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2015年01月31日 16時14分 JST | 更新 2015年03月31日 18時12分 JST

ギリシャ現地レポート:「破綻国家」を救うのは「EU」か「中国」か

[アテネ発]1月25日に投開票が行われたギリシャ総選挙では、反緊縮派の急進左派連合(SYRIZA)が過半数に迫る勝利を収め、チプラス党首(40)が首相に就任した。欧州連合(EU)による財政再建と構造改革の見直しを求めるチプラス首相は保守政党と「反緊縮」で予想外の連立を組み、EUとの交渉役に反緊縮の最強硬派を充てたため、交渉の難航が予想される。その一方で、人種差別反対を訴えるラッパーが殺害された事件に関連して党首が逮捕された極右政党「黄金の夜明け党」が議会第3党に。ギリシャは再生できるのか、それとも西洋型の資本主義と民主主義は限界に達したのか。現地を1週間近く歩いた。

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総選挙中、熱弁をふるうチプラス氏(筆者撮影)

医療サービスも低下

 マーサ・スタサートゥンさん(26)の瞳はやり切れない悲しみをたたえていた。父、ハーディスさん(62)が1月中旬、2度目の心臓発作を起こして急死したのだ。公立病院を退院した翌日だった。父はカーエンジニアとして働き30年間、社会保険に加入してきた。しかし、世界金融危機に続く欧州債務危機で失業し、猶予期間の1年が過ぎたあと無保険者になった。無保険者の医療費は原則として全額自己負担だ。

 最初の心臓発作を起こして病院に運び込まれた父親に対し、心臓検査を実施した医師は「6日間の入院が必要」という診断を下した。しかし、3日目、「薬を飲んでいれば大丈夫」と言って退院を促した。EU欧州委員会や国際通貨基金(IMF)の再建プログラムでギリシャの医療費に大ナタが振るわれ、131の公立病院は83に、ベッド数は計2000削減された。より症状が重い急患のためベッドを開ける必要が出てきたのだ。あるいは彼は、全額自己負担となる医療費を心配して帰宅を選んだのかもしれない。

 マーサさんはいま母(51)と弟(25)の3人暮らし。家計を助けるため市民支援団体「KIPODA」で働いている。しかし、有給で働ける期間は3カ月。「債務危機で心労が重なり、父が心臓病を悪化させたのは間違いありません。それにしても30年間も保険料を納めたのに肝心なときに十分な医療が受けられないなんて」とマーサさんは声を落とす。

 KIPODAの会長ヴァシリキ・トーダさん(42)は左腕のひじを複雑骨折し、公立病院に駆け込んだ。医師は「3日以内に手術を受ける必要があるが、この病院では1~2週間待ち」と言われ、民間病院でプライベート医療を受けた。手術代は3000ユーロ。ギリシャでの収入は下がっており、月収400ユーロの最低レベルも珍しくない。社会保険に加入していても、公立病院のサービスは悲しいほど低下している。危機の前は、ギリシャの医療サービスは世界11位にランクされたこともあるが、今は47%が「十分な医療を受けられていない」と感じている。世界的な医学雑誌『ランセット』に掲載された論文によると、乳児死亡率は2008年から2年間で43%増え、薬物常習者のHIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染は09年の15人から12年には484人に増えた。

第2次大戦後最悪

 ギリシャの失業率は25.7%。マーサさんの父のような無保険者は100万~200万人に達するという(KIPODA推計)。ギリシャでは失業は文字通り「死」につながるリスクをはらんでいる。

 KIPODAはアテネのペリステリなど3自治体と協力し、食料や衣料、薬品の無料提供を行っている。有給職員はマーサさんら35人、ボランティアはトーダ会長ら20人だ。01年に設立され、洪水や火災などの被災者を支援してきたが、11年から貧困対策としてソーシャル・ファーマシー(薬局)、ソーシャル・キッチン(食堂)、ソーシャル・グロッサリー(食料品店)を始めた。ソーシャル・ファーマシーではボランティアの医師が処方箋を書いてくれる。登録すれば、いずれも無料で支援が受けられる。

 ユニークなのは「バンク・オブ・タイム」と呼ばれる試みで、英語教師、ベビーシッター、会計士らが登録し、通貨ユーロを介さず「労働の物々交換」を行っている。こうしたプログラムは全国に広がっている。

 借金の返済にあえぐギリシャには強すぎるユーロを手にできなくなった人々があふれている。債務危機後の13年、電気・ガス料金の未納者25万世帯に対し、エネルギーの供給をストップ。違法に電気供給を再開させる「盗電」を手助けする支援団体もあった。その冬、火おけで暖をとっていた13歳の少女が一酸化炭素中毒で死亡するなど10日間で4人が死亡。供給停止は「あまりにも非人道的だ」として解除された。「第2次大戦以来、最悪の状況です。ギリシャで生きる人たちを助けるために闘うのが私たちの仕事」とトーダ会長は自分を鼓舞するように語った。

 単一通貨とドイツが主導する緊縮策は、物価と賃金が下がり続け、経済が縮んでいくデフレ不況にギリシャを追い込んでいる。25%以上なくなった国内総生産(GDP)の縮小がようやく止まり、観光客が少しずつ戻ってきたとは言え、その恩恵が下流階層に届くのはいつの日か。そうした絶望感が10年前には得票率が3%余りに過ぎなかったSYRIZAを政権に押し上げた。しかし、ギリシャが抱える問題はそれだけではないのだ。

人種差別による暴力事件

 にぎわいを取り戻した繁華街の裏通りを夜歩くと、暗闇の中で不気味なグループがうごめく。不法移民が薬物を密売しているという。中東・アフリカから欧州への玄関口になるギリシャには難民や不法移民が大量に押しかけている。EUの不法移民の8~9割はギリシャ経由。EUルールで難民や不法移民は、その後に移動しても、最初に到着した国に戻される。ギリシャ国内の不法移民は50万人とも言われている。

 中東の民主化運動「アラブの春」が引き起こしたリビアやシリアの内戦で難民が激増した。ギリシャは財政難にもかかわらず不法移民の流入防止のため13年には6300万ユーロを支出しなければならなかった。国際人権団体アムネスティ・インターナショナル・ギリシャ事務所のギオロゴス・コスモポウロス所長は「これは欧州の問題。だから欧州としての対応が求められる」と言う。しかし臭いものにはフタで、対応をギリシャ一国に押し付けているのが現実だ。だからギリシャ当局の取り扱いも次第にひどくなる。この2年間、ギリシャが子供や女性のシリア難民をトルコに押し返すケースが目立つ。ギリシャは他人に手を差し伸べる余裕を失ったのだ。

 他の人権団体が13年にギリシャで起きた人種差別による暴力事件166件の犠牲者320人から聞き取りを行ったところ、143件が移民や難民に向けられた暴力だった。バングラデシュ系の被害者が164人、アフガニスタン系が51人、パキスタン系が11人......。ラッパー殺害事件で「黄金の夜明け党」の党首ら数十人が一斉に逮捕されたあと、人種差別に基づく暴力事件は激減したという。

 コスモポウロス所長は「軍のユニフォームや、黄金の夜明け党のシンボルをつけたグループに襲われたと犠牲者たちは証言している」と話す。フラストレーションは一段と立場が弱い難民や不法移民にぶつけられる。人種差別による暴力事件で数十人が起訴された極右政党から総選挙で17人もの当選者が出ること自体、ギリシャの壊れ方の凄まじさを物語る。

中国との蜜月

 しかし、ギリシャで1カ所だけ急激な成長を遂げている地域がある。コンテナの取扱量で世界6位の中国営海運会社コスコ・グループ(中国遠洋運輸集団)が08年に49億ユーロを投資して35年の運営権を獲得したピレウス港のコンテナ埠頭。コンテナ船だけでなくフェリーやクルーズ船も発着するピレウス港周辺は、車が激しく行き交うなど、アテネ中心部以上の活況を呈する。

 コスコの子会社ピレウス・コンテナ・ターミナル(PCT)。約1100人がターミナルで働くが、中国人は最高経営責任者(CEO)ら7人だけ。前出のマーサさんの知人はPCTで日給58ユーロもらっている。現在のギリシャではかなりの厚遇だ。中国人幹部とギリシャ人社員の会話もなごやかに見えた。

 昨年6月、中国の李克強首相がギリシャを訪問、サマラス首相と会談した際、海運やエネルギーなど約20分野の経済協力で一致し総額65億ドルの契約を結んだ。李首相はピレウス港のコンテナ埠頭も視察した。債務危機で中国がギリシャの国債購入を表明して以来、ギリシャと中国の蜜月は続いている。その象徴がピレウス港だ。

 PCTは2つの埠頭を運営しており、拡張工事でコンテナの取扱量は685個(TEU=20フィートコンテナ換算)から480万個へと飛躍的に増えた。「将来は620万個まで増やす。港とチェコなど中欧を結ぶコンテナ列車は今は週に3~4本しか運行していないが、毎日走らせるようにしたい」とタソス・ヴァンヴァキディス広報責任者は意気込んだ。

 鉄道や道路など中欧への物流インフラは十分に整備されていないが、ピレウス港からだと、オランダ・ロッテルダム港、ドイツ・ハンブルク港などを経由するより10日間短縮できる。中国はこの地域の物流を一変させるかもしれない。アテネ国際空港、鉄道、カステリ空港(クレタ島)などの民営化計画にも関心を持っているが、SYRIZAのチプラス首相は国有資産の売却には否定的だ。

 ギリシャ経済をよみがえらせるのは、中国の国家資本主義か、それともドイツ型の均衡財政と構造改革か。ピレウス港のコンテナ埠頭で唸りを上げるクレーンを見上げていて、問われているのはギリシャではなく欧米型の資本主義と民主主義のような気が強くした。

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中国企業が運営権を持つピレウス港のコンテナ埠頭(筆者撮影)

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木村正人

1961年大阪府生れ。84年京都大学法学部卒業後、産経新聞社に入社。大阪府警・司法キャップなど、大阪社会部で16年間事件記者を務める。2002-03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員、07年からロンドン支局長。12年7月独立し、ロンドンを拠点に活動するフリージャーナリストに。日本国憲法の改正問題(元慶応大学大学院非常勤講師=憲法)や日英両国の政治問題、国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。公式サイト「木村正人のロンドンでつぶやいたろう」

http://kimumasa2012london.blog.fc2.com/

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(2015年1月30日フォーサイトより転載)