「もうすぐ9月1日がくる」樹木希林さんのバトンを受け取ったセラピストが子どもたちに見た希望

樹木希林さんが亡くなる直前まで寄り添ったセラピスト・志村季世恵さん。9月1日の子どもの自殺問題を嘆いていた樹木さんの思いをうけ、不登校の子どもたちと交流を続けています。そのなかで出会った大きな発見とは。
バースセラピスト・志村季世恵さん(写真/志村季世恵)
不登校新聞
バースセラピスト・志村季世恵さん(写真/志村季世恵)

「希林さん、お祈りしていて」。

バースセラピスト・志村季世恵さんは俳優・樹木希林さんが亡くなる直前まで寄り添いました。

9月1日の子ども自殺問題を嘆いていた樹木さんの思いをうけ、自身の活動「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」を開催しながら、不登校の子どもたちと交流を続けた志村さん。そこには驚きの発見があったといいます。

「ちがいを超えて、人は支え合える」。そう語る志村さんにお話を聞きました。

━━志村さんは、ダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」に関わる前から、セラピストとして活動されていたそうですね。俳優・樹木希林さんの最期にも寄り添われたとうかがいました。

私は20代のころから、末期がんの方、大切な人と死別した方、出産や育児に悩むお母さんたちなど、さまざまな方のサポートをしてきました。

肩書きのひとつである「バースセラピスト」は私の造語。人は亡くなる直前であっても誰かの幸せを願ったり、何かを生み出したりすることができるという思いから、「セラピスト」の前に「バース」とつけました。

樹木希林さん、お祈りしていて

希林さんとは、亡くなる3時間前までごいっしょさせていただきました。

よく覚えているのは、その3週間ほど前、もうお話もできなくなっていた希林さんがベッドで涙をぽろぽろこぼしながら「もうすぐ9月1日がくる。子どもたちはどうなる? あまりにももったいない命…」と筆談でおっしゃったことです。

希林さんは、以前から9月1日に命を絶つ子どもがたくさんいることに胸を痛めていらっしゃいました。『不登校新聞』(400号)にインタビューが掲載されたこともありましたね。

私は希林さんに「お祈りしていて」とお伝えし、「この世にまだ残る私は、子どもたちのためにできることをしてみる」と言いました。そして、希林さんと私は手を握り合いました。これが希林さんとの最後の約束であり、私が受け取ったバトンです。

━━今から23年前、志村さんたちは「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」(以下、DID)をドイツから日本に持ち込みました。これが、ダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」の原型ですね。DIDについて教えていただけますか?

DIDは、暗闇のなかを1時間半ほど歩くエンタテインメントです。

考案者であるアンドレアス・ハイネッケ博士いわく、条件は3つ。1つ目は一点の明かりもない完全な暗闇のなかを歩くこと、2つ目は「アテンド」と呼ばれる視覚障がい者に案内してもらうこと、3つ目は1人ではなく複数人で暗闇に入ること。

暗闇のなかで、参加者たちは視覚障がい者に導かれながら公園を散歩したり、電車に乗ったり、お茶を飲んだりします。

暗闇のなかでは、皆さん、たくさんのことに気づきますね。

たとえば、いつもより音や匂いに敏感になること。これまで「助けてあげる対象」だと思い込んでいた視覚障がい者に助けてもらわないと、前に進むことすらできないこと。初対面の参加者どうしでも「私はここです」と声をかけ合わざるを得ないので、コミュニケーションを通して気づくこともあります。

日常の関係性に大きな変化が

バースセラピスト・志村季世恵さん(写真/志村季世恵)
不登校新聞
バースセラピスト・志村季世恵さん(写真/志村季世恵)

小学校の先生が「子どもを頼ってもよかったんだ」とつぶやいたこともありました。誰より暗闇を怖がっていたお父さんが、子どもから「僕たちがついてるから大丈夫だよ」なんて言われていたこともありましたね。

暗闇のなかでは、日ごろの関係性がまるで変わるのがおもしろいんです。

人は誰もが、それぞれの強みをもっています。そこにあるのは「ちがい」であって、「優劣」ではありません。体験を通してそこに気づくことで、「私は私でいいんだ」とか、「困ったら『助けて』って言えばいいし、『助けて』って言われたらうれしいものなんだ」ということがわかってくる。DIDはそんな場所だと思っています。

━━苦しい思いを抱える子どもたちのなかにも、DIDを体験した子がたくさんいるとうかがいました。

そうですね。印象に残っているのは、不登校の中高生に集まってもらって、「ゼロから暗闇をつくる」という共同作業をしたことです。

真っ暗闇をつくるのって難しいんですよ。カーテンを閉めてもぼやっと見えるし、ダクトや換気扇の隙間から光がもれてくることもある。みんなで協力しないといけないのだけれど、最初は誰もおしゃべりしません。

でも、姿が見えないと「上のほうから光が入ってきてるね」とか「もう完璧じゃない?」って、言葉で伝え合うしかないんですよね。闇が深まるにつれてだんだん手をつなぐ子が出てきて、最後に完全な暗闇ができたとき、アテンドたちも含めて全員が輪になって手をつないでいました。そのプロセスは本当に素敵でしたね。

結果的に、そのとき参加していた不登校生の2/3が学校に戻って、それ以外には海外に進学した子もいたそうです。もちろん、私たちは「学校へ戻るほうがいい」なんて一言も言っていませんし、それが唯一の正解だとも思っていません。

大事なのは、学校へ戻るかどうかではなくて、自分の気持ちを自分自身で感じて、それを口に出せるようになることだと思うんです。

暗闇のなかで自分のことを言葉にしているうちに、もっとわかってほしいとか、もっと相手のことを助けてあげたいとか、いろいろな気持ちが出てくる。そうした体験が、背中を押したのかもしれませんね。

児童養護施設の子どもたちが来てくれることもあります。彼らのなかには虐待を受けて育ったせいで、大勢の声を聞くのが苦手だというお子さんがたくさんいます。

でも、1人の中学生が、「いっしょに暗闇に入った8人の声を聞けた」と話してくれました。「僕を助けてくれる声、僕が助けてあげられる声だと思った」って。すごい言葉だと思いました。

人と人が助け合える実感

「人間、捨てたもんじゃないよね」と言った中学生もいました。

このときは、暗闇のなかに一本の丸太橋を設置していたんです。アテンドは慣れたものなのですが、初めて暗闇に入る参加者のなかには怖がる人もいます。そうすると、後ろから支える人がいたり、「みんなで手をつないで横並びで渡ろう」というアイデアを出す人がいたりして、ボディタッチがすごく多くなるんですよ。

その結果、「本来、人と人は頼り合ったり、助け合ったりできるんだ」ということを確認できるんですね。

私はこれまでセラピストとして、うつ病の方やひきこもりの方が元気になっていくプロセスで「人っていいよね」という言葉を発する場面を何度も見てきました。人は、誰かのことを好きだと思ったり、信じられると思ったりしたとき、自分自身に対しても同じように感じるものなんです。

だから、「人っていいよね」の一言を聞くと「この方はもうそろそろ大丈夫」って思えるんですよ。セラピーだったらそこまで到達するのに数カ月かかるのに、DIDだと90分で変化が起きるんだ、と気づいたのはオープン初年度のことでした。

━━見えない世界で参加者を導くアテンドの皆さんの力も、とても大きいように感じました。

その通りですね。視覚障がいをもつ方がアテンドになるための研修では、子ども時代を思い出してもらいながら、「親にもっとこうしてほしかったと思うことはある?」と聞くんです。

よく出てくるのは「危なくてもいいから、もっと冒険させてほしかった」「先回りしないで、見守っていてほしかった」という言葉。

それに対して、いつも「皆さん、それを覚えておいてください。あなたがしてほしかったこと、それが、あなたがお客さんに対してすることです」とお伝えしています。

そのためにはどうしたらいいのか、という話し合いをしていくと、「お客さんを信じるようにしよう」とか「お客さんが自分で発見するまで待つようにしよう」という言葉がでてくるんですよ。参加者に寄りそうアテンドのこうした姿勢も、DIDを成り立たせている大きな要素のひとつだと思います。

アテンドが生活のなかで得てきた知恵に触れることも、参加者にとって大きな気づきにつながっていますね。

とくに子どもたちは、「できないことをできないままにしないで、なんとかして乗り越えようとすることが、やがては力に変わっていくんだ」ということを感じ取っているようです。アテンドから自分自身がいじめを受けていた話などを聞いて、「私も学校でひとりぼっちでね…」と、親友に話すようにぽつぽつと話し始めた子もいました。

そのままの自分でいい、と思える場がひとつでもできれば、他者との関係性もあらためてつくれるようになるかもしれません。ここがそんな場であってほしいですね。

1日1分でいい。プレゼントを

━━志村さんはセラピストとして、不登校に悩む方々とお話することも多いそうですね。今、悩んでいる親御さんに伝えたいことはありますか?

不登校のお子さんの親御さんは、本当に苦しいと思います。子ども本人がどうしたいのか、親子で落ち着いて話せたらいいのですが、お話できる状態でないのであれば、タイミングがくるまで待つことも大切です。

待つ時間って、すごくつらいですよね。でも、ただ待つのではなく、すこしでも親御さん自身がハッピーでいられるようにすごしてほしいと思うんです。

たとえば、朝起きてカーテンを開けたら、「今日も学校、行かないのかしら?」ではなくて、「ああ、風が気持ちいいな」「今日は天気がいいから深呼吸してみよう」って、その天気を自分にプレゼントしてあげてください。そういうことを感じる五感を潰さないでほしいんです。

五感が豊かだと心も丸くなる。そうすると、お子さんに対する言葉もすこしずつ変化していって、いざ話し合うタイミングがきたときに、お子さんの言葉をしっかりと受けとめることができます。

だから、1日1分でもいいので、五感を開いて、自分が感じた心地よさを大切に味わってみてください。これは、セラピストとして4万人以上の方々にお会いするなかで感じた、一番大切なことです。

━━ありがとうございました。

(聞き手/編集・棚澤明子)

【プロフィール】

志村季世恵(しむら・きよえ)
バースセラピスト、一般社団法人「ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ」代表理事。視聴覚障がい者や高齢者が案内役を務めるダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」を主宰。著著に『エールは消えない いのちをめぐる5つの物語』(婦人之友社)ほか。

(この記事は2023年8月9日の不登校新聞掲載記事「『もうすぐ9月1日がくる』樹木希林さんのバトンを受け取ったセラピストが子どもたちに見た希望」より転載しました)