「もう運べません」物流が止まった日から始まった。ウェルビーイングと物流クライシスにある深い関係【インタビュー】

4年前のある日、物流クライシスに直面した日清食品。解決のカギはウェルビーイングだったといいます。構造改革がもたらす物流の新たな価値とは?

発売から1年でシリーズ累計出荷数1千万食を突破した「完全メシ」、この夏1分で完売した「プラントベースうなぎ 謎うなぎ」など、即席麺のパイオニアにとどまらず、新しい「食」を創造する日清食品。

そんな同社のウェルビーイングを推し進めるのは、サプライチェーンの統括も担う深井雅裕取締役です。

4年前、工場から即席麺を運べない事態に見舞われました。

思わぬ危機に直面したことが、ウェルビーイング推進のきっかけになったといいます。

物流とウェルビーイングに、いったいどんな関わりが?

結びつきづらく思えるけれど──。

日清食品の深井雅裕取締役
Naoko Kawamura/HuffPost Japan
日清食品の深井雅裕取締役

「運べて当たり前」はあり得ない

 ──即席麺が運べない、とは何が起きたのでしょうか

4年前、物流会社さんにパッと契約を切られちゃったんですよ。

当時は物流クライシス(※)を全く理解していなかった。僕は営業にいて、運べるのは当たり前だと思っていました。「営業が頑張って注文を取ってきて、運べないなんて意味が分からない。飛行機でもヘリでも運んでください」なんて本気で言っていました。

でもあるエリアのものが急に運べなくなって、今までの考えは違うと気づいた。そこから新しく部を立ち上げて、物流の構造改革を始めました。

昔からの仲間に「挑戦しよう」と説いて回って、メンバーを集めました。

キックオフミーティングのときに「日清のアベンジャーズになろう。5年後10年後、30年後の日清のメンバーに『あの人たちがいてくれてよかった』って言ってもらえるようになろうぜ」と言って、アベンジャーズの写真を掲げたら全員失笑していましたけど、僕は本気で思っています。物流で価値をつくる。

創業から60余年、みな物流をコストとしかみていなかったので、素人です。物流がわかるメンバーはほとんどいなかった。でも、ルーキーだからこそ、勉強していろんなところへ動いたら、よく知っている人たちよりも絶対に新しいことができるはずだ、と。

デジタルで可視化すると、いろんなことが見えてきました。モノって、すごくジグザグに動いている。海外から仕入れたモノを、九州で一次加工、関東で二次加工、最終的に関西工場に入る、みたいなことがある。

僕らルーキーだから、まず無駄だらけなことにびっくりした。運ばずに済むようにすればCO2も出ないし、働き方改革もできるよね?と拠点の再配置に動き始めた。 

可視化した調達物流の経路。拠点は広域に分散している
日清食品HD提供
可視化した調達物流の経路。拠点は広域に分散している

その仕事、何のためにあるの?

全世界の調達をリスト化して、分析を始めています。資材調達はこれまで、安くて品質が良いことに価値があったけれど、今は誰がどうやって生産しているかが問われます。

日清では、カップヌードルを製造する国内の全工場で、環境の負荷や人権に配慮したRSPO認証パーム油(※)を使用しています。

資材調達、生産、物流、全部つながっている。そうしたサプライチェーン(SC)全体のシステムを変えようとしています。

 そもそも日清は戦後の混乱期、食べ物がない時代に、安全安心、美味しく簡単で、長期保存できて安価なものを届けよう、という思いから創業した会社。僕らのパーパスは最初から、社会課題を解決することだったんです。

すべてのゴールは、取引先を含めた社会課題の解決、社員を含めたすべてのステークホルダーのウェルビーイングのためにある。海外の生産農家の方たちのウェルビーイングとも切り離せません。

※パーム油...加工食品のほか洗剤や化粧品などに使用されている、アブラヤシから抽出される植物油。大規模なアブラヤシ農園開発による熱帯林の破壊、気候変動、開発に伴う人権侵害や劣悪な労働環境などが問題化している

※RSPO認証...上記課題解決のため、アブラヤシ生産者や環境団体などからなる非営利組織「RSPO(持続可能なパーム油のための円卓会議)」が国際認証制度をつくっており、基準を満たしたものを、RSPO認証パーム油という

 ──サプライチェーンがウェルビーイングと繋がるわけですね

今やろうとしているのは、卸店、小売店とのデータ連携です。資材メーカーとの連携はすでに済んでいます。メーカーさんは、当社の生産計画が変わったらすぐに通知が届くので、効率的に生産できる。僕らにとっては欲しいタイミングで欠品ということがない。受け払いも自動化して、お互いWin-Winになっています。

これを川下まで繋げて、SC全体を自動化できれば、無駄な資材調達、生産、配送、返品、在庫管理が一切なくなる。

メーカー、卸店、小売店と、業界を超えて協議を継続していて、実現すれば、環境にものすごくプラス。働き方改革も実現できます。

サプライチェーン全体の自動発注化を目指す
日清食品HD提供
サプライチェーン全体の自動発注化を目指す
異業種との共同配送も始まっている
日清食品HD提供
異業種との共同配送も始まっている

労働力の減少や物流2024問題(※)、難しい状況は変革のチャンスだと思っています。

僕らだけが変わっても意味がない。取引先も一緒に変わってもらいたいので、変わらなきゃまずい、という今の状況だと、説得もしやすい。

 経済産業省が先導しているフィジカルインターネット(※)に対しても、うちの会社には、ほかの人がやらないんだったらやろう、という企業風土があります。新しいことはどんどんぶち上げていきたい。

 今の仕事がなくなったら、働くこと自体がなくなるのではなくて、質の違う別の仕事が生まれる。

人には、クリエイティブな仕事、ワクワクする仕事をしてほしい、と思っています。

 ※物流クライシス/物流2024問題...ドライバー不足や高齢化、ネットショッピングの拡大などによる影響で、物流に対する需要に供給が追いついていない状態。2024年度からトラックドライバーに時間外労働の上限規制が適用されるため、更なる危機に陥ることが指摘されている

※フィジカルインターネット...インターネット通信の考え方を物流(フィジカル)に適用した物流の仕組み。AI技術などを活用し、物資や倉庫、車両の空き情報等を可視化して、統一規格の容器に詰めた貨物を、複数企業が物流資産(倉庫、トラックなど)を共有化したネットワークで輸送するという共同配送システムの構想。物流問題の解消、ドライバーの労働環境改善、温室効果ガスの低減などに向けて議論されている。