「改憲と心中」で解散権封印「安倍政権」の憂鬱な未来

安倍政権の終わりが始まったのだろう。7月10日夜、自民党本部で参院選の開票を見守る自民党幹部は、笑顔もそこそこの複雑な表情を浮かべていた。

安倍政権の終わりが始まったのだろう。7月10日夜、自民党本部で参院選の開票を見守る自民党幹部は、笑顔もそこそこの複雑な表情を浮かべていた。

自民、公明両党は選挙区選、比例選とも議席を伸ばし、安倍首相が勝敗ラインに掲げた与党で改選定数過半数の61議席を大幅に上回った。自民、公明両党に、憲法改正を目指す、おおさか維新の会などを加えた改憲勢力としても参院の3分の2に達した。

衆院で3分の2をすでに保持しているのに加え、参院でも3分の2を確保する結果に、テレビの開票速報は「与党大勝」と伝えていた。

しかし、浮かない表情の自民党幹部が注目したのは、選挙区選の自民党が設定した最重点区の結果だった。

最重点区で大きく負け越し

参院選終盤、自民党は党独自の情勢調査によって、最重点区を13に絞った。

僅差で負けている青森、宮城、福島、山梨、長野、三重の6選挙区で逆転を目指しながら、僅差でリードしている秋田、新潟、愛媛、大分と、複数区である東京、北海道、神奈川の2議席目を着実に取りに行く作戦だった。

野党候補に大きくリードされている沖縄、岩手、山形の3選挙区はあきらめた。首相や人気者の小泉進次郎衆院議員らの応援を長野、福島などの最重点区に投入し、「選択と集中」作戦と呼んでいた。

結果は、逆転を目指した6選挙区すべてで敗れ、リードしていた新潟、大分と、北海道の2議席目をひっくり返され、取りこぼした。

最重点区だけの勝敗でみれば4勝9敗。最重点区はもともと接戦区だったところなので、ある程度の負けは予想されたが、大きく負け越すということは想定外だった。

「競り合っていたところでみんな負けた。喜べるような結果ではない」と、ある自民党幹部は打ち明けた。首相も「ここまでやったのに」と、悔しさを周辺に漏らしているという。

「無党派層の支持」で民進の後塵

背景にあるのは、深刻な事実だ。

選挙結果を伝える7月11日付け読売新聞朝刊に興味深い記事が掲載されていた。

投票所で有権者に聞く出口調査で、支持政党のない無党派層に比例選の投票先を聞いた結果、22パーセントで民進党が1位となり、自民党は2位の21パーセントだった。

政権を奪還した2012年の衆院選以来、13年参院選、14年衆院選と、自民党が無党派層の投票先で民主党に負けたことはなかった。

民主党政権の失敗により、本来なら野党に行きがちな無党派層の支持も取り込んできたことが、国政選挙3回連続圧勝の原動力となっていた。今回の参院選で、その「勝利の方程式」が崩れたことになる。

参院選で自民党の獲得議席は追加公認を含めて56議席にとどまった。57議席獲得で1989年の参院選大敗で失った参院単独過半数を回復できたが、1議席及ばなかった。

公明党が自民党単独過半数を嫌い、最終盤、自民党候補を支援する公明票の足が止まったという見方が自民党内に出ている。いずれにしても、ここまで首相が4連勝してきた国政選の流れは今回の参院選で変わり、次の衆院選は厳しくなるだろう。

都知事選での「小池氏の反乱」

そして、参院選が終わるやいなや、安倍政権を揺るがすような波乱が、すでに始まっている。

政治資金などを巡るスキャンダルで舛添要一前知事が辞任に追い込まれ、参院選と同時進行になった東京都知事選だ。候補者選びで、自民党都連の反対を振り切り、小池百合子元防衛相が出馬を強行したことから、自民党は分裂選挙を余儀なくされた。

報道各社の情勢調査では、野党統一候補でジャーナリストの鳥越俊太郎氏や、自民、公明両党推薦の増田寛也元総務相を、小池氏がリードしていると伝えられている。

小池氏は「自民党都連はブラックボックス」と批判しており、「都議会冒頭解散」を提唱している。「外務省は伏魔殿」というキャッチフレーズで外務省の機密費流用事件に取り組むことをPRしようとした田中真紀子元外相をほうふつさせる。

田中氏は人事課に籠城して自分の気に入らない課長を首にしようとするなど、外務官僚と大立ち回りをするパフォーマンスを演じ、世論からも「真紀子さんをいじめるな」と支持された。

しかし、肝心の外交が機能不全に陥ってしまったため、当時の小泉首相に更迭された。小泉内閣の支持率は急落したが、小泉首相の電撃的な訪朝により、V字回復した。

「反安倍」勢力の仕掛け?

小池氏が都知事選で勝利すれば、都議会との対立は決定的になるだろう。知事に都議会を解散する権限はない。

知事の不信任が成立した場合には10日以内に議会を解散することが地方自治法で認められているが、議会がすぐには不信任案を出さず徹底抗戦の構えを見せれば、対立は長期化し都政が混乱するのは必至だろう。

2020年東京五輪・パラリンピックの準備にも支障が出かねず、政権としても関与せざるをえない事態になることも考えられる。しかし、首相に知事を更迭する手段はなく、仮に小池氏が辞任に追い込まれれば、与党の自公が悪者となり、内閣支持率にも影響が出るかもしれない。

首相は外交では日露首脳会談で北方領土問題の前進を図ることで政権の求心力を高めることを狙っていると言われている。

しかし、欧米を敵に回しながら、クリミア併合を既成事実化してしまったプーチン大統領を相手に厳しい交渉が予想され、北方領土返還に向けて成果を得られる見通しは立っていない。

小池氏の「反乱」は、ポスト安倍に向けた党内の反安倍勢力が仕掛けたものという見方も浮上している。

小池氏は第1次安倍内閣の首相補佐官、防衛相だったが、2012年の自民党総裁選では石破茂地方創生相を支持し、石破派に近い。

都知事選では石破派の若狭勝衆院議員が「除名できるなら除名してみろ」と党本部を挑発しながら、小池氏を支援しており、自民党幹部によると、石破派議員の秘書も小池選対に出入りしているという。

石破氏は近く予定される内閣改造で閣外に転じ、次期総裁選に向けて反安倍路線で動き出すとも言われており、その号砲となったのが、小池氏の反乱というわけだ。

衆院を解散できない理由

首相は参院選前の6月1日、国会閉会時の記者会見で「衆院解散・総選挙について、頭の中をよぎったことは否定しない」と語った。

首相が解散について公言するのは異例のことだ。国会閉会日に衆院を解散し、衆参ダブル選にしなかったことに未練があったのだろうとの見方が専らだ。

首相は2018年9月に自民党総裁の任期満了を迎える。党則では総裁は「2期6年まで」と定められている。

ただ、党内には党則を改正して、総裁任期を延長する任期延長論も出ており、首相が衆院を解散してダブル選を断行し、衆参で大勝したなら、総裁任期を延長して3選を確実にしていただろう。

そのために、首相は伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)の成功や、オバマ米大統領の広島訪問など、歴史に残るような業績作りに努力し、サミットぎりぎりまで解散を考えていたのだ。だが結局、ダブル選は見送られた。

参院選では、改憲勢力が3分の2を超え、衆参で憲法改正を発議する条件が整った。こうなると、憲法改正を念願とする首相が、衆院で3分の2を失う可能性のある、衆院解散に踏み切ることは難しくなる。

首相の掲げるアベノミクスの展望は厳しく、景気が回復する見通しは立たない。

参院選で示されたように、次の衆院選は厳しくなるとみられており、北方領土問題の前進のようなよほどの好条件が整わなければ、憲法改正を発議できる3分の2の議席をなくす可能性のある解散には踏み切れない。このままいけば、18年9月の総裁任期満了を迎え、政権の幕引きを図ることになるだろう。

政権運営はさらに厳しく

首相は衆参の憲法審査会で改正案の取りまとめに向けた議論に入ることを指示している。18年9月までに改憲に慎重な公明党も同意できる改正案を作り上げ、国民投票を実施しなければならないからだ。

国民投票の準備にかける時間などを考慮すれば、残された時間はそう長くはない。

もっとも、6月に英国で実施された、欧州連合(EU)離脱の是非を問う国民投票の結果、キャメロン首相が辞任に追い込まれたことを考えれば、憲法改正案の発議には慎重にも慎重にならざるを得ないだろう。

国民投票で否決されれば、憲法改正の道は閉ざされ内閣総辞職は避けられないからだ。

これまで「安倍一強」を支えた無党派層の離反は、参院選で見え始めた。それは都知事選で、さらにはっきりとするだろう。

衆参で憲法改正に必要な3分の2の議席を維持するため、解散権は事実上、封印される。参院での3分の2を維持するためにはおおさか維新などの野党勢力も取り込まなければならず、政権運営はさらに難しくなる。

そもそも憲法改正という歴史的偉業を成し遂げるためには、政権と引き換えにすることも覚悟の上なのかもしれない。安倍政権は2年後の終幕に向けた道のりを静かに歩き出している。

辻原修

ジャーナリスト

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(2016年7月29日フォーサイトより転載)

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