朝鮮半島「4月危機」騒乱(5・了)トランプ発言「米朝首脳会談」の意味 平井久志

朝鮮半島情勢は、北朝鮮が6回目の核実験やICBM発射実験といった、限度を超えた挑発に出るのではないかという憂慮が高まり、国際社会の関心を引いた。

朝鮮半島情勢は、金日成(キム・イルソン)主席誕生105周年、人民軍創建85周年を迎えた北朝鮮が、6回目の核実験やICBM発射実験といった、限度を超えた挑発に出るのではないかという憂慮が高まり、国際社会の関心を引いた。

この「憂慮」の原因をつくっているもう1つのファクターが、トランプ米大統領だ。何をするか分からないトランプ大統領が北朝鮮への軍事行動を取るのではないかという懸念が広がった。

常識的には、朝鮮半島での軍事行動は一気に全面戦争に拡大する危険性が高く、その場合は韓国や日本が大きな被害を受けるために、あり得ないシナリオだ。しかし、米朝両首脳とも予測が難しい指導者だけに、「まさか?」が「もし?」に変わり、偶発的な衝突が思わぬ衝突に拡大する危険性が潜在している。

北朝鮮政策が米国の優先課題に

とりあえず「4月危機」は何事もなく過ぎたが、北朝鮮は核やミサイルによる挑発を止める姿勢を見せず、米原子力空母カール・ビンソンや米原子力潜水艦ミシガンが朝鮮半島周辺に配置され、軍事的に厳しい対峙が続いている。このままでは「4月危機」が「5月危機」に連動していく可能性が高いとみられた。

しかし、北朝鮮はトランプ政権を相手にした瀬戸際作戦で、北朝鮮問題を米国の優先課題にすることには成功した。北朝鮮はオバマ政権の「戦略的忍耐」政策のもとでは、米国を北朝鮮の方へ振り向かせることができなかった。

しかし、今や、トランプ大統領にとって北朝鮮が「解決しなければならない問題」のトップクラスに位置付けられたのは間違いない。米国をふり向かせた点では、金正恩党委員長の瀬戸際作戦は成功を収めているのかもしれない。問題はそれが解決に向かうのか、破局に向かうのかである。

足元を見ている北朝鮮

トランプ大統領は最近、「習近平国家主席が好きだ。彼も私を好いてくれていると信じる」と習近平主席への信頼を声高に語っているが、それは一種の「褒め殺し」のようなニュアンスととれる。トランプ大統領は「北朝鮮に大きな力を持っている習近平主席は、高まっている緊張を緩和しなければならない」「中国は為替操作国ではない」と語り、北朝鮮問題を解決してくれるなら、為替問題は目をつむる姿勢を見せた。4月初旬の首脳会談以降、米中間では首脳レベル、外交責任者レベルで気軽に電話会談が行われ、異様なくらい意思疎通を図ろうとしている。

ところが習近平主席にとっては、重荷を背負ったようなものだ。秋には党大会を控えているだけに、朝鮮半島での戦火はもちろん、緊張が高まっても困る。朝鮮半島で有事が起きれば、大量の難民が中国に流れ込むことは確実だ。朝鮮半島情勢は中国の内政・外交の安定と直結している。

しかし中国は北朝鮮に対し、それほど影響力があるわけではない。中国は朝鮮民族がいかに扱いにくい民族か、歴史的に分かっている。逆に北朝鮮は、依然として中国には緩衝地帯としての北朝鮮が必要なのだと足元を見ている。

「正しい筆」というペンネーム

この「4月危機」の基本構造は北朝鮮、米国、中国のせめぎ合いだ。米国は軍事行動をちらつかせながら北朝鮮を極度に圧迫している。北朝鮮はハリネズミのようにこれに対抗する姿勢を見せながら、体制の生存を図っている。その2者の対立の狭間にあるのが中国だ。米国は「お前の弟分だろう。何とかしろ」と圧力をかけてくる。しかし、北朝鮮は兄貴分の言うことを聞くような国ではない。この兄弟分は元々の関係では、それほど仲は良くない。

米中対立の中で、それが中朝関係に飛び火している。

中国の商務省と税関総署は2月18日に、北朝鮮からの石炭輸入を今年いっぱい停止するとの公告を出したことから、それは始まった。

これに対し『朝鮮中央通信』は2月23日に「チョン・ピル」という個人名で、「汚わらしい処置、幼稚な計算法」というタイトルの論評を配信した。

この論評では、口を開く度に「友好的な隣国」と言っている国が、国連制裁を口実に「人民生活向上に関係した対外貿易も完全に遮断するという非人道的な措置をためらいもなく行っている」と、国名を挙げないながら中国を批判した。さらに「仮にも大国を自認するが定見もなく米国に踊らされ、自らの汚わらしい処置はわが方の人民の生活に影響を与えようとするものでなく、核計画を防ぐためのものだと弁明している」と指摘した。

『朝鮮中央通信』は4月21日にも「チョン・ピル」の「他国の笛に踊らされるのがそんなにいいのか」と題した論評を配信した。

この論評も、中国という名指しは避けて「周辺国」と表現しながら、北朝鮮の核・ミサイル開発を認めない中国を批判し、「もし、彼らがわれわれの意志を誤って判断し、誰かの拍子に引き続き踊らされながらわれわれに対する経済制裁に執着するなら、われわれの敵からは拍手喝采を受けるかもしれないが、われわれとの関係に及ぼす破局的結果も覚悟すべきであろう」と威嚇した。

『朝鮮中央通信』の日本語版では、「チョン・ピル」の漢字表記を「正筆」としている。実際の名前でなく「正しい筆」という意味のペンネームとみられる。

中朝関係の「事件」

中国の『環球時報』はこれまで、中国当局が公式には表明できない踏み込んだ主張をする役割を演じてきたが、今回もかなり踏み込んだ主張をした。

『環球時報』は4月22日付の社説で、「中国が朝鮮をいくら説得しても、朝鮮は聞こうとしない」とした上で、「朝鮮が6回目の核実験をする状況になれば、中国は原油供給を大幅に縮小する」と主張した。

さらに、「米国がそれらの(核・ミサイル)施設に外科手術的(軍事的)攻撃をしても、外交的手段を通じて抑制には出るが、軍事介入はしない」「ワシントンは朝鮮がソウルに報復攻撃をするリスクを十分に考えなければならない。このリスクは米韓にとって耐えがたいほど重いものになるだろう」とした。米国が核施設を攻撃しても、中国は外交的な抑制だけで軍事介入はしないという指摘は、かなり衝撃的であった。これは米韓への警告であると当時に、北朝鮮への警告でもあろう。

『環球時報』はその上で、「米韓の軍隊が38度線を越えて北朝鮮を侵略、北朝鮮政権を転覆しようとした時は中国が軍事的介入に乗り出す」とした。核施設などへのピンポイント攻撃では軍事介入しないが、金正恩(キム・ジョンウン)政権を転覆するような米韓の軍事攻撃には軍事介入を辞さない、という指摘だ。

もちろん、『環球時報』の報道は中国当局の正式なコメントではないが、朝鮮半島情勢への中国の微妙な立ち位置を示している。中朝両国は1961年に中朝友好協力相互援助条約を締結しており、その第2条には、「締結国の一方がある1国、あるいは数カ国連合の武力攻撃を受け、戦争状態に陥った場合は、他の締結国は直ちに全力を挙げて軍事およびその他の援助を与える」という自動介入条項がある。中朝間が冷却化し、この条約は死文化しているという指摘もあるが、条約は法的には今も有効である。

さらに『環球時報』は4月24日付社説で、北朝鮮の核を容認することはできず、6回目の核実験を行えばすぐに原油の供給が制限されると指摘した。『朝鮮中央通信』の2度にわたる中国批判はかつてないほど激しいもので、中朝関係の「事件」だと指摘した。だが、その上で「中国は断固として国連安全保障理事会の決議を履行すべきだ。(北朝鮮を)相手にするな」と主張した。

鍵は「中国」と「韓国新大統領」

こうした中で、米国のトランプ政権は4月26日、見直しを進めていた北朝鮮政策について、ホワイトハウスで上院議員100人を相手に説明を行った。その上で、ティラーソン国務長官、マティス国防長官、コーツ国家情報長官による共同声明を発表した。

トランプ政権は2月中旬から進めていた北朝鮮政策の見直しを「最大限の圧力と関与」としてまとめたが、その詳細を議会に説明したものだ。

新たな政策は、経済制裁の強化や外交攻勢で北朝鮮への圧力を強め、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄するような「対話の道に連れ戻す」との姿勢を示した。

共同声明は、「米国は朝鮮半島の平和的な非核化を求める」「同盟国である韓国と日本との密接な連携を維持する」とした。

トランプ政権は外交解決を優先させる姿勢を示しながら、軍事的な対応には触れなかった。軍事的な対応を取る可能性があるのかないのかは、依然として曖昧なままだ。

米国は北朝鮮に圧力をかけるために、軍事的な対応を排除することを明確にはしないとみられるが、実際には北朝鮮への軍事攻撃は、韓国や日本への報復攻撃の可能性を考えればたやすいことではない。特に膨大な被害が出ることが予想される韓国が同意するはずがない。

米国は結局、軍事的な圧迫を含めた「最大限の圧迫」を加えながらも、実際には軍事力行使は控え、経済や外交での圧迫の度合いを強めるしかない。しかし北朝鮮のような閉鎖的な国家が、制裁や外交的な孤立だけで核・ミサイル開発を放棄する可能性は低く、結局はどこかの段階で交渉局面に入るしかないだろう。そうなってくると、ここでも鍵を握るのは中国であり、5月9日に新大統領が生まれる韓国の動向だ。

「解決の鍵は中国の手の中にはない」

中国の王毅外相は4月23日、訪問先のギリシャで朝鮮半島情勢について、「相手に力を見せつけるような言動はもうたくさんだ」と述べた。「解決の鍵は中国の手の中にはない」とも語った。

このつぶやきは本当だろう。北朝鮮は中国の圧力で核・ミサイル開発を止めるような国ではない。

中国が原油供給を全面的に中止すれば北朝鮮経済は音を上げるだろう。しかし、北朝鮮経済が混乱し、難民が発生するような事態になれば、その被害を受けるのは中国である。それは1990年代の「苦難の行軍」(飢饉と経済的困難)時期が実証している。また、原油供給を全面的にストップすれば、中国は北朝鮮への圧迫カードを失い、北朝鮮の恨みを買うだけである。

安保理閣僚級会合でも姿勢の差

国連安全保障理事会は4月28日、北朝鮮の核・ミサイル問題を討議する閣僚級会合を開いた。4月の議長国である米国のティラーソン国務長官は、「北朝鮮による日本と韓国への核攻撃の脅威は現実のものだ」と強調し、北朝鮮への国際的な包囲網構築を訴えた。

これに対し、中国の王毅外相は「中国が問題の中心なのではない」とし、「対話再開を真剣に考える時だ」と訴えた。ロシアのモルグロフ外務次官も「軍事力行使は受け入れられない」と述べた。

結局は国連での閣僚級会合でも、制裁強化を主張する日米韓などと、対話を重視する中ロの姿勢の違いが浮かび上がった。

「半島情勢は1つの峠を越えた」

米韓合同軍事演習に加え、米原子力空母カール・ビンソンの派遣などもあって、「4月危機」が叫ばれた。米朝のチキンレースが続いたが、米韓合同軍事演習が4月30日に終わると、状況転換の兆しが見え始めた。

北朝鮮外務省は5月1日に外務省報道官談話を発表し、「われわれの強力な戦争抑止力によって、朝鮮半島情勢が1つの峠を越えたが、戦争の暗雲が消えたわけではない」と指摘した。

談話は、「朝米間の対決が半世紀以上も続いてきたが、米国の対朝鮮侵略の狂気がこれほど極度に達し、それによって今回のように、朝鮮半島情勢が核戦争勃発間際に至った時は無かった」と振り返りながらも、「1つの峠を越えた」と指摘し、ようやく状況が緩和に向かい始めたとした。

また談話は、「核武力を中枢とする自衛的国防力と核先制攻撃能力を引き続き強化していくだろう。われわれの核武力高度化措置は、最高指導部が決心する任意の時間と任意の場所で、多発的に、連発的に引き続き行われるだろう」としながらも、対話局面への準備に動き始めたことは注目すべきだ。

北朝鮮は、今後の対応は米国次第との条件をつけながら、「わが革命武力の無慈悲な報復意志と無尽莫強の威力を力強く誇示することによって、米国による戦争挑発の凶悪な計画を打ち砕いた」と総括した。米国がまだ空母カール・ビンソンなどを朝鮮半島周辺に配置したままの状況でありながら、勝手に「勝利宣言」して方向転換を示唆したわけである。

「適切な状況なら金正恩と会う」

一方トランプ米大統領からは、北朝鮮のこうした姿勢に呼応するかのような驚くべき言葉が飛び出した。大統領は5月1日、『ブルームバーグ通信』とのインタビューで、金正恩党委員長との会談について、「私が彼と会うことが適切であれば、私は断固として会うつもりだし、それを光栄に思う」「それは、もう1度言えば、適切な状況のもとであれば、私はそうするということだ」と述べ強調した。さらに「大部分の政治家は絶対にそうは言わないだろう。私は適切な環境のもとで、彼と会うだろうとあなたたちに言っているのだ」と付け加えた。

確かに「大部分の政治家」なら、こうした発言は控えただろう。しかし、トランプ大統領は「適切な状況」を条件に付けながら、金正恩党委員長との会談の可能性に言及したのだった。

また大統領は、4月30日には『CBSテレビ』とのインタビューで、「みんな彼のことを『正気なのか』と言っている。私にはまったくわからないが、父親が死んだ時、26か27の若者だった。それですごく若くして権力を掌握した。大勢がおそらく、その権力を取り上げようとしたはずだ。叔父とかそういうほかのいろんな人が。それでもやってのけた。だから明らかに、なかなかの切れ者(pretty smart cookie)だ」と語り、金正恩党委員長を評価した。

「cookie」という言葉は年長者が年の離れた者に使う愛称らしいが、これまで「マニアック」とか「悪い奴」とか言ってきたことと比べると、大きな変化だ。

北朝鮮は、最高指導者を「最高尊厳」と言って最大限に重視する。トランプ大統領のこうした発言は、北朝鮮の心理をくすぐる効果があるだろう。

トランプ大統領は昨年の選挙運動中に、金正恩党委員長と「ハンバーガーを食べることができる」と述べたが、その発言にどのくらい重みがあるのか疑問視されてきた。しかし今回の発言は、北朝鮮問題を最優先課題としているだけに、ある程度考えての上のものとみられる。この発言は「最大限の圧迫と関与」の、「関与」の延長線上の発言とみられる。

整っていない「適切な状況」

しかし、ホワイトハウスはすぐトランプ発言の沈静化を図った。スパイサー大統領報道官は、「北朝鮮の行いに関連し、造成されなければならない多くの条件があり、信頼のよいシグナルが見える前までに多くの条件がある」とし、「現在は明確にそのような条件が整っていない」とした。

共和党のリンゼー・グラム上院議員は、「米国大統領が誰かと会うということは、その人間に究極的には正統性を与えるということだ。世の中からまったく孤立している人物を正当化してはならない」と批判した。

米メディアも「彼が独裁者を称賛し尊敬する姿を示すことは歴史が深い」(『ワシントン・ポスト』)とおおむね批判的であった。特に各メディアは、金正恩党委員長との会談を「光栄」と表現したことに強い拒否感を示した。

トランプ大統領自身も、前述の発言とまったく反対の発言もした。同じ5月1日に『FOXニュース』とのインタビューで、北朝鮮が核弾頭を搭載可能なICBMを保有すれば「私たちは安全ではない」と指摘した。その上で「私はレッドラインを引くことは好きではないが、行動しなければならなければ、行動する」と、北朝鮮への強い姿勢を示した。

米国はこうした強い姿勢の一環として、米韓合同軍事演習が終わったにもかかわらず、5月1日にB1戦略爆撃機2機を韓国上空に飛来させ、韓国軍と共同訓練を行った。

また米国は5月3日、ICBM「ミニットマン3」の発射実験を行った。弾頭を装着していない「ミニットマン3」を、カルフォルニア州の空軍基地から約6760キロ離れた太平洋の目標点に落下させたのだ。4月26日にも「ミニットマン3」の発射実験を行ったばかりなのに、である。

こう見てくると、トランプ大統領は米国の新たな北朝鮮政策「最大限の圧力と関与」の「圧力」「関与」双方を表明したと見える。「アメとムチ」から「ビフテキとハンマー」へとメリハリを付けたことをトランプ流に表現したのであろう。しかし、それでも米朝首脳会談に言及した意味は大きい。

「雙軌併行」と「雙中断」

当事者の北朝鮮と米国が、5月になり微妙な姿勢の変化を見せる中で、朝鮮半島情勢をさらに動かす変数は「中国」と「韓国」だ。

まずは中国である。中国外務省の耿爽副報道局長は5月2日の記者会見で、トランプ大統領が金正恩党委員長との会談に言及したことについて、「できるだけ早期の対話再開に向けて努力すべきだ」と述べ、歓迎する意向を示した。

その中国が、米朝間で対話再開の仲介案として出しているのが「雙軌併行」と「雙中断」である。

「雙軌併行」とは、米国など国際社会が求めている朝鮮半島の非核化への協議と、北朝鮮が主張する平和協定締結への協議を併行して行うというものだ。そのプロセスに入るために、「雙中断」がある。「雙中断」とは、北朝鮮が核実験やミサイル発射実験を中断し、米韓側が米韓合同軍事演習を中断することで、協議の環境を作り出すという提案である。

中国には問題解決の「鍵」はなく、米朝双方が譲歩をして対話に入るべきだ、というのが中国のスタンスなのだ。

現実的には、北朝鮮がすぐに核・ミサイルの廃棄に応じる可能性はなく、状況を動かすには追加的な核実験やミサイル発射を中断する「凍結」しかない。しかし、北朝鮮が「対価」もなく、核実験やミサイル発射の停止に応じるわけはないので、米韓側も合同軍事演習を中止せよということだ。米韓合同軍事演習の中断は、中国にとってもメリットがある。中国周辺での軍事演習は、いつその対象が中国になるとも限らないからだ。

中国は、北朝鮮が6回目の核実験を強行すれば原油提供の削減などの制裁措置を取る、と北朝鮮への圧迫を強化しながら、米国に対しても対話への一歩を踏み出すように説得を続けている。トランプ大統領の米朝首脳会談への言及は、そうした中国の努力への自分なりのシグナルともいえる。

北朝鮮、中国を名指し批判

『朝鮮中央通信』は5月3日夜、キム・チョルという個人名の論評を発表し、中国を名指しで激しく批判した。前述の『朝鮮中央通信』の2つの論評は、中国を名指しすることは避けたが、今回は名指しだった。論評は、中国が米国と同調して制裁を科していることに対し、「朝中関係の根本を否定し親善の伝統を抹殺する容認できない妄動だ」とした。また中国の制裁や、これを正当化する中国のメディアを批判し「朝中関係の『レッドライン』をわれわれが超えているのではなく、中国が乱暴に踏み付けにして乗り越えている」と批判した。その上で「朝中友好がいくら大事だと言っても、核と引き換えにして物乞いするわれわれではない」とし「中国は朝中関係の支柱を折る無謀な妄動がもたらす重大な結果について熟慮した方がいいだろう」と警告した。北朝鮮が対中批判をエスカレートさせたことで、中朝関係はさらに冷却化しそうだ。

「文在寅大統領」なら大転換

もう1つの「変数」は韓国だ。今年に入って朝鮮半島情勢は緊張を増してきたが、大統領不在の韓国はその「競技場」の外にあった。当事者としては我慢ならない事態だ。韓国では「コリア・パス」という言い方で疎外感が出始めている。

韓国大統領選挙の情勢は「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)候補を「国民の党」の安哲秀(アン・チョルス)候補が追撃する形だったが、ここに来て文在寅候補が再び安哲秀候補との差を広げ始めている。安哲秀候補はテレビ討論で失敗が目立ち、安候補に回っていた保守層が、自由韓国党の洪準杓(ホン・ジュンピョ)候補に戻り始めた。その結果、「反文在寅票」が安候補と洪候補に分散し、文在寅候補が相対的に安定したボジションを得つつある。韓国大統領選挙は、「2強」構造から「1強2中2弱」構造に変化しながら、終盤戦に入ろうとしている。

文在寅政権になれば、韓国の対北朝鮮政策は大きく変化する。北朝鮮が6回目の核実験やICBMの発射実験を自制すれば、韓国が北朝鮮圧迫政策から変化を見せる可能性がある。逆に強行すれば、文在寅政権になっても当分は韓国が圧迫政策を転換することは難しいだろう。

文在寅候補は、政権を取れば南北対話を再開するとしており、韓国が日米の対北朝鮮強硬路線から距離を置く可能性がある。日米韓の対北強硬姿勢という現在の構造は変化を余儀なくされる。

北朝鮮は核・ミサイルの開発を続け、核保有国として米国と交渉する姿勢を崩さず、米国は核放棄を認めなければ対話はないという姿勢を堅持している。米朝双方の姿勢の差は大きい。これを解くには、北朝鮮の核・ミサイル開発の凍結しかないとみられるが、北朝鮮は当然その対価を求めるだろう。

トランプ大統領が首脳会談の条件にした「適切な状況」とは何なのかという共通の認識をどうやってつくるかが、当面の課題だ。

朝鮮半島情勢は米朝の厳しい対立構造を基本にしながら、中国の仲裁努力、韓国の新政権がどのような変化を示すかが次の焦点だ。その結果が、当事者である米朝の姿勢変化を生み出し、「適切な状況」をつくることに成功すれば、対話局面が生まれる。だが、それに失敗すれば危機はさらに深まる。

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平井久志

ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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(2017年5月4日フォーサイトより転載)

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