「ネタニヤフ米議会演説」を巡り先鋭化する与野党対立

ウクライナ情勢を巡るロシアとの関係悪化や過激派武装勢力「イスラム国(ISIL)」の台頭をはじめとして、現在、オバマ政権は非常に困難な外交案件を抱えている。

 ウクライナ情勢を巡るロシアとの関係悪化や過激派武装勢力「イスラム国(ISIL)」の台頭をはじめとして、現在、オバマ政権は非常に困難な外交案件を抱えている。そうした中、オバマ大統領が残り2年足らずの任期中に外交分野での「レガシー(業績)」作りとして積極的に取り組んでいる案件として、キューバとの国交正常化交渉とともに、イランとの核交渉を挙げることができる。

■大統領は拒否権発動を明言

 核開発プログラムを巡るイランと「P5+1(国連安保理常任理事国の米英仏中露の5カ国と独)」との交渉は2013年11月に「暫定合意」に達したものの、これまで交渉期限が2度延長され、現在も交渉が継続されている。現在行われている交渉では今年3月24日までに「政治枠組み」に合意し、6月30日までに「包括合意」を締結する取り決めとなっている。

 こうした中、米議会では新たな展開があった。「包括合意」の期限までに合意に達しない場合、イランに対して新たな追加制裁を発動する内容の法案である「2015年イラン核兵器廃棄法(通称、カーク・メネンデス法案)」が、上院銀行・住宅・都市開発委員会(リチャード・シェルビー委員長)で1月29日に賛成多数で可決され、上院本会議での票決のために送付された。今後は、ミッチ・マコネル共和党上院院内総務(ケンタッキー州)の判断で、「包括合意」の期限前に上院本会議での票決を行うことができる。

だが、この法案を共同提出した前上院外交委員長のロバート・メネンデス上院議員(民主党、ニュージャージー州選出)ら民主党上院議員10名は、「政治枠組み」の合意期限である3月24日まではオバマ政権の交渉を見守って票決は行うべきではなく、イラン政府が同期限までに合意しない場合にすぐさま可決すべき、との連名書簡をオバマ大統領宛に先般送付した。

 オバマ大統領は「一般教書演説」の中で、交渉中に法案が成立して追加制裁措置が発動されればイランとの核交渉が決裂しかねないとして、法案が議会で可決されても大統領拒否権を発動する意向を明確にしている。1月6日に招集された第114議会での上院の現有議席は共和党会派54名、民主党系会派46名となっており、大統領拒否権を覆すためには3分の2の67名の上院議員の賛成が必要であるから、共和党議員54名に加えて民主党議員13名の賛成が不可欠となる。こうした観点からも、メネンデス議員らの連名書簡の内容は重要な意味を持つことになるのだ。

■ネタニヤフ首相の「米議会演説」

 オバマ政権と野党共和党との対立は、対イラン追加制裁法案の扱いに止まらない。もう1つの与野党対立の発端は、1月20日に米議会上下両院合同本会議でオバマ大統領が「一般教書演説」を行った直後に起こった。ジョン・ベイナー下院議長(共和党、オハイオ州第8区)が、オバマ大統領の「一般教書演説」終了当日に米議会上下両院合同本会議でイスラエルのネタニヤフ首相に演説してくれるよう要請した事実を公表したのである。すでにネタニヤフ首相は了承しており、イスラム過激派とイランがイスラエルに対して提起している脅威に焦点を当てて演説を行うことにしているという。

 もともとベイナー下院議長は、当初は2月11日に演説を行ってほしいとネタニヤフ首相に要請していた。ところが、ネタニヤフ首相自身が日程の変更を求め、3月3日に行うこととなった。実は、3月1日から3日まで3日間の日程で、米国内最大の親イスラエル・ロビー団体「米国・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」の年次総会に相当する年次ポリシー・コンファレンスがワシントンで開催されることになっている。ネタニヤフ首相は同イベントへの出席を兼ねてワシントンを訪問し、演説を行うことにしているのである。

 だが、このネタニヤフ首相の演説は、ベイナー下院議長からもイスラエル政府からもホワイトハウスに事前の相談や通知もなく決められたため、オバマ政権関係者らは外交儀礼に反するとして強い不快感を露わにした。その意趣返しなのか、ホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)の広報担当官は、ネタニヤフ首相の訪米中にオバマ大統領はネタニヤフ首相とは首脳会談を行わない方針を明らかにした。ただし、同担当官は、首脳会談が行われない理由として、演説の2週間後の3月17日にイスラエルで総選挙が実施されるため、選挙を目前に控えた外国の首脳や候補とは会談しないことがホワイトハウスの慣例だと説明している。

■バイデン副大統領も欠席

 だが、首脳会談が行われないだけではなく、ジョン・ケリー国務長官も会談しない方針が明らかにされ、さらに、上院議長を兼務するジョー・バイデン副大統領も、外遊のためにネタニヤフ首相の米議会演説を欠席することを2月6日に発表した。バイデン副大統領の代わりには、副大統領兼上院議長、下院議長に次いで第3位の大統領継承権者である上院仮議長オリン・ハッチ上院議員(共和党、ユタ州選出)が、ネタニヤフ首相の後ろでベイナー下院議長とともに着席することになる。

 他にも、ダイアン・ファインシュタイン上院議員(カリフォルニア州選出)やジョン・ルイス下院議員(ジョージア州第5区選出)をはじめとする民主党有力議員の間からはこの演説をボイコットする可能性を示唆する発言が相次いでおり、オバマ政権と与党民主党から冷遇された極めて異例の演説となる可能性が浮上してきている。

 ネタニヤフ首相は、イスラエルの生存権を脅かしかねない危険な米国とイランとの核合意締結を阻止するためにあらゆる努力を払うことが自らの責務であると、国内での選挙キャンペーンの中で訴えている。となると当然、米議会での演説もそうした趣旨になると思われる。つまり、イランとの核合意を模索するオバマ政権にとっては、ネタニヤフ首相が演説でイランとの核合意締結に猛反対する議論を展開することは、オバマ大統領の「レガシー」作りに向けた取り組みの妨害活動になるわけだ。

 3月3日にはネタニヤフ首相の演説、その2週間後の17日にはイスラエル総選挙、そして24日にはイラン核交渉の「政治枠組み」の合意期限を迎える。野党共和党が深く関与する形で、イラン核交渉と米・イスラエル関係は、来月、いよいよ重大な局面を迎えることになる。

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足立正彦

住友商事グローバルリサーチ シニアアナリスト。1965年生れ。90年、慶應義塾大学法学部卒業後、ハイテク・メーカーで日米経済摩擦案件にかかわる。2000年7月から4年間、米ワシントンDCで米国政治、日米通商問題、米議会動向、日米関係全般を調査・分析。06年4月より現職。米国大統領選挙、米国内政、日米通商関係、米国の対中東政策などを担当する。

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(2015年2月13日フォーサイトより転載)

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