命の行方を決める「難民審査参与員」制度に潜む“ブラックボックス”。4つのポイントで解説します

「あなたは難民として元気過ぎる」「女性で美人だったから?」━━。問われる難民審査参与員としての資質。入管法改正案が成立したいま、誤った判断はもはや許されない。
難民認定証明書を手にするウガンダ国籍の女性=2023年4月、大阪市内
難民認定証明書を手にするウガンダ国籍の女性=2023年4月、大阪市内
時事通信社

人権上の問題が国内外から指摘された入管法改正案が6月、強引な国会運営の末、成立した。

一連の審議でクローズアップされたのが、「難民審査参与員」という制度だ。本来は、出入国在留管理庁(入管庁)が難民不認定とした判断を、第三者の立場からチェックする役割を担う。

だが、参与員はその重責を果たせているのか。制度はしっかり機能しているのか。

取材を進めると、制度に潜む根本的な問題点が浮かび上がってきた。

「難民審査参与員」制度とは何か。参与員に必要な資質は。制度が抱える課題は。改正入管法の成立が制度に与える影響は━━。

4つのポイントにまとめ、解説する。

①「難民審査参与員」制度とは?「総領事館駆け込み」事件がきっかけに

「レズビアン(であること)を理由に警察に拘束され、暴行を受けた。国には帰れない」

2020年2月、関西国際空港で入管職員にこう訴えた同性愛者のウガンダ人女性は、入管施設に収容された。

女性はすぐに難民認定を申請したが、入管庁の1次審査は「不認定」となり、強制送還になることを意味する「退去強制令書」が発付された。

女性のその後については後で触れるが、こうしたケースで申請者が不服を申し立てた場合、2次審査を担当するのが「難民審査参与員」(以下、参与員)だ。

参与員制度が作られたきっかけは、小泉政権時代の2002年、中国・瀋陽で起きた日本総領事館駆け込み事件だった。北朝鮮から逃れた5人が、総領事館員の目の前で、中国の武装警察によって連行された。

「日本の難民保護政策はどうなっているのか」と国内で批判が強まり、難民認定手続きの公正性や中立性を高める目的で、04年に入管法が改正され、この時に導入された。

当時、難民申請中は強制送還が停止される規定も加えられたが、今回の法改正では3回以上の申請者を送還できるようになった。

「女性で美人だったから?」問われる参与員の資質

参与員には、どのような人が任命されるのか。

6月30日時点で110人おり、弁護士や元検事正、元裁判所長といった法曹界出身者のほか、国際法や地域情勢の研究者、元外交官、NGO関係者などを法相が任命し、3人1組で審査にあたる。

ただ、なぜその人が参与員に選ばれたのか、選定の過程や基準は不透明なのが実態だ。

日本弁護士連合会やUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)から推薦された人はいるものの、入管法は「人格が高潔で、公正な判断ができ、かつ法律、国際情勢に関して学識を有する者」と規定しているだけだ。

「人格高潔で、公正な判断ができる」と、誰が、何をもって判断しているのだろうか。

全国難民弁護団連絡会議(全難連)が、対面審査に立ち会った弁護士の報告をもとに作成した参与員の「問題発言集」からは、「人格高潔」とされた人たちの、適切とは思えない言動が浮き彫りとなっている。

「大佐があなただけを拉致したのは、女性で美人だったから?」
「あなたは難民として元気過ぎる。本当の難民はもっと力がない」
「飛行機に乗るという発想自体が難民とかけ離れている」

こうした発言のほか、申請者が2週間以上前に提出した資料を読んでいない、申請者が意見を述べている間に3人全員が寝ていた━━との事例も報告されている。

これらの申請者は、祖国での迫害から逃れ、日本で難民保護を求める人たちだ。文字通り「命に関わる」判断をする人たちの言動として、ふさわしいと言えないことは明らかだろう。

参与員を10年余り務めた国際人権法の専門家、阿部浩己・明治学院大教授は「私自身、なぜ任命されたのかを、きちんと説明されたことはない」と証言する。

参与員制度は、その人選からすでに「ブラックボックス」となっている。

②「難民はほとんどいない」柳瀬氏発言が批判を浴びたわけ

「入管が見落とした難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんど見つけることができません」

2021年4月、後に廃案となった当時の入管法改正案の参考人質疑に、参与員として国会へ招かれたNPO法人「難民を助ける会」名誉会長(2023年6月26日付で退任)の柳瀬房子氏は、そう断言した。

入管庁は1回目の法案提出時から、「難民は適切に認定されているが、難民に当たらない人が、送還停止規定を乱用し、送還逃れのために申請を繰り返している」と主張。3回以上の申請者の強制送還を可能にする法改正を目指していた。

柳瀬氏の発言は、その論理を強力に後押しし、同庁の説明資料でも引用された。

ところが2023年5月、入管庁が国会に提出したデータによって柳瀬氏の発言の土台が大きく揺らぐ。

柳瀬氏は2021年と22年に1300件前後、1日あたり約40件の判断に関わり、その数は全審査の4分の1〜5分の1を占めていた。審査は対面と書類のみの2パターンがあり、対面は年間50件が限度とされるので、1000件以上というのであればごく短時間に次々と書類だけで審査していたとしか考えられない。

つまり、発言内容から合理的に考えれば、柳瀬氏には「明らかに難民に該当しないことを書面で判断できる事案」(西山卓爾・入管庁次長の国会答弁より)と入管庁が判断したものが、大量に割り振られていたことになる。

だからこそ、「難民をほとんど見つけることができなかった」のだ。

全難連は声明で、「明らかに偏りのある参与員の発言を、すべての参与員を代表しているかのように取り上げるのは、不公正、不公平」と指摘した。

参与員が第三者の立場にあると言っても、事務局は入管庁側にある。誰と誰で3人1組の班を構成し、どの班にどんな事案を配分するのか、誰がそれを決めているのかは公表されず、外部からはまったくうかがい知れない。

「ブラックボックス」はここにも存在していた。

③レズビアン女性の難民を救ったのは、「司法」だった

廃案となった法案の骨格を維持した入管法改正案の国会への再提出が報じられた頃、参与員制度が機能していない事実が明るみになった。

冒頭で触れたレズビアンのウガンダ人女性は、入管庁による1次審査で難民不認定となったため2次審査を申し立て、参与員の前で意見を述べる対面審査を求めた。

ところが参与員は「(女性の)主張が真実であっても、何ら難民となる事由を包含していない」との理由で退け、書面のみによって全員一致で不認定と結論づけた。

女性は21年、不認定処分の取り消しを求めて大阪地裁に訴えた。法廷での本人尋問は通訳を交えて4時間半弱、弁論は12回に及んだ。

裁判官の姿勢は、参与員たちとは明らかに違っていた。

2023年3月の判決で、森鍵一裁判長は「ウガンダでは同性愛者への差別意識が強く、警察など国家機関にも残存し、刑法などを適用して逮捕や恣意的な身柄拘束をする可能性がある」「女性は逮捕され、警官から暴行を受け、重症化するまで相当長期間、適切な治療を受けずに拘束された」と認め、「大阪入管局長は難民と認定せよ」と命じた。

判決言い渡しの際、裁判長は主文だけでなく要旨も説明した。

判決文54ページのうち半分がウガンダ情勢に、約17ページが女性の供述の信用性に割かれた。当初の難民不認定の理由が1ページにも満たなかったのと比べれば、差は一目瞭然だろう。

齋藤健法相は国会で、「訴訟の過程で(女性の)主張を裏付ける新たなものが出てきて覆ったと理解している」と述べた。だが、参与員は「真実であっても難民ではない」としたのだから、その審査にどんな証拠が出ても覆るはずはなかった。

3月に入管庁が公表した「難民該当性判断の手引」には、「性的マイノリティは、難民条約上の迫害理由にいう『特定の社会的集団の構成員』に該当し得る」とある。

これに照らせば、入管庁の1次審査の誤りを指摘すべき参与員は、何のチェック機能も果たさなかったことになる。

女性の代理人の川﨑真陽弁護士は、「入管庁にも参与員にも、しっかりと向き合う姿勢がなかったとしか言いようがない」と断言した。

全難連代表の渡辺彰悟弁護士も「参与員は驚がくとも言うべき理由で対面審査を拒んだ。出身国であるウガンダの情報も一切見ておらず、LGBTQケースの難民性判断について初歩的な認識すらないことが露わになった。難民を判断する専門性がないのは明らか」と批判した。

では、これほどずさんな審査をしたのは誰なのか。

実は、裁判官の氏名が明記される判決文とは違い、参与員の名前は一切明らかにされない。しかも参与員の意見書は入管庁の審判課に送られ、申請者本人の話も聞いていない誰かが最終的な結論を出す。

自分の運命を左右する判断を、誰が下したのかがわからない。まさに「ブラックボックス」だ。

阿部教授が「匿名の陰に隠れて、誰も責任を負わないのは異様なこと」と指摘するように、こうした制度上の欠陥が、命に関わるずさんな審査を招いているのではないか。

④もはや難民の判断に誤りは許されない、参与員たちの「命への責任」

最後にもう一つ、大事なことに触れておきたい。

迫害を受けるなどして命をかけて出国する人たちは、自分が難民であると裏付ける客観資料を持ち出せないことが、往々にしてある。

生死の狭間にあって、身一つで他国に逃げる姿を思い浮かべれば想像に難くない。

難民かどうかの判断で、最も重要なのは「疑わしきは申請者の利益に」「間違っても難民を命の危険がある国に送り返してはならない」というのが国際常識だ。

ところが、阿部教授によると「研修が決定的に欠落している」ため、参与員には難民認定の専門家がいないという。

「参与員たちはそれぞれの経験に従い、一般的な日本の裁判と同じように客観証拠と本人の証言を突き合わせ、少しでも矛盾があれば『信ぴょう性なし』と判断しがちだ。

しかし難民認定は、過去に何が起きたかが主ではなく、(難民とされる人の身に起こり得る)将来の危険性についての予測なので、法律に詳しいから適切な判断ができるというわけではない」(阿部教授)

つまり、難民認定に関する国際的には当然の前提や考え方が、参与員の共通認識となっていないのだ。

私の取材では、申請者の声に真剣に耳を傾け、保護すべき人を救おうと懸命に取り組んでいる参与員は少なくない。

しかし、ここまで見てきたように、制度の運用に潜む数々のブラックボックスは、そうした真摯な思いを骨抜きにしようとする仕掛けに映る。

阿部教授は、「難民を難民と認定できない、深刻な制度的問題がある」と表現し、「国境を管理する入管庁と難民保護を切り離し、国際的な人権基準に沿って難民を保護する独立機関を設けなければならない」と強調する。

「難民を保護する独立機関」の創設━━。それが本来のあるべき姿だと、私も思う。

参与員制度の改善は待ったなしだが、あくまで一里塚でしかない。改正入管法が施行されてしまえば、3回目以降の難民申請者は強制送還され、命の危険にさらされる恐れが現実化する。

誤った判断は、もはや許されない。

【取材・執筆=神田和則(元TBSテレビ社会部長)、編集=國崎万智(ハフポスト日本版)】

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