・年代別に見てみると、最も失業者が増えたのは35~44歳の女性で、36万人のうち約7万人を占めています。

ちょうど子育て中の母親世代にあたる人たち、そしてその子どもたちが苦境にさらされているーー。

データからも、現場からも、そう感じています。

コロナ前から始まっていた「子供7人のうち1人」貧困時代

コロナ禍よりも前から、日本では、子どもの7人に1人が相対的貧困と言われていました(※相対的貧困とは、その国や地域の水準の中で比較して、大多数よりも貧しい状態のことを指します)。もともと生活に苦労していた家庭は、 今回さらに窮地にたたされています。

貧困は、子ども達の生活や気持ちにも影響します。浜銀総合研究所の「生活保護世帯の保護者・子どもの生活状況等の実態や支援のあり方等に関する調査研究」によると、生活保護世帯の約4割の子ども達が、“自分は価値のある人間だと思わない”“将来の目標がはっきりしない”と思っているそうです。

貧困が、子ども達にとって大切な自己肯定感や、何かにチャレンジしようという気持ちを失わせてしまう。コロナ禍によって、そうした子どもたちが増えてしまうとしたら、これほど悲しいことはありません。

貧困に悩む子供1人1台にパソコンとWi-Fi。そこから生まれる変化とは

この事態をうけ、カタリバでは3月にキッカケプログラム『奨学パソコン』として、パソコン&Wi-Fiの無償貸与とオンラインでの伴走型支援を行うことを決めました。

生活保護、児童扶養手当、就学援助などの受給証明を出していただき、選考の上、子どもに1人1台のパソコンとwifiを貸与します。最初は100台の機器を届けることを目標に、私たちは動き始めました。

しかし、プロジェクトを立ち上げていく中で問題はたくさん。まず、安心して教育利用できるパソコンが、コロナ禍で生産も追いつかず手に入りません。また緊急事態宣言なども発動される中、家にずっとおられるだろう困窮している方々にどうプログラムの情報を届けるかに、最初は頭を悩ませました。

カタリバ

「ネットで届ければいい」が通用しない現実

「外に出られないなら、インターネットで情報を届ければいいのでは?」と考えるかもしれません。しかし、そもそも届けたい相手は、パソコンを持っていないことも多かったのです。

テレビ・新聞などのメディアで情報を出してもらったり、プロボノさんたちに協力してもらいながら「Twitterパトロール作戦」を行って悩んでそうな方がいたら声をかけたり、地域NPOや行政にチラシを送ったり、できることをやりました。

最初は苦戦したものの、全国に情報が届き始めると、「うちの子にもぜひ使わせてほしい」とプログラムへの応募は殺到。DELLさんのご協力を受けてどうにか集めた100台のパソコンは、あっという間に全国各地の子どもたちへと飛び立っていきました。

ニーズの増加に応えて追加のパソコンを手配し、現在では全国の困窮している家庭へ貸与しているパソコンは400台を突破しました。

貸与するパソコンには、安全に使用するための管理コンソールを入れた上で発送する
貸与するパソコンには、安全に使用するための管理コンソールを入れた上で発送する
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「パソコンに触ったことがない」「電源を入れたことがない」という保護者も

実際に機器を貸与する中でハッキリしたのは、モノを届けるだけでは「使えない」現実があるということです。パソコンには触ったことがない、電源を入れたことがないという保護者も多く、最初は「どう使ったらいいの」「壊してしまったかも」という相談の電話が相次ぎました。

ただハードウェアを渡すだけではなく、ハードウェアやインターネットを「どう使うか」という点に伴走することが必要だと改めて実感しました。インターネットと安全に付き合うための研修を実施し、保護者の困りごとを聞いていくペアレンティングメンターの仕組みも設けるなど、ソフト面での支援の充実させていきました。

また定期的に子どもとのオンライン面談を実施し、ひとりひとりに合った学習計画をもとにした支援を行っています。

パソコンを「ただ渡すだけ」の支援には限界がある

ちなみに冒頭でご紹介したシングルマザーの女性は、「子どもの学校でオンライン授業や保護者会があるたびに、実家やインターネット環境のある場所にわざわざ出かけてはケータイでアクセスしたり、毎日とても忙しくて子どもと向き合う時間も持てなかった。パソコンを借りられて、家でインターネットにつなげるのは本当に助かる」と話しています。娘さんはほぼ毎日パソコンを使い、パソコンの使い方の研修やカタリバオンラインのプログラムに参加し、使い方にも少しずつ慣れてきています。

現在でも、まだ困窮した家庭からの応募は増えています。費用の一部を集める「あの子にまなびをつなぐ」プロジェクトのクラウドファンディングでは、初期目標の1500万円を達成したものの、ニーズの増加に応えてネクストゴール3000万円にチャレンジしています。最終的には500台を全国の子どもたちに届けたいと考えています。

文科省の政策では、2023年までに全国の児童・生徒がパソコンやタブレット型端末を「1人1台」を実現するという内容が盛り込まれており、コロナ禍によってその計画は前倒しで進められています。

カタリバのプロジェクトでは、「ただ機器を渡すだけではなく、こうすれば教育にもっと活かせるのではないか?」という具体的な方法を見出して、教育現場や支援現場にも伝えていけたらと思っています。そのために、研究者と連携しての調査も進めています。

■「あの子にまなびをつなぐ」プロジェクト設立発起人

研究者として、国際大グローバル・コミュニケーション・センターの豊福晋平さん、慶應義塾大学の中室牧子さんにもプロジェクトに加わっていただき、エビデンスベースの調査を始めています。鳥取県情報モラルエデュケーターの今度珠美さんには、ネット依存にならないための研修をお願いしました。

学びのプログラムは、神野元基さんとAIドリル「キュビナ」、水野雄介さんとプログラミング教育「テクノロジア魔法学校」、山田貴子さんとオンライン英会話「WAKU-WORK ENGLISH」、高橋歩さんとWorld Friendshipで連携します。

プロジェクト推進上の総合的アドバイスは、山崎大祐さん、中原淳さん、酒井穣さん、小泉文明さん、竹下隆一郎さんにお願いし、村上財団の村上絢さんにはマッチング寄付で協力いただいています。

■「あの子にまなびをつなぐ」プロジェクトドリームサポーター

ドリームサポーターには、子どもたちに対するオンラインプログラムなどを実施したり、クラウドファンディングの返礼品のデザイン等を、ボランティアでサポートいただいています。

為末大 さん(元陸上選手)・一青窈さん(歌手)・丸山敬太さん(ファッションデザイナー)・MEGUMIさん(女優)・山口絵理子さん(マザーハウスデザイナー)・ 安宅和人さん(慶應義塾大学教授・シンニホン著者)など。

コロナを教育の転換点にすることは、生まれ育ちや学校環境がラッキーな人たちだけに許された権利ではない。そのためには、大人が協力していかなければ。そんな思いに共感してくれた方が、クラウドファンディングでも1200人以上集まっています。

今回クラウドファンディングに協力してくださった方の中には、「日本にもこどもの貧困があったんだ」と声をくださった方もいました。保護者や子どもたちの声をちゃんと聞くこと、そしてまだ知らない人に届けること。プログラム参加者のアンケートから見えてきた、生活困窮家庭の傾向などについても、またお伝えしていければと思います。

取り組むことは多いですが、仲間のみなさんと手をとりながら進んでいけたらと思います。

クラウドファンディングについては、こちらのサイトで詳しく説明しています。今も苦しんでいる親子がたくさんいます。お時間があるときに読んでいただけると嬉しいです。

コロナで困窮する子どもを、誰ひとり取り残さない。寄附で支援

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