『表現の不自由展・その後』に続く扉に数百人の声が貼られた。「あなたは、自由を奪われたことはありますか?」

「日常で感じる不自由を可視化し、扉を開けたい」。「あいちトリエンナーレ2019」参加アーティスト有志が「世界中の不自由の声」を集めるプロジェクトを進めている。
あいちトリエンナーレ2019に参加するアーティスト。(右から)加藤翼さん、村山悟郎さん、ホンマエリさん、毒山凡太朗さん
あいちトリエンナーレ2019に参加するアーティスト。(右から)加藤翼さん、村山悟郎さん、ホンマエリさん、毒山凡太朗さん
KAORI SAWAKI

国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」に参加するアーティストの一部が、中止となった企画展「表現の不自由展・その後」の展示室へ続く扉に、来場者らが日常で感じる「不自由」を記したメッセージカードを貼り付けるプロジェクトを進めている。9月21日にプロジェクトを本格始動し、扉にはすでに600枚以上のカードが貼られ、多くの来場者が足を止めている。

これは、「表現の不自由展・その後」を含むすべての展示再開を求めるアーティストが立ち上げた「ReFreedom_Aichi」が進めている、「#YOurFreedom」と名付けられたプロジェクトだ。「ReFreedom_Aichi」には、国内外のアーティスト40組が賛同している。

カードが貼られている扉の向こう側には、「表現の不自由展・その後」の中止を受けて展示を辞退した「CIR(調査報道センター)」の展示室があり、その先に「表現の不自由展・その後」の展示室が続いている。

「表現の不自由展・その後」の展示室に続く扉の前
「表現の不自由展・その後」の展示室に続く扉の前

 「あなたは自由を奪われたことはありますか?それはどんなものですか?」

 「あなたが日常の中で見つけた差別や偏見、我慢や諦めを強いられた具体的なエピソードを教えてください」

この2つの質問が、日本語、英語、韓国語で書かれたメッセージカードを扉の前に置き、来場者らがそれぞれの「不自由」を記したものを順次貼り付けている。

家庭や友人との関係、学校や会社で感じる我慢やあきらめ、ジェンダーやコンプレックについての差別や偏見……。メッセージカードには、こうした日常の「不自由」が多様につづられている。

日常で感じる様々な不自由や、展示の再開を求める声など、様々な声が集まっている
日常で感じる様々な不自由や、展示の再開を求める声など、様々な声が集まっている

メッセージカードで尋ねる質問は、「表現の不自由」にまつわるエピソードだけに限定せず、あえて、日常で感じる不自由を、自由に書いてもらう形にしたという。

中心となってプロジェクトを進めるアートユニット「キュンチョメ」のホンマエリさんは「『表現の』という言葉を使うと、多くの人が『遠いこと』と距離を感じてしまうと思った。普段みんなが感じる、我慢や差別が、社会の空気となり、民意となり、ルールにまでつながる可能性を可視化させたかった」と狙いを語る。

「表現の不自由展・その後」の展示室に続く扉の前
「表現の不自由展・その後」の展示室に続く扉の前

同じく中心となってプロジェクトを進める加藤翼さんは、「この扉を、プラットフォームにしたい」と語る。

「お客さんだけでなく、アーティストやスタッフ、キュレーターも、空き時間に立ち止まって読んでくれているんですよね。今回、不自由展の中止を通して、立場によって様々な考えの違いがあることが明らかになりました。そうした立場や考えの差異を、あの扉を媒介にしてみんなが共有し、改めて私たちが抱える不自由さについて考える場になっている。オーディエンスが主役となり、こじれた関係性や立場をほぐす場になれば」。

SNSでも、#YOurFreedomのハッシュタグをつけて、体験の投稿を募っている。

「ReFreedom_Aichi」はこのほか、名古屋市内にアーティストと市民が議論をする「サナトリウム」(「療養所」の意味)を設け、有識者らを招いたワークショップを開催している。

加藤翼さんとホンマエリさん
加藤翼さんとホンマエリさん

「表現の不自由展・その後」が中止になって以降、アーティストが一緒に再開を求める声明を出したり、「#YOurFreedomプロジェクト」のように行動を起こしたりした。不自由展の中止と、その後の動きについて、アーティスト個人としてどんなことを思ったのか。加藤さんとホンマさんにそれぞれ聞いた。

■「誤解は解けないままのこともある。でも、そんな時代だからこそ」

加藤翼さんの話

僕は今回、意見の違う人とこそ対話をしなければならないと思いました。共同体の一員として、お互いの何が違うのか、私たちはまず確認作業をしないといけないと思います。

基本的に、美術展におけるアーティストの役割は、その展示空間を制作することであり、展覧会が始まったらその運営については美術館側に託します。でも、オーディエンスの視点で言うと、展覧会の期間中こそが展示空間を見て感じるという体験の時間ですよね。今回は、そうした体験の一つのリアクションとして、抗議や電凸が起きてしまい、「表現の不自由展・その後」が中止となりました。

中止を受けて、僕たちアーティストも展覧会にカムバックし、様々な活動をしているが故に、そこで意見の異なる人とも対話ができています。でも、もともとは美術館に来てくれたオーディエンスに一方的に展覧会を見てもらう、という構造があったと思います。

 

アートは、誰もが心地良いと感じるものではないこともあります。何十年とたたないと理解ができない作品もある。「見てすぐにわからないかもしれない」ということを含んでいるメディアなんです。

でも、それをいくら説明しても、「何でそんなことに税金を使うの?」という疑問が生じることもある。そうした疑問に対して、アーティストや美術館と、オーディエンスとの距離があるまま、「こういうこともアートなんだ」と一方的に言っても、わかってはもらえないと思いました。それをオーディエンスのせいにしてはいけない。

 

「アートとは何なのか」とか、「作品にはこういう意図があります」とか、もうちょっと丁寧に説明しようと、いまみんなで取り組んでいます。だからあらゆる立場の人に一度、サナトリウムに来てもらって、「アーティストが何を訴えかけようとしているんだろう」とか、「何のためにやっているんだろう」ということを感じてもらえたら、と思います。

いまの時代、誤解のある情報が拡散し、解けないまま取り戻せない場合もある。かといって、そのことに臆して自主規制するわけにもいかない。そういう時代に生きている僕らが、どうやって対話の場を作り、議論をしていくのか。時代的にも大事なことだと思ってやっています。

「ReFreedom_Aichi」の公開ミーティングで、あいちトリエンナーレ2019の芸術監督を務める津田大介さんと話す加藤翼さん(左)
「ReFreedom_Aichi」の公開ミーティングで、あいちトリエンナーレ2019の芸術監督を務める津田大介さんと話す加藤翼さん(左)

 ■「たくさんの切実な声が、扉の前に集まったことを忘れない」

ホンマエリさんの話

私は、議論には限界があると考えているので、言葉や理論の応酬が加速して行くのは「まずい」と思いました。そうではなく、感情や身体性を伴う行為を大切にし、抽象性を排除しないこと、むしろ大切にすること、そしてそれに対面することで、人々はもう少し多様性を受け入れることが可能になるのではないかと、私は思ったのです。

 

「#YOurFreedomプロジェクト」で重要なのは、肉筆の身体性と、目の前で不自由が書かれているということです。あの扉の前で、ほとんど全員が足を止めてくれます。「この扉で何が起きているの?」って一瞬でも考えてくれる。不自由展の中止を知らない人も、書かれているものを読んでいくと、頭の中でパズルが完成していくんですよね。なぜ扉が閉じているのか。なぜ不自由展が中止になったのか。さらになぜ自分は不自由をこうむっているのか。「ニュースで報じられる社会問題」としてとらえていたものが、自分の問題につながる場所になっていると思います。

 

私はこの扉の前にずっといるので、長い時間迷いながら、熟考しながら書いている人の後ろ姿を何人も見てきました。私は彼/彼女たちの後ろ姿をずっと忘れないでしょう。この扉が開くことは一つの不自由を突破することになるかもしれない。それはとても大事だけれど、当然全てが解決するわけじゃない。こんなにもたくさんの切実な声が、この扉の前に集まったことを忘れてはいけません。この扉に掲げられたすべての声が、次なる私たちの課題なのです。

朝日新聞によると、「表現の不自由展・その後」の中止をめぐる愛知県の検証委員会の会合が9月25日に開かれ、不自由展について「条件が整い次第、すみやかに再開すべきである」という内容の見解をまとめた。

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