【ブックハンティング】日本が世界の経済政策から学ぶべきことは何か?

本書は、グローバリズムについての誤解を解き、世界が発展し、なぜ日本が停滞しているのかを説得的に説明している。読者は、各国の豊富な政策事例から、日本が何をすべきかを学ぶことができる。

日本ではなぜかグローバリズムは評判が悪い。私はかつて、本書『反グローバリズムの克服-世界の経済政策に学ぶ』(八代尚宏著/新潮選書)でも分析されているTPP(環太平洋経済連携協定)を扱った本のうちで、どれだけが「反」でどれだけが「賛」かを調べたことがある。TPPという言葉が書名に入っている84の本のうち、「賛」は15しかなかった。しかし、トーマス・フリードマンの世界的ベスト・セラー『レクサスとオリーブの木』で、オリーブはローカルな文化、土地、人々の象徴だが、トヨタのレクサスはグローバリズムの象徴である。日本は、グローバリズムの旗手であって、同時に、世界でも反グローバリズムの気分の強い国である。

このような状況に対して、本書は、グローバリズムの効用を分析し、反グローバリズムでは、経済はじり貧になるだけだと説く。ただし、本書は、「反グローバリズム論」がいかに誤っているかを論争的に述べるというよりも、世界の政策事例に学んで、反グローバリズムが誤りであることを示すというものになっている。「世界の経済政策に学ぶ」という副題が本書の内容をより適切に示しているかもしれない。したがって、本書では、著者が2011年に著した『新自由主義の復権』(中公新書)のような爽快さは弱まっている(もちろん、私自身も新自由主義のエコノミストであるので、反新自由主義批判に共感し、爽快さを感じたのだが、反新自由主義論者にとっては苛立つ内容だったかもしれない)。その代わり、本書には世界各国の課題と克服策が多数、紹介されている。世界の優れたものを取り入れることによって発展してきた日本が、経済が停滞し、世界から学ばなくなっている現状での貴重な一覧と言えるだろう。

本書は、グローバリズムに関連した世界経済の共通課題を示した後、各国がこれらの課題にどう対応しているかを説明している。

ドイツの場合、年金給付・医療費・失業給付の抑制、解雇の金銭解決、株式持ち合いの解消などの改革を行った。小泉改革は行き過ぎだったという議論の盛んな日本だが、同時期のシュレーダー首相の改革は遥かに大胆なものであった。

アメリカの格差の原因が移民の受け入れにあるとの説明は、日本の読者には新鮮だろう。移民により低所得の単純労働者が持続的に供給されることは、経済成長率を高めるとともに、熟練労働と単純労働の格差を拡大する。高度成長期の日本では、移民を受け入れなかったので、単純労働の賃金が急騰して所得格差が縮小した時代があったが、これはアメリカでは起こらない。単純労働者が流入する限り、その賃金はいつまでも上がらないことになる。

移民の流入はアメリカの所得格差を拡大することになるが、貧しい国の人々にはチャンスを与えていることになる。日本では原則として単純労働の移民を受け入れていないので、このようなメカニズムでの所得格差の拡大は生じない。しかし、一方で、貧しい国の人々にチャンスを与えていないことになる。一方的に、アメリカの所得格差を断罪することはできない。

世界は、海外からの競争を取り入れて、すなわち、グローバリズムの進展の中に自ら身を投じて、経済を発展させている国が多い。一方、日本においては、海外からの競争で不利益を被る特定の生産者の利益が国民の利益とされて、経済の発展を妨げていることが説得的に示されている。大多数の国民の利益にかなうのは、むしろグローバリズムに参加することである。

本書に疑問を呈するとすれば、グローバリズムの影響を大きく見すぎているのではないかということがある。すべての人々の生活を大きく変えるというのは、むしろ、反グローバリズム論者の宣伝ではないだろうか。世界で何が起ころうが、私たちの日常は、日本人同士がサービスを交換することでなりたっている。経済活動の多くはローカルな世界で行われているのであって、すべてを脅威と感じる必要はない。また、為替政策が雇用を拡大することを強調しながら、為替を動かす金融政策について説明していない点についても少し物足りなさが残った。

本書は、グローバリズムについての誤解を解き、世界が発展し、なぜ日本が停滞しているのかを説得的に説明している。読者は、各国の豊富な政策事例から、日本が何をすべきかを学ぶことができる。

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原田泰

早稲田大学政治経済学部教授。1950年、東京都生まれ。1974年、東京大学農学部卒。経済企画庁、財務省、大和総研などを経て、現職。東京財団上席研究員を兼務。 著書に、『日本国の原則』(日本経済新聞社/第29回石橋湛山賞受賞)、『TPPでさらに強くなる日本』(PHP研究所/東京財団との共著)ほか多数。

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(2014年11月8日フォーサイトより転載)

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