現在のカルチャー最先端は「なろう系」。現代美術作家・村上隆が見据える日本文化の未来【インタビュー】

京都市京セラ美術館で個展「村上隆 もののけ 京都」を開いている作家にインタビュー。日本の漫画やアニメ、ゲームなどを包括的に扱う「スーパーフラット・ミュージアム」の構想とは。
現代美術作家の村上隆さん
現代美術作家の村上隆さん
ハフポスト日本版

国際的なアートシーンで活躍する現代美術作家・村上隆さんの新作などを集めた大規模個展「村上隆 もののけ 京都」が、京都市京セラ美術館で開かれている。

近世日本の絵師たちに真正面から挑んだ新作、平安時代の京都の守護神を描いた超大作など約170点で構成された本展は、計5億円(3月15日時点)の寄付を集めたふるさと納税の取り組みも含め、多方面から注目を集める展覧会だ。

今回、日本では約8年ぶりに個展を開いた村上さんに、ハフポスト日本版がインタビュー。自国の文化や芸術の価値が十分に理解されていないと訴えるアーティストは、日本文化の研究発信拠点をつくりたいと、漫画やアニメ、ゲーム文化などを包括的に扱う「スーパーフラット・ミュージアム」の構想を語った。

日本の芸術の真髄を問い、また古今の日本的イメージを戦略的に自作に取り入れてきた巨匠は、これからの日本の文化をどう見ているのだろうか。

岩佐又兵衛と大友克洋をつなぐもの

ーー日本の美術館での個展は今回が3回目。京都では初の機会となります。10年ほど前から京都に住んでいる村上さんにとって、ここはどんな街でしょう。

京都の人々は「京都人」または「平安人」であって、「日本人」ではない。たとえるならば「バチカンに住んでいるイタリア人」といったところでしょうか。

この街の人々は、17世紀初めに江戸幕府ができてから現在に至るまで、日本という枠組みに与している実感がないかのようにも見えます。独立したコミュニティーがあり、その生態系の中で暮らしが営まれているのです。独自の景観が保たれている背景にはきっと、京都の人たちが大切に守ってきた不文律のようなものがあるのでしょう。今回の展覧会は京都の社会に僕自身が少しでも馴染ませていただくきっかけにできれば、と思っているんです。

「村上隆 もののけ 京都」の展示風景より、《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》2023-2024年(部分) ©︎2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
「村上隆 もののけ 京都」の展示風景より、《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》2023-2024年(部分) ©︎2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
ハフポスト日本版撮影

ーー「村上隆 もののけ 京都」では、そんな京都で活躍した江戸期の絵師たちに挑む形で新作が制作されています。もともと村上さんは、狩野派などの近世絵画と戦後の漫画やアニメに共通の美学を見いだし、「スーパーフラット」という概念で理論化してきました。新たな発見はあったでしょうか。

本展を企画した京都市京セラ美術館の高橋信也さんから今回、岩佐又兵衛の国宝《洛中洛外図屛風(舟木本)》(17世紀)を元絵に、村上版「洛中洛外図」を作ってほしいとリクエストを受けました。制作にあたって又兵衛の絵を模写していたところ、若い頃に思っていたことを改めて実感しました。それは、17世紀の絵師である岩佐又兵衛が、世界的名作『AKIRA』(1982-1990年)などで知られる漫画家・映画監督の大友克洋さんと同じ遺伝子を持っていた、ということです。

ーーどういうことでしょうか。

京都の内外を俯瞰的に描いた又兵衛の洛中洛外図は、驚くべき克明さでもって街の様子を捉えています。ここには2千人を超える人物が登場しますが、それぞれに細かな設定があり、映画を見ているかのような動きさえ感じられる。写真も映像もない時代にこうした絵を描ける又兵衛には、見たものすべてを一瞬で記憶してしまう特殊な才能があったに違いありません。そして大友さんも、周囲の語るところによれば、一度行ったきりの中華料理屋の様子を寸分違わず描けるという、驚異的な記憶力の持ち主なのだそうです。

フランスの漫画の祭典「アングレム国際漫画祭」で、代表作「AKIRA」のオートバイにまたがる大友克洋さん=2016年1月、フランス・アングレム
フランスの漫画の祭典「アングレム国際漫画祭」で、代表作「AKIRA」のオートバイにまたがる大友克洋さん=2016年1月、フランス・アングレム
AFP=時事

一方、大友さんのすごさとして指摘されるのが、空間を逆パースにして立ち上げ、一点透視図法の成立以前の絵画技法と、遠近法的な技術を一枚の中でミックスさせる独特の描法です。この驚くべき空間表現が、又兵衛の洛中洛外図にも同じく見出せると思うのです。ご本人がどう思われるかは分かりませんが、僕に言わせればやはりこれはスーパーフラット。大友さんを「絵師」として語る文脈はこれまであまりなかったけれど、空間を把握し構築する独自の能力と、たぐいまれな記憶力という点で二人は共通していると言えるのです。

今回の新作《洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip》は、そうした又兵衛の独特の空間性を読み取りつつ、僕なりのアレンジを加えた作品です。人物や街並みのディテールについて徹底したリサーチを行い、カイカイキキと外部スタッフによる約100人体制で作り上げました。

文化の逆輸出としての風神雷神図

ーー俵屋宗達ら琳派の系譜に挑んだ、村上版「風神雷神図」についてはいかがでしょう。先人たちが描いたものと比べると、風神と雷神の何とも気の抜けた姿が印象的ですが。

こちらはうまく脱力して作図ができた本展の自信作です。僕は芸術の到達点を、白隠や仙厓が描いた禅画、あるいは晩年のウィレム・デ・クーニングやサイ・トゥオンブリの作品に見ているのですが、今回の風神雷神図はそうしたある種の解脱、すなわち欲を捨てて自我が透明になるようなコンディションの中で制作できたと思っています。

「村上隆 もののけ 京都」展示風景より、左から《風神図》と《雷神図》いずれも2023-2024年 ©︎2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
「村上隆 もののけ 京都」展示風景より、左から《風神図》と《雷神図》いずれも2023-2024年 ©︎2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
ハフポスト日本版撮影

ーー宗逹らの作品に対しては、どのようにアプローチしたのでしょう。

風神雷神図はかつて何度も取り組もうとしたことのあるテーマなんですが、宗達を超えられないというのが当時の結論でした。今回、改めて宗達を研究すると、平面的な日本の美意識の中に、中国美術の立体的なリアリズムをいかに取り込むかということが、当時の絵描きのテーマだったということが見えてきた。運慶・快慶の手になるリアリスティックな彫刻も見ていたのでしょう。つまり、そこで取り組まれていたのは、舶来のものをいかにして日本の美術に定着させるかという問題だったのですね。

となれば、新たに風神雷神図を描くことになった僕はどうするか。現代美術の世界ではいかに複雑で強度のあるコンセプトを立てるかが重要ですが、今回は文化の往来をひっくり返すようにして作品の構造を考えました。日本は長いこと海の向こうからやってきた文化を是としてきた。風神雷神図もまた渡来文化の咀嚼であったのだとすれば、今度は逆に、日本で生まれた「かわいい文化」やアニメ的なイメージを描いて、これを海外に送り返そうと考えたわけです。

「スーパーフラット・ミュージアム」

ーー西洋の価値観が支配的な現代美術の世界で、つねに日本人としての自らの立ち位置を問い、また日本文化を戦略的に利用しながら存在感を示してきました。展覧会に先立って開かれた記者会見では「日本の美を世界に届ける」といった発言もありましたが、今後についてはどんな活動を考えていますか?

僕は今、日本に「スーパーフラット・ミュージアム」を作りたいと考えているんです。漫画やアニメ、ゲーム文化など、日本が世界に誇るカルチャーを包括的に扱い、歴史的な文脈に乗せて発信していく拠点施設が必要だと思うからです。大学などと協働して研究者を育成し、さまざまな企画を通じてアカデミックな理解を広めていかなければならない。

今回の展覧会ではスーパーフラットを体現する存在とも言われるキャラクター「DOB」の新作も。左から《レインボー》、《And Then 2024》いずれも2023-2024年 ©︎2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
今回の展覧会ではスーパーフラットを体現する存在とも言われるキャラクター「DOB」の新作も。左から《レインボー》、《And Then 2024》いずれも2023-2024年 ©︎2024 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved.
ハフポスト日本版撮影

今回の展覧会の準備では、またしても日本の行政の文化芸術への無理解を実感したところですが、それでもこの国がもう一度立ち上がるためには、やはり文化や芸術を中心に据えて変わっていくほかないと思う。ただ残念ながら、日本というのは今も昔も「外圧」がないと変わることができない国です。なので、まずは美術館を作って海外の方にたくさん来てもらおうというわけです。「立国」を語る政治家や経済人が、文化芸術のポテンシャルに改めて目を向けていただくことを望みます。

ーー日本の文化にはそれほどの存在感があると。

漫画やアニメが持っている国際的な影響力はもはや言うまでもないでしょう。その上で、僕は現在のカルチャーシーンで最先端を走っているのは、「なろう系」(※)の小説や、YouTube系のシンガーたちだと思っています。日本ではこうしたサブカルチャーが重要視されず、評論家もほとんどいないのですけれど、世界を席巻しつつあります。日本はもう文化超大国だと思います。

(※)編集部注:「なろう系」とは、「小説家になろう」などのWeb小説投稿サイトから生まれた一連の作品群と、それと似た傾向を持つものを総称するジャンル。必ずしも明確な定義があるわけではないが、代表的な作品として『転生したらスライムだった件』『魔法科高校の劣等生』などが挙げられる。平凡な主人公が現実から転移・転生し、ファンタジー世界で活躍したりスローライフを送ったりする「異世界もの」が特に人気。アニメ化などのメディアミックスも盛んに行われ、文化産業としても一大ムーブメントを形成している。

ーーところで本展のタイトルは「もののけ」ですが、昨年に韓国や米国で開いた展覧会にも「ゾンビ」「モンスター」といった言葉が冠されていました。ここにはひとつながりのテーマがあるのでしょうか。

『呪術廻戦』や『チェンソーマン』、『鬼滅の刃』など、いま世界的にヒットしている日本の漫画やアニメに共通するものは何だと思いますか。煎じ詰めて言えば、それらの物語ではいずれも嫉妬心やルサンチマンといったものが悪を生み出す元凶になっています。要するに、心の問題ですね。

こうした作品は今の日本社会の現実を映し出していて、つまり日本社会が直面している恐るべき敵とは、そういった一人一人が抱えてしまっている暗い感情なのではないかと思うのです。実際にSNSなどを見れば、至る所でそれが大爆発しています。誰かを敵とみなして激しく叩き、晴れ晴れとした気持ちになる。そういった営みの背後に恨みや妬みがあるのでしょう。

アジア最大級のイベントとして知られる「台北国際コミック・アニメーションフェスティバル(台北國際動漫節)」の会場に置かれた『呪術廻戦』のキャラクター人形=2022年2月、台湾・台北
アジア最大級のイベントとして知られる「台北国際コミック・アニメーションフェスティバル(台北國際動漫節)」の会場に置かれた『呪術廻戦』のキャラクター人形=2022年2月、台湾・台北
AFP=時事

ーー芸術に何ができるのか、ということが改めて問われているようにも思います。

どうして漫画の主人公たちのような呪術の使い手が必要とされるのか、ということです。芸術には人々の心を解放する力があるし、それが今ますます求められているはずだと僕は信じています。

今回、京都で展覧会を開くにあたり、平安京をイメージした陰陽師の結界のようなインスタレーションを作ってほしいと依頼されました。パンデミックの前後における陰謀論の広がりもそうですが、こうした心の問題が顕在化しているのは決して日本だけではない。それに対する何がしかの答えを、今回の展覧会ではうまく載せることができたのではないかと思います。

「村上隆 もののけ 京都」展示風景より、平安京の守護神をテーマにした「四神と六角螺旋堂」の部屋。左(東側)が青龍、右(南側)が朱雀。
「村上隆 もののけ 京都」展示風景より、平安京の守護神をテーマにした「四神と六角螺旋堂」の部屋。左(東側)が青龍、右(南側)が朱雀。
ハフポスト日本版撮影

ーーパンデミックが過ぎ去り、京都には再び多くの外国人観光客が訪れています。展覧会では、そうした方々に何を見せたいと考えますか。

本展の筋書きを作った企画者の高橋さんは、観光都市としての華やかさの裏にあるもう一つの京都の顔を炙り出したいと考えたそうです。生のすぐそばに死が横たわり、聖と不浄が隣り合う。そんな日本文化の知る人ぞ知るハードコアが、今回の展覧会のテーマというわけです。

一見すると難しいかもしれませんが、何かしらの刺激を得て、日本文化をもう一つ深く理解するためのきっかけにしてもらえたらと思います。美術館の周りにも数多くの寺社や史跡がありますし、合わせて訪ねていただくのもいいかもしれませんね。

(聞き手・構成 西田理人)

展覧会概要

名称:京都市美術館開館90周年記念展「村上隆 もののけ 京都」
会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ(京都市左京区)
会期:2024年2月3日~9月1日
休館:月曜日(祝日を除く)
料金:当日一般2200円など ※京都市内に在住・通学している大学生以下は無料
【公式サイトはこちら

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