池袋暴走事故の遺族の日常「何も考えないのは難しい」。活動との狭間で揺れる【インタビュー】

日々の生活で「すぐ活動のこと、事故のことに絡めて考えている」。事故防止活動や誹謗中傷への対処、SNSの使い方など、いまの松永さんの「日常」を追った。

4月9日の土曜日。

池袋暴走事故の遺族・松永拓也さんは、近所の公園のベンチに腰掛けていた。

昨年末に約1年に及んだ刑事裁判が確定した後も、ここ最近まで、事故防止活動やメディア対応で忙しない日々だった。

久々にとれた休息らしい休息。

そのはずが、目に入る情景を、事故のことや活動に結びつけて考えてしまう自分がいるという。

「ぼぉーっと、何も考えないというのが本当いいんでしょうけど、なかなか難しいなと」

先月はSNS中傷にも遭い、警察に被害届を出した。「同じことを起こさないために」という思いは、交通事故の防止活動と重なる。

活動や誹謗中傷への対処、SNSの使い方など、いまの松永さんの「日常」を追った。

取材に応じる松永さん
取材に応じる松永さん
Rio Hamada

「虚しさ」の先に、気づいたこと

刑事裁判が終わってから、松永さんは、手を付けられなかった遺品の整理を始めた。裁判の準備作業から解放され、妻の真菜さんと娘の莉子さんの命と向き合う時間が増えた。

2人との死別に対する心の浮き沈みは、事故からどれだけ時間が経っても、変わらずにやってくる。

「2人の命に向き合う時間が増えて、精神的に落ちた時、苦しい時間は増えたとかいうか、変わらない。やっぱり(刑事裁判が)終わったら、もっと虚しくなるだろうなということは分かっていたんですが」

2人の命や時間が戻らない以上、「刑事裁判は何だったのか」と考えてしまう。そんな「虚しさ」の先にも、改めて気づいたことがあるという。

「虚しいのだけれど、虚しいからこそ、(事故をなくす)活動をしなければいけない。他の人のいま、未来、日常は(事故が)起きてないから(良い方向に)変えられる。そういう日常が守られるような活動をしたいという思いは強まっています」

関東交通犯罪遺族の会「あいの会」のメンバーとして、国への働きかけや、自動車メーカー側との交通に関する交渉も進めている。

飯塚幸三受刑者と損保会社を相手取った民事裁判も続いている。損保会社側の主張によって、遺族が傷付けられるという「二次被害」の現状を目の当たりにし、改善の働きかけも考えている。

SNS中傷「真菜と莉子も侮辱した」

松永さんは、誹謗中傷の被害者になってしまう。

3月初旬、自身のツイートにリプライ投稿が届いた。飯塚受刑者に対する裁判などの活動を念頭に「金や反響目当て」などと書き込まれていた。真菜さんや莉子さんについて屈辱的な内容も書かれていた。

松永さんが問題視すると、投稿者から謝罪の申し入れがあった。名前と連絡先を尋ねると返事がなくなり、その後の態度からも、反省が感じられなかったと松永さんは振り返る。

警視庁に被害届を出すと、侮辱事件として投稿者が聴取され、現在捜査が進んでいるという。

松永さんはこれまでも、池袋暴走事故の遺族としての発信や活動のなかで、心ない言葉や誹謗中傷を受けることもあった。

これまでは見ないふりをしてきたが、今回は「さすがに度を超えている」と行動に移した。

「直接、リプライで送ってきたので見てしまう。僕だけじゃなくて真菜と莉子のことも侮辱した。もう見ないようにと済ませることはできない」

投稿者の処罰が目的ではないという。いち個人の被害として矮小化せず、「次に起こさないという議論につながるための一石を投じたかった」と強調する。

松永さんが取り組む、あらゆる活動の根底に共通する思いだ。

「自分が体験した悲しみや苦しみつらさを、他の人に味わってほしくない。そうすることが2人の命を無駄にしてないと思えるんです」

「他者への言葉や誹謗中傷は、自分を写す鏡でもあります。今回誹謗中傷した人が自分自身を振り返るきっかけや、抑止力になるでしょう」

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SNS発信の危うさ「正直こわい」

松永さんのTwitterは、11万3000人のフォロワーがいる。

「池袋暴走事故遺族 松永拓也」として2020年1月、交通事故の抑止活動の一環でアカウントをつくった。すでに始めていたブログやFacebookと並行して、活動報告や思い、自身のインタビュー記事などを発信し続けてきた。

元々、ブログもSNSもやっていなかった。「苦手」というSNSで発信を重ねるうちに、活動への支持が広がっていくのを実感した。

たくさんの人に知られるようになった分、誹謗中傷も経験したが「SNSは基本的には素晴らしいもの」と前向きに捉えている。

「温かいコメントが本当に多くて。思いが繋がっていくのが、やっぱりSNSのいいところなんだろうなって」

同時に、SNS発信の危うさも感じている。 使い方ひとつで「誹謗中傷を受けたり、誤って伝わってしまったりすることもある」という。

ツイートや発信は、共感やポジティヴな輪を生む反面、怒りを誘発する起爆剤にもなり得る。松永さんを憐れむ気持ちが、加害者やその家族らに対する過激なバッシングという歪んだ形で表れてしまうこともある。

飯塚受刑者は、結果として世間からの批判の嵐やバッシングの的となり、「過度の社会的制裁が加えられている」として東京地裁の判決にも影響を与えた。松永さんに対する侮辱容疑で捜査されているとみられる人物も、SNS上で特定され、非難の中には罵詈雑言も見受けられる。

こうした「負の連鎖」に対して、松永さんはやりきれない思いを抱えている。

「正直、それを見るとつらい。それ(中傷)一辺倒になってしまうと何の解決にもならない。結果的に加害者が増えるばっかりで、社会は良くならない。それは望んでいません」

「社会秩序を保つため意見は大事です。表現や言論の自由も守られるべき。ただそのために、人の悪口や相手を卑下するようなことを言う必要は一切ない。意見と誹謗中傷は違うというのを、発信する側も受ける側もちゃんと知ることが大事だと思います」

メディアに繰り返し取り上げられ、SNSのフォロワー数も増えたことで、よりたくさんの人に届ける「影響力」を持つ立場にもなった。

発信することは「正直怖い」と、松永さんは明かす。

「発信する前に、何を言われるんだろうと考えてしまいます。ただ、自分の発信を受け手がどう感じるのか。共感してもらえたらもちろん嬉しいですが、僕に対しての怒りや、加害者に対して怒りを持ってしまうことは、僕にコントロールできないこと」

「人の思いはコントロールできないので、各自の方々に委ねる。僕は、事故をなくしていきたい、自分や真菜と莉子と同じような思いをする人をなくしたという、偽りのない想いを発信することしかできない。そう覚悟を決めて送信ボタンを押しています。

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だからこそ、活動や発信を続ける

松永さんは、日常や日々の生活で「すぐ活動のこと、事故のことに絡めて考えている」と思い返す。

このインタビュー取材の前日は休みで、ゆっくりと散歩ができたが、現場に足が向かい慰霊碑を眺めていたという。献花や手を合わせて追悼してくれる人たちに「感謝の気持ちを思い出す時間だった」と振り返る。

その帰り道、ベンチで1時間ほど腰掛けていた。子供たちが遊んでいる姿を見て「事故に結びつけてしまう。楽しそうに遊ぶ姿がずっと続けばいいな」と思いを新たにしたという。

松永さんにとって、考え続けることや活動することは「むしろ、モチベーションや生きる力になってる」と明かす。

現場近くの道を通った時、莉子さんの姿が思い出され、落ち込み、涙が出ることもある。3月末に投稿した写真は、その道を歩く莉子さんの後ろ姿が写っている。

「落ちると同時に、やっぱり、だからこんな思いは誰にもしてほしくないという思考になるんです。つらいと思うこともありますけど、だから活動する意味があるんじゃないかって」

だからこそ、松永さんはこれからも活動や発信を続けていく。

取材に応じる松永さん
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Rio Hamada