「集団的自衛権」では壊れない「自公一体化」の見取り図

6月25日の時点、いやもっと前の時点で、すでに自公両党は「実質合意」に達していたのだ。もっと分かりやすく言えば、近日中に集団的自衛権の行使を認める何らかの合意に達するということを「実質合意」していたことになる。
時事通信社

政府は7月1日に臨時閣議を開催し、従来の憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認することを決定した。その内容は戦後の日本の安全保障政策を大転換するものだと言っていい。この結論には自民党内部からさえ異論が噴出した。だが、安倍晋三首相はもともと「戦後レジーム(戦後体制)からの脱却」を掲げてきた。国際標準に合わない日本の戦後の安全保障体制を変更するという結論は、安倍首相が率いる自民党としては当然の帰結だった。

■「実質合意」を全面否定

しかし、「平和の党」を前面に掲げてきた公明党はそういうわけにはいかない。閣議決定後も支持母体である創価学会内部には批判的な声がくすぶっている。決定からさかのぼって6月25日、一部のマスコミが、自公両党は集団的自衛権の行使を容認することで「実質合意」したと報じた。この時の公明党幹部のあわてぶりが創価学会および公明党内部の世論を如実に物語っている。

この日、衆院議員会館で開かれた公明党外交安全保障調査会と憲法調査会の合同会議の冒頭、集団的自衛権問題に関する自民党との交渉窓口役だった北側一雄副代表はいきなり弁解を始めた。

「おはようございます。本日の報道で『実質合意』なんて見出しで記事が書いてありますが、そういう事実はまったくございません! まったくございませんので今日、これからご議論いただくものは自民党の提案を持ち帰ってきたものです。自民党もそのように認識しています」

要するに、公明党は自民党の提案を受け取ってはいるものの、了承はしていないのだと言いたいわけである。この会合の直前、北側氏は自民党の交渉窓口役である高村正彦副総裁に電話をかけている。

「高村さん。『実質合意』と新聞に書かれているが、合意してませんからね」

高村氏も公明党に気を遣っており、周囲の記者団に向かって報道内容を一応否定した。

■連立解消は望まず

だが、その6日後の7月1日には、安倍晋三首相と公明党の山口那津男代表が会談して、集団的自衛権行使で合意に達している。その合意内容は6月25日の時点に両党が協議していたものと比べると若干の変更点はあるものの、大筋ではほとんど同じものだと言ってもいい。

つまり、6月25日の時点、いやもっと前の時点で、すでに自公両党は「実質合意」に達していたのだ。もっと分かりやすく言えば、近日中に集団的自衛権の行使を認める何らかの合意に達するということを「実質合意」していたことになる。合意内容うんぬんではなく、近く「合意」という結論を出すことで合意していたのである。

こうした一連の動きから分かるのは、今回の閣議決定までに長い期間を要した最大の原因は、自民党による公明党への説得作業ではないという点である。むしろ、公明党が党内部および創価学会を説得するのに時間がかかったというのが事実に近い。だからこそ、説得している最中の「実質合意」報道に対して、北側氏はあれほど神経をとがらせたのである。

それほど党内調整が難航するならば、連立政権からの離脱も覚悟の上で、党内意見を押し通すという選択肢も公明党にはあったはずだ。

だが、そうしなかった。なぜなら、党内も創価学会も連立解消を望んでいないからだ。

■「長年の風雪」

7月1日付の産経新聞に掲載されている記事によれば、同紙の世論調査では公明党支持層のうち、集団的自衛権行使に賛成する回答が反対する回答をわずかに上回っているとはいえ、ほぼ拮抗している。しかも、推移を見ると、賛成が徐々に減り、反対が徐々に増えている。

その半面、公明党支持層に自民党との連立政権維持の是非を尋ねた設問では、なんと83.3%が自民党の連立相手には公明党こそふさわしいと答えている。安倍首相が推進する集団的自衛権行使には賛否両論があるものの、自民党との連立を解消することにはほとんどの公明党支持者が反対なのである。

集団的自衛権の行使容認に関する7月1日の閣議決定に先立ち、安倍首相は公明党の山口那津男代表と会談した。その冒頭、安倍首相は次のように発言した。

「自民党と公明党は長年の風雪に耐え、強固な連立のもと、これまでも意見の異なる課題でも徹底的に話し合い、そして国家国民のため、大きな結果を残してきました」

「長年の風雪」という言葉は、自公両党が乗り越えてきたこれまでの苦難を振り返ったものだろう。1990年には、自衛隊の本格的な海外派遣への道を開いた国連平和維持活動(PKO)協力法案をめぐって、国会は大混乱に陥った。社会党が牛歩戦術で猛反対し、徹夜につぐ徹夜の国会採決が続く中、それ以前は自衛隊の海外での活用に比較的慎重だった公明党は苦渋の決断で自民党、民社党と足並みをそろえて、法案成立へと導いた。

また、民主党が政権の座についた2009-2012年の約3年間を除いて、自公両党は1999年から一貫して連立を組んで政権を守ってきた。その間、両党の選挙協力は進み、一部の選挙区を除けば、たとえば衆院選で公明党が候補者を擁立した選挙区では、自民党が候補者を立てない、その他の選挙区では公明党支持者は自民党候補に投票するというような緊密な協力関係を築いた。良いか悪いかという価値判断は別として、両党はもはや切っても切れない関係にある。

■創価学会の集票力

安倍首相が進める集団的自衛権行使容認や憲法改正などの政策については、日本維新の会やみんなの党の方が自民党に距離が近い主張を展開している。また、政策的に自民党ともっと近いのは、日本維新の会の分党後、石原慎太郎、平沼赳夫両衆院議員らが発足させる「次世代の党」である。だが、これらの政党との選挙協力について、自民党は慎重である。

「石原新党(次世代の党)には限らないが、いろいろな政策の連携は当然求めていくのだけれども、それと選挙は別だ。自民党で今、議席を得ている人、あるいは前回選挙で議席を得られなかった人、そういう人たちの当選を期すのが自民党である。他党と連携するのと選挙協力はあくまで別物だということだ」

石破茂・自民党幹事長は6月5日、他党との選挙協力について記者団に対してこのように語っている。自民党とどれほど政策的主張が近い政党があったとしても、選挙においては自民党候補が優先するという。当然である。ただ、公明党は他の野党とは違って別格の存在なのである。

その理由のひとつは、公明党には磐石な支持基盤である創価学会があり、その集票力が自民党にも利益をもたらすという点である。日本維新の会やみんなの党にはそうした固い支持層がない。かろうじて民主党には労働組合・連合という支持団体があるが、創価学会ほど強力ではない。

■「野党再編」海江田氏への批判

一方、野党では日本維新の会と結いの党が合流し新党結成を目指している。その上で、民主党も巻き込んだ野党再編を狙っている。

そうした流れに乗ろうというのか、それとも牽制のつもりなのか、民主党の海江田万里代表は6月に入って、野党首脳と次々と会談した。だが、維新の会と結いの党は、こうした動きについて、海江田氏との会談から10日ほどが経過したのち、批判に転じた。

6月17日、維新の会の松野頼久・国会議員団幹事長は海江田氏の動きを、記者団に向かって次のように批判した。

「いろいろ党首会談をやられているようだが、アリバイ作りではなく本当に実のある会談をしていただきたい。たとえば私との先日の会談では、行革チームを一緒にやりましょうと提案したが、その後、まだ返事はまったくない」

さらに、松野氏は続けて、「他党のことだが、一強多弱の状況で果たしていいのか冷静に考えていただきたいと思う。できれば再編して一強多弱状態に終止符を打ってもらいたい。そのためには野党第一党の民主党にリーダーシップを発揮していただきたい」とも述べた。要するに、海江田氏に指導力がないから、野党再編が進まず、自民党の一党支配を許していると言いたいようである。

この直後、結いの党の江田憲司代表も国会内で記者会見して次のように述べた。

「6月6日に海江田代表の求めに応じて会談して2幹2国(両党の幹事長、国対委員長会談のこと)と政調会長を入れて来週からでも政策協議を始めると約束したにもかかわらず、この時点でまったく何の呼びかけもない。何のためのトップ会談だったのか」

裏で示し合わせたのか、あるいは期せずして同じタイミングとなったのかは不明だが、両党幹部が同時に海江田氏批判を始めたのは実に興味深い。

民主党では、党内から海江田氏の代表辞任を求める声が強まっている。松野、江田両氏の海江田氏批判は、民主党内のそうした声に呼応したものともみられる。つまり、海江田氏が野党第一党の指導的立場にいる状態では、野党再編は進まないし、結果的に一強状態の自民党に対抗できないと、両党は判断しているのだ。

■総選挙「10月26日」情報

一強多弱状態を解消するためだというのが野党再編の大義名分である。ただ、仮に共産党まで含めて野党が大同団結したとしても、野党の議席の総数は変わらない。自民党と公明党を合わせた与党が325議席、野党全体で143議席、議長、副議長を含む無所属議員が12議席。現状では与党が野党に大差をつけている。野党再編が成就したと仮定しても、「一強多弱」が「一強一弱」になるだけである。

そんな状況にあることは野党幹部も重々承知しているはずだが、それにもかかわらず野党再編を目指すのは、次の衆院選を視野に入れているからだ。当たり前の話だが、現在の議員数の勢力分布を一強多弱状態ではなく、与野党伯仲状態や与野党逆転状態に持ち込むためには、自民党を分裂させるか、次の衆院選で野党が勝利するしかない。自民党分裂は今のところあり得ないので、残る選択肢である衆院選勝利が野党の最大の目標ということになる。

衆院議員の任期は4年間。一昨年の衆院選から数えて、現職議員の任期は2016年12月までである。だが、衆院には任期途中での解散という制度がある。任期の半分の2年が経過すると、そろそろ選挙が近いと考えて、多くの議員が浮足立ってくる。今回はまだ任期の1年半しか経過していないが、今年末には2年がたつ。

さらに、不気味な年内解散情報も飛び交っている。9月29日に臨時国会を召集して集団的自衛権関連法案の審議を開始する。野党の強い抵抗があれば、ただちに衆院を解散して総選挙で国民の信を問う。投票日は10月26日だという。

この情報は、野党の抵抗を抑え込むために、選挙を嫌がる議員心理を利用した安倍内閣の情報戦略ではないかとの見方もある。だが、政界にハプニングはつきもの。あるかないかは分からないけれども、政界には「常在選挙(選挙が常に在る)」という言葉がある。早期解散・総選挙なんてあり得なかったとしても、一応の準備を整えておかなければならない。

振り返ってみれば、自民、公明両党が連立政権維持のためにこれほど丁寧に集団的自衛権問題を処理したのも衆院選を見据えてのことである。選挙に向けて自公関係を崩すわけにはいかないからだ。ひるがえって、野党が再編を急いでいるのも衆院選向けである。一刻も早く自民党と対抗できる態勢を構築しなければならないと焦っているのだ。与野党は近いか遠いか分からない将来の衆院選に向けて、大急ぎで準備作業を開始した。通常国会が閉会して、そのピッチはさらに加速していくことになるだろう。

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(2014年7月3日フォーサイトより転載)

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