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2020年11月15日 07時09分 JST | 更新 2020年11月24日 12時29分 JST

「精子という“モノ”から生まれた」感覚に苦しみ...ドナー提供で出生した女性が『出自を知る権利』を求める理由

第三者を介する生殖補助医療で生まれた子の親子関係を定める民法特例法案。臨時国会で提出される見通しだが、子が精子や卵子の提供者を知る権利は「棚上げ」されたままだ

deng qiufeng via Getty Images
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「子どもの出自を知る権利は、後回しなのか」ーー。

夫婦以外の第三者から精子や卵子の提供を受けて、人工授精や体外受精などによって子を授かる。こうした「第三者を介する生殖補助医療」で生まれた子の親子関係を定める民法特例法案をめぐり、精子提供によって生まれた人などから不安の声が上がっている。特例法案は、与野党が16日にも参院に共同提出し、今国会で成立する見通しだ。何が問題になっているのか?

 

パズルのピース、空白のまま

 「母親と、“モノ”である精子によって自分が生まれている感じがすごく嫌で。そこにちゃんと人がいた、と感じたい。だから私は一度でいいからドナーに会いたい」

東京都の石塚幸子さんが、父親と血がつながっていないと知ったのは23歳のころ。石塚さんの母親が、遺伝性疾患のある父からの遺伝を心配して悩んでいた石塚さんに対し、大学病院で他人から精子の提供を受けて石塚さんを産んだこと、提供者(ドナー)は誰か分からないことを告げた。

成人するまで親から真実を隠され続けたことに加え、ドナーを特定できないことで、石塚さんはさらに苦しんだ。

「今まで信じてきたことやアイデンティティーが崩れた時、それをもう一度立て直すには、自分を形づくるパズルのピースを埋めていくことが必要。ドナーの情報がわからなければ、パズルは空白のままで再構築できないのです」

 

どんな法案?

現行の民法は、ドナーを介する生殖補助医療によって生まれた子の親子関係について規定がない。そのため、子の法的地位が不安定で、訴訟トラブルに発展するなどの問題が指摘されていた

今回の法案は、夫婦以外の第三者を介する生殖補助医療の提供に関して、基本理念や国の責務などを定める。ドナーから提供を受けたことで生まれた子の親子関係については、次のように規定している。

・女性が、自分以外の女性から卵子の提供を受け、子どもを妊娠・出産した場合は、出産した女性を子どもの「母」とする

・妻が夫の同意を得て、夫以外の精子の提供を受けて出産した場合、夫はその子が嫡出であることを否認できない

一方で、法案はドナーに関する情報の保管や、ドナー情報の子どもへの開示手続きについては定めず、「おおむね2年をめどに検討」との記載にとどまる。第三者を介する生殖補助医療を受けられる人やドナーになることができる人の要件、ドナーと生まれた子の法的関係などについても規定がない。

この附則に対し、石塚さんは「順番がおかしいのでは」と首を傾げる。

「ドナーを介した生殖補助医療に法的なお墨付きを与えるのであれば、出自を知る権利を保障する制度の運用や、ドナーの要件などについての議論も同時に進めるべきです。2年の間にも、技術を使って生まれる子どもたちがいる。(出自を知る権利を)『認めるか否か』の検討から始めていては遅いのです

撮影:國崎万智
「生まれた子どもに、ドナー情報を知る選択肢を」と訴える石塚幸子さん

出自の情報は「生きる土台」

「出自を知る権利」をめぐっては、厚生労働省の審議会の部会が2003年にまとめた報告書で、「子は15歳に達すると、ドナーを特定できる情報の開示を請求できる」「開示の際は公的機関が子の相談に応じ、カウンセリングの機会が保障されていると伝える」ことなどを明記。子の権利を最大限守ろうとする内容だったが、その後法制化には至らなかった。

専門家は今回の法案をどう見ているのか。

帝塚山大学非常勤講師(児童福祉)の才村眞理さんは、社会福祉士の立場から、ドナーを介する生殖補助医療で生まれた人たちのサポートに取り組んでいる。

才村さんは、「おおむね2年をめどに検討」としている点について、「長い間棚上げされてきた子の権利がやっと議論されるチャンスになるかもしれないが、横に置かれたまま日の目を見ないことになるのでは」と懸念する。

「ドナー提供で生まれた子は、そうした誕生の意思決定に参加していません。だからこそ、子どもの幸福を第一に考え、ルーツを知りたいと願った時に子がドナーの情報にアクセスできるような仕組みを整えることが必要です。自分がどのように生まれたかを知ることは、自分という存在を確認し、生きる上で土台になるもの。出自をたどれないことで、アイデンティティーの喪失に苦しむ人たちが既に社会にいるのです」

 

法で保障する国も

遺伝上の親が不明なことで起こり得る問題は、アイデンティティーの崩壊や喪失だけではない。血のつながるドナーの病歴や遺伝性疾患が不明だったり、血縁関係にある人との近親婚のリスクにさらされたりする恐れもある。

海外では、子の福祉を重視し、「出自を知る権利」を制度として擁護する動きが始まっている。

オーストラリア・ビクトリア州、イギリス、ニュージーランドなどは、子どもが一定の年齢に達したらドナーの情報開示を求めることができるなど、子の権利を法的に保障している。日本が批准する子どもの権利条約も、「子どもはできる限り父母を知る権利を有する」と謳う

 

日弁連も声明「早急に法整備を」

法案は、妊娠・出産など生殖に関して本人に意思決定権があるとする「リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」(性と生殖の健康・権利)についても言及していない。一部の野党議員からは、こうした点をめぐって「聞き取り調査や討議が不十分で、慎重に審議するべきだ」といった意見が上がっている。

日弁連も会長声明の中で、法案に対し「基本理念や基本的な制度基盤の整備について不十分」と指摘。生まれた子への意見聴取のほか、生殖補助医療の技術に関する法整備の検討を早急に進めることを求めている。