精子提供者は誰?子どもとつなぐ団体が始動。「自分は何者なのか」近親婚への不安も

精子や卵子の提供で生まれた人が、血縁上のつながりのある提供者が誰かを知ることができるように。子どもの「出自を知る権利」を守るための取り組みが始まった。
日本では、第三者が介入する生殖補助医療で生まれた子どもの「出自を知る権利」は保障されていない
日本では、第三者が介入する生殖補助医療で生まれた子どもの「出自を知る権利」は保障されていない
bfk92 via Getty Images

「精子というモノと母親から生まれたという感覚がとても嫌だと感じています。モノではなく、きちんと実在する人がいたから今自分がいると実感したい」

第三者から精子提供を受ける「非配偶者間人工授精(AID)」で生まれた石塚幸子さんは、国会で開かれた集会でそう訴えた。2022年5月のことだ

国内の医療機関でAIDは70年以上前から実施され、これまでに1万人以上が生まれたといわれる。ほとんどのケースで、「ドナーは匿名」という条件で進められてきた。そのため親から告知されたり、DNA検査を受けたりして出生の真実を知った人たちの中から、出自の情報を求める声が上がっていた。

自分は何者なのかーー。血縁上のつながりがあるドナーの情報を得られないため、生まれた子どもの中にはアイデンティティーの喪失に直面する人もいる。

日本も批准する子どもの権利条約は「児童は、できる限り、その父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」と定めている。

海外では、子どもの「出自を知る権利」を法律で保障する国が増えている。日本では約20年前から制度化に向けて議論されてきたが、いまだに法的保障はされていない。

石塚さんが国会内の集会で声を上げた1年後の2023年4月、こうした現状に一石を投じる動きがあった。

精子や卵子の提供で生まれた子どもと提供者をつなぐことを目的とした一般社団法人「ドナーリンク・ジャパン」が、日本で初めて設立された。石塚さんが事務局を務め、研究者や医師、臨床心理士、弁護士などがメンバーに加わる。

記者会見でドナーリンクの活動を説明する石塚幸子さん(左)=2023年4月
記者会見でドナーリンクの活動を説明する石塚幸子さん(左)=2023年4月
Machi Kunizaki / HuffPost Japan

DNA検査でマッチング、専門職のサポートも

生まれた人と提供者を、どう結びつけるのか?

4月に記者会見を開いた同法人によると、精子や卵子の提供で生まれた人と提供者が、血液型や身体的特徴、提供先の医療機関などの情報を登録する。さらに、同法人と提携する企業がDNA検査を行い、遺伝的なつながりが近いとみられる人を特定し、双方の希望に応じて交流を仲介するという。

マッチングの際には、社会福祉士や臨床発達心理士らが双方とそれぞれ面談し、心理面でのサポートをする。

対象となるのは、国内の医療機関で実施されたAIDで生まれた人と提供者だ。今後は、近年広がっているSNSを通じた個人間での精子提供や、海外の医療機関で生まれた当事者などにも対象を広げることを検討しているという。

◇ ◇

石塚さんが精子提供で生まれたことを知ったのは、23歳の時だった。遺伝性疾患のある父親からの遺伝を心配する石塚さんに対し、母親は大学病院で第三者から精子の提供を受けて石塚さんを産んだこと、提供者が誰か分からないことを告げたという。

「自分は何者なのか、という不安がいつまでも解消できない」(石塚さん)

告知の時期や方法、その後の不適切な対応で、生まれた子どもが自分の存在を肯定できなくなったり、親子関係が悪化したりすることもある。

さらに、提供者の情報にアクセスできないことで、AIDで生まれた人はアイデンティティーの喪失だけでなく、同じ提供者から生まれた人同士の近親婚のリスクにさらされる。当事者の中には、体質的にかかりやすい疾病や遺伝病が分からないという不安を抱える人もいる。

出自を知るのは「基本的な人権」

「精子提供で生まれた人ではなく、提供したことのある人たち同士がつながる場にもしたい」と話す仙波由加里さん=2023年4月
「精子提供で生まれた人ではなく、提供したことのある人たち同士がつながる場にもしたい」と話す仙波由加里さん=2023年4月
Machi Kunizaki / HuffPost Japan

「出自を知る権利」を巡っては、超党派の議員連盟が2022年3月、ドナー情報の保管や開示などを定める法案の叩き台をまとめた。ドナーの個人情報の管理を担う公的機関の設置や、情報の保存期間を100年とすることなどを盛り込んだが、ドナーの承諾が開示の条件とされた。

ドナーリンク・ジャパンのメンバーで、1990年代から約30年にわたりAIDで生まれた人たちへの聞き取りをしてきた明治学院大教授の柘植あづみさんは、「(AIDで)生まれた人からドナーについて知りたいと要望があったとき、ドナーが『嫌だ』と言ったら子どもには何も知らされない。そういう叩き台が出ていること自体に危機感を持っている」と強調する。

「日本社会がAIDの技術を続けていくのだとしたら、どんな法律や仕組みが必要なのか。より良い制度が必要という立場で関わっていきたい」(柘植さん)

叩き台の通りに法律が成立したとしても、適用されるのはこれから生まれてくる子どもたちだ。石塚さんは「法律ができても私のようにすでに生まれている人は対象にならない。そうした人たちのための救済措置を作りたかった」と、団体設立への思いを明かす。

「出自を知る権利」の制度化が日本で遅々として進まない中、匿名の精子や卵子提供によって子どもたちが生まれ続けている現状がある。

団体の代表理事で、お茶の水女子大研究協力員の仙波由加里さんは「出自を知ることは、人としての基本的な人権。それを求めるのは当たり前のこと」だと強調する。

団体では、生まれた人と提供者だけでなく、同じ提供者から生まれた人同士や、提供したことのある人同士をそれぞれつなぐ役割も担うとしている。

ドナーリンクへの登録を希望する人らを対象としたオンライン説明会は、5月8日に開かれる

<取材・執筆=國崎万智(@machiruda0702)/ハフポスト日本版>

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