北京オリンピックの外交ボイコット。求められるのは「三方一両損」の戦略

まもなく開幕する北京オリンピック。日本は米国に続き、閣僚や政府高官ら政府関係者を派遣しないことを決めた。このようにそれぞれが抱える事情によって最善策を選択できないとき、求められるものとは━━。
北京オリンピックタワー
北京オリンピックタワー
WANG ZHAO via AFP

2021年12月、日本は米国に続き、人権侵害を理由に北京オリンピックの外交ボイコットを実施すると発表した(編注:政府は「外交ボイコット」とは明言せず、閣僚級を派遣しないという対応をとっている)。

岸田政権は人権問題担当の首相補佐官ポストを設け「人権重視」の外交を掲げている。この決定によって米国や欧州に足並みを揃えて人権重視の姿勢を見せたが、一方で最大の貿易相手国である中国との関係の悪化は避け難いかもしれない。

しかし、私はその中国に人権重視の姿勢を明確に打ち出した日本政府に賛成する。「どっちつかず」の態度では他者からの信用は勝ち取れないからだ。

「人権意識」に色濃く反映される国家の姿勢

基本的人権の尊重はアメリカ、日本、そして中国の憲法においても謳われている。しかし、その解釈や実際は異なる。また、差別によって人々の人権が損なわれることは多い。

ことの発端は、アメリカが中国の重大な人権侵害に対して外交ボイコットを表明したことである。アメリカ国務省による各国の人権報告書(2020)が主張している内容によれば、中国について表現の自由など日常における人権侵害からジェノサイドや拷問等、具体的な事件とともに現状が伝えられている。これは2019年の報告もほぼ同様である。人権を尊重する姿勢を日常生活で実感できるアメリカ人の私には信じがたい報告である。

アメリカの日常はこうだ。日本で言う大学共通テストに値するSATでは、多種多様な人種や生活水準へ十分に配慮した出題がなされている。2005年には出題の不平等性が取り沙汰された。「ランナーとマラソン」と同様の関係を選択する問題において、正しい答えは「漕ぎ手とレガッタ」があった。この問題における正答率は白人が約50%、黒人が約20%となり、出題の不平等性が問われた。

また、大学では「Illegal immigration(不法移民)」という表現を「undocumented immigrant(滞在許可証を持たない移民)」と言い換えようとする動きがあったり、カリフォルニア州バークレーでは条例によって「マンパワー」といった性差を感じる既存の表現を中立的にしたりする改革に乗り出した。

さらに、人種差別問題の観点からIBM等が顔認証システム開発から撤退することを表明する等、多様性を重んじた改革は日々進んでいる。

そして、前述のアメリカ国務省の報告書では日本について、特筆すべき人権侵害はないが、インターネット上における人権侵害が3.9%増加したという法務省の報告が掲載されていた。

人権重視で支持率アップ?

バイデン大統領
バイデン大統領
BRENDAN SMIALOWSKI via AFP

基本的人権は尊重すべきと分かっていながら大人の事情を優先することがある。

例えば、いずれも憶測の域を超えないが、オリンピック次期開催国であるフランスは外交ボイコットをしないと現時点では表明している。

そして、バイデン大統領は、今回の外交ボイコットを利用しようとしたかもしれない。なぜなら、トランプ前大統領は中国新疆ウイグル自治区で少数民族ウイグル族らを弾圧する中国当局者に制裁を科す「ウイグル人権法案」に署名。人権侵害に真っ向から立ち向かったが、一方で新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と表現するなど混乱した対応で、「人権重視のアメリカ」の評判を下げまくったからだ。

バイデン大統領の支持率はトランプ大統領に次いで低い。人権重視の姿勢を打ち出せば、支持率も上向きにできると考えたのではないか。

三方一両損の姿勢

このようにプライオリティが一目瞭然であっても、それぞれが抱える事情によって最善策を選択できないことはビジネスシーンではよくあることだろう。

こうした時、多くのビジネスパーソンは「三方良し」で収めようとするかもしれない。しかし、私はこの考え方に真っ向から反対である。なぜなら私は「三方一両損」こそが最高の戦略だと信じているからだ

ご存じのとおり、「三方一両損」は江戸時代に多くの人々に親しまれた講談からつくられた言葉である。

左官である金太郎が三両を拾い、落とし主の大工である吉五郎に届けるが、吉五郎はいったん落とした以上、自分のものではないと受け取らない。そこで、裁定に当たった大岡越前が一両を足して四両にしたうえで、二両ずつをふたりに渡した。金太郎も吉五郎も、本来は三両もらえるはずなのに、一両損することになる。そして、本来、関係のない大岡越前も一両損をする。「三人ともに一両損をするのだから、それで手を打たないか」というわけだ。

日本が今回の事態を受け、今後の米中日関係において大岡越前役を担えたら日本の「お株」は上がるかもしれない。

(文:ライアン・ゴールドスティン)

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