津田大介さん「ジャーナリストとしてのエゴだったのではないか」。“表現の不自由展”中止の責任を痛感 (あいちトリエンナーレ)

「元慰安婦の苦痛を記憶する」ための象徴として手がけた「平和の少女像」をめぐって抗議が相次ぎ脅迫も
「あいちトリエンナーレ2019」での「平和の少女像」展示について、記者会見する芸術監督の津田大介氏(ジャーナリスト)=8月2日、名古屋市東区
「あいちトリエンナーレ2019」での「平和の少女像」展示について、記者会見する芸術監督の津田大介氏(ジャーナリスト)=8月2日、名古屋市東区
時事通信社

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展の一つである「表現の不自由展・その後」が8月3日で中止されることになった。慰安婦をテーマにした少女像の展示に抗議が続き、脅迫行為もあったという。

あいちトリエンナーレの芸術監督を務める津田大介さんは同日夕方に会見を開いた。「表現の不自由展・その後」への抗議や中止は開催前から想定の範囲内だったことを明かした一方、「これを続けるとトリエンナーレそのものが成立しない」として、「わずか3日で作品を撤去するのは断腸の思い」と苦渋の決断だったと明かした。

その上で、「表現の自由」というデリケートなテーマを「民間よりも表現の自由が薄い」と言われる公立美術館でやることで「物議をあえて醸すことに意味がある」と思っていたという。

ただ、「鳴り止まない電話」のような予想を超える反響が事務局などに寄せられたことに「ジャーナリストとしてのエゴだったとも感じています」と打ち明け、責任を「大きく感じている」と話した。

■あいちトリエンナーレとは?

愛知県を舞台に8月1日開幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」は2010年に始まった。4回目となる今回は、ジャーナリストの津田大介さんが芸術監督を務め、「情の時代」をテーマに掲げている。

目玉となっていた企画展「表現の不自由展・その後」は、愛知芸術文化センター(名古屋市東区)で開かれており、様々な理由で表現の場を奪われたという20数点の作品が展示されている。

その中の一つで、韓国人彫刻家が「元慰安婦の苦痛を記憶する」ための象徴として手がけた「平和の少女像」に関して、抗議電話が8月1日だけで約200件あった。河村たかし・名古屋市長が展示中止を含めた適切な対応を求める抗議文を提出していた。

「あいちトリエンナーレ」内の企画展「表現の不自由展・その後」で展示されていた「平和の少女像」=2019年8月1日
「あいちトリエンナーレ」内の企画展「表現の不自由展・その後」で展示されていた「平和の少女像」=2019年8月1日
HuffPost Japan

こうした動きを受けて、芸術祭の実行委員会の会長を務める大村秀章・愛知県知事が、3日午後5時から記者会見を開いた。

「テロ予告や脅迫と取れるような電話やメールが来て、安全な運営が危惧される」と述べ、少女像だけでなく「表現の不自由展・その後」を4日から中止すると発表していた

その後、同じ場所で津田さんの会見が開かれ、「表現の不自由展・その後」を企画した経緯について次のように語った。

■津田大介さん「物議をあえて醸すことに意味があると思った」

僕自身は、ジャーナリストとしての知見を、どうトリエンナーレに生かせるのかということを2年間考えてきました。美術業界の中での男女格差について問題提起をしたいという立場からジェンダー平等というのを打ち出して、それは良い形で問題提起できたと思いました。

そして、自分がジャーナリストとして、この「感情に裏打ちされたバッシングが非常にネット上などで起きていて、それによって表現の自由が狭まっているんじゃないか」という問題意識が個人として、すごくあった。

芸術祭で、ジャーナリストがジャーナリストらしさを持ったまま美術の企画としてやるとしたら何があるんだろうと考えました。

それで2015年に見た「表現の不自由展」という企画が頭に浮かび、これを排除されがちな「民間よりも表現の自由が薄い」といわれがちな公立美術館でやることに大きな意味があると思いました。

物議をあえて醸すことに意味があると思ったんですけど、物議を醸した結果、企画と全く関係ない人にところまで火花が飛び散るようなことが起きてしまった。その体制を作った責任というのは、僕は大きく感じております。

ジャーナリストって個人ですよね。ただ、トリエンナーレってチームワークですので、個人としての思いをチームワークでやろうとしたときには、そのギャップが今回のような物を起こしたと思ってますし、「表現の自由」というのをテーマにした物議を醸すような企画を国際芸術祭というパブリックセクターのお祭りでやること。そのこと自体に意味があると僕は思っていて。

一定の意味があったと思っていますけど、それが、こうしたハレーションを起こしているということも事実。それは自分のジャーナリストとしてのエゴだったのではないかとも、感じています。

【関連記事】

注目記事