朝鮮人虐殺「事実関係を把握できる記録ない」と松野官房長官が発言→誤り。防衛省も「文書保管」を認める国会答弁

関東大震災の直後に起きた朝鮮人虐殺について、松野博一官房長官が「政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と発言。ファクトチェックしました。
松野博一官房長官=2023年8月29日
松野博一官房長官=2023年8月29日
時事通信社

松野博一官房長官が8月30日の記者会見で、関東大震災の直後に起きた朝鮮人虐殺について「政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」と発言した。

だが、これは誤りだ。

内閣府が事務局を務める中央防災会議に設置された「災害教訓の継承に関する専門調査会」が、2009年に取りまとめた関東大震災に関する報告書の中に、朝鮮人虐殺に関する記載が存在する

また防衛省は、関東大震災直後に当時の内務省警保局長が全国に送付した電信文を保管していることを、6月の参議院法務委員会で認める答弁をしている。この電信文は、朝鮮人による放火などの流言を事実とみなし、取り締まりを指示する内容だった。

松野氏の発言について、ハフポスト日本版はファクトチェックした。

記者会見での発言は?

まず、松野氏の発言を振り返る。

8月30日の記者会見で、9月1日に100年を迎えた関東大震災の記録に関して、共同通信の記者が質問した。

「当時被災地ではデマが広がり、多くの朝鮮人が軍、警察、自警団によって虐殺されたと伝えられています。政府として朝鮮人虐殺をどう受け止め、何を反省点としているのか、併せて現在の日本社会における在日コリアンを含むマイノリティに対するヘイトスピーチやヘイトクライムをどう捉えているのかお尋ねします」と問うた。

これに対して、松野氏は「政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらないところであります」と述べ、受け止めや反省点について回答しなかった。

後半のヘイトスピーチやヘイトクライムに関する質問に対し、松野氏は「特定の民族や国籍の人々を排斥する趣旨の不当な差別的言動、ましてそのような動機で行われる暴力や犯罪はいかなる社会においても許されないと考えています」との見解を示した。

続く質問で、この記者は「朝鮮人虐殺の事実そのものを否定する言説が出回っている」ことを踏まえ、政府が事実関係の調査や実態を明らかにする考えはあるかと尋ねた。

松野氏は「先ほども申し上げましたとおり、政府として調査した限り、政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらないところであります」と、同じ見解を繰り返した。

「殺傷事件の中心は朝鮮人への迫害」専門調査会の報告書

会見での記者の質問の趣旨は、「政府として朝鮮人虐殺をどう受け止め、何を反省点としているのか」ということだ。これを踏まえると、松野氏の発言は「朝鮮人虐殺の事実関係を把握できる記録が政府内に見当たらない」という意味になるが、それは誤りだ。

少なくとも、内閣府が事務局を務める中央防災会議に設置された「災害教訓の継承に関する専門調査会」は、2009年3月に取りまとめた関東大震災に関する報告書(1923 関東大震災 第2編)の中で、震災直後の殺傷事件で中心をなしたのは朝鮮人への迫害であり、流言がそのきっかけになった、と明記している。

<関東大震災時には横浜などで略奪事件が生じたほか、朝鮮人が武装蜂起し、あるいは放火するといった流言を背景に、住民の自警団や軍隊、警察の一部による殺傷事件が生じた。(中略)(9月)3日までは軍隊や警察も流言に巻き込まれ、また増幅した>(概要・第4章)

<既に見てきたように、関東大震災時には、官憲、被災者や周辺住民による殺傷行為が多数発生した。武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった。殺傷の対象となったのは、朝鮮人が最も多かったが、中国人、内地人も少なからず被害にあった。加害者の形態は官憲によるものから官憲が保護している被害者を官憲の抵抗を排除して民間人が殺害したものまで多様である>(第4章2節)

<自然災害がこれほどの規模で人為的な殺傷行為を誘発した例は日本の災害史上、他に確認できず、大規模災害時に発生した最悪の事態として、今後の防災活動においても念頭に置く必要がある>(同)

報告書の206ページには、「官庁記録による殺傷事件被害死者数」の表も掲載されている。当時の司法省の報告書に掲載された起訴事件の被害者数は、朝鮮人233人、日本人58人、中国人は3人。「警察・民間人共同」の加害者による朝鮮人の犠牲者数は約215人と記されている。(このうち約200人は中国人だったとの説もあるとの注釈もある)

「官庁記録による殺傷事件被害死者数」
「官庁記録による殺傷事件被害死者数」
災害教訓の継承に関する専門調査会報告書より

さらに報告書は、警視庁編『大正大震火災誌』を出典とし、当時確認された流言の事例を列挙している。

同誌「第5章 治安保持」には、流言の拡散を背景に「(民衆が)朝鮮人に対して猛烈な迫害を加え、勢いが過激になり、ついに殺傷した」ことが記録されている。「朝鮮人が井戸に毒薬を投入した」、「朝鮮人が放火や略奪をし、婦女に暴行した」など、警察が覚知した流言も記載されている。

内閣府の防災情報のホームページによると、「災害教訓の継承に関する専門調査会」は、過去の大災害について、被災状況や政府の対応などの情報を収集し、被災経験の継承や防災意識の向上などを目的に2003年、内閣府を事務局とする中央防災会議で設置が決まった。

中央防災会議は、内閣総理大臣をはじめとする全閣僚や公共機関の代表、学識経験者で構成する。

内務省の電信文、防衛省が保管

関東大震災直後の朝鮮人虐殺に関する公文書の存在を、防衛省も認めている。

2023年6月の参議院法務委員会では、社民党の福島瑞穂議員が、関東大震災の後に当時の内務省警保局長から全国の地方長官宛てに送付された電信文(1923年9月3日付)を示した上で、防衛省が保管しているか否かを問うた。

電信文は、朝鮮人による放火や爆弾所持といった流言を内務省が事実とみなし、取り締まりを全国に求める内容だった。

防衛省の安藤敦史・防衛政策局次長は福島議員の質問に対し、この文書を同省の防衛研究所戦史研究センターで保管していることを認めた。

一方で、この電信文が流言の拡散や民衆による朝鮮人虐殺につながったのではとの福島議員の指摘に対し、警察庁の楠芳伸・官房長は「警察庁におきまして調査した限りでは、ご指摘のような事実関係を確認することのできる記録が見当たらない状況」だとして、回答を拒んだ。

このように、少なくとも一般に公開されている内閣府の調査会の報告書にも、大震災後の殺傷事件では「虐殺という表現が妥当する例」が多く、朝鮮人の犠牲者が最も多かったことが記されている。

さらに、関東大震災後の朝鮮人虐殺に関する公文書は存在し、政府も保管していることを認めている。

よって、「政府内において事実関係を把握することのできる記録が見当たらない」とする松野氏の記者会見での発言は誤りだ。

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