最近、テレビの「ニュース番組」で"週刊誌"のパクリの内容のニュースが目立つようになった。
しかも恥ずかし気もなく、定時ニュースで堂々と放送する。
でも、そのニュース、ちゃんと自分の会社で事実関係を確認したものかどうかあやしい。
自分の会社で「ウラを取っていない」ニュースは放送してはいけない。新聞なら記事にしてはいけない。
それはテレビや新聞の記者たちにとって仕事の大原則だったはず。
テレビ局でも新聞社でも「記者」になったら、必ず先輩から教わる鉄則なのだ。
「ウラは取ったか?」
「自社でウラを取れ!」
つまり、どんなニュースも、ニュースとしてそのテレビ局や新聞社が「報道」する以上、必ず「事実かどうか」を確認し、それが1つのニュース源だけでなく、複数のニュース源から「間違いなく、事実」という場合に、初めて「ウラを取った」という状態になって報道できるようになる、という原則だ。
だから、どこの社でも新米の記者は「ウラは取ったか?」「間違いないか?」を先輩たちから何度も確認された上で、どんなニュースでも「ウラ取り=事実確認」をしていく作業を重ねていく。
さて、こうして訓練された末に今は現場を離れて大学教員として報道のあり方を見つめている私が、「ありえない!」と目を疑ったニュースが最近あった。
2月9日のフジテレビの朝、昼、夕方、深夜の定時ニュース番組だ。
そのうち昼の「FNNスピーク」の内容は以下のようなものだった。
男性議員として初めての育児休暇取得を公言していた自民党の宮崎謙介衆議院議員(当時)が妻の出産入院中に地元京都の自宅で女性タレントと不倫していた疑惑があるとこの日の「スポーツニッポン」が報じことを伝えた。フジテレビはこの朝、宮崎議員が車に乗り込む直前に直撃し、逃げるように去り際に本人が「お騒がせして申し訳ない。事実関係は改めて説明する」とコメントした言葉を字幕タイトルにしてニュース番組の一項目にして放送した。
フジ『FNNスピーク』タイトル「自民・宮崎議員に"不倫疑惑" 『お騒がせ して申し訳ない』」(2月9日)
アナウンサーが「宮崎議員はFNNに対して『お騒がせして申し訳ない。事実関係は改めて説明する』 と述べました」という原稿を読み上げた。
(スタジオ・アナ読み)
「男性国会議員として初めて育児休暇を取得する意向を示していた自民党の宮崎謙介衆議院議員は今日、一部報道で不倫疑惑を報じられたことに対して、FNNの取材に『お騒がせして申し訳ない』と謝罪しました。
(VTR)
(ビルから歩いて外に出てきた宮崎議員に対して、カメラと記者が近づいて)
記者「一部報道で不倫疑惑が報道されていますが・・・」
宮崎謙介衆議院議員「お騒がせて申し訳ございません」
記者「事実関係については?」
宮崎議員「また説明します」
(車に乗り込んでいく姿)
(当日のスポーツニッポンの紙面)
アナ読みの原稿「これは今日の『スポーツニッポン』が宮崎議員が女性を地元の京都の自宅に連れ込むなど不倫疑惑を報じたもので、
(ビルから歩いて外に出てきた宮崎議員=冒頭と同じ映像)
宮崎議員は今日午前、FNNの取材に対して、
『お騒がせして申し訳ない、事実関係は改めて説明する』と述べました。
宮崎議員は周辺に対して女性との不適切な関係を認めているということです。
(去年の結婚当時の映像)
宮崎議員は去年2月、同じ自民党の金子恵美衆議院議員と結婚し、先週、第一子が誕生したばかりで、男性の育児休暇を促すために男性国会議員として初めて育児休暇を取得する意向を示していました」
というものだった。
つまり、不倫疑惑の主な内容は「スポーツニッポン」の記事に依拠した内容だった。実はこの「スポーツニッポン」の記事は「週刊文春」が今週発売の号でこの問題を書くと記した記事でニュースソースの大元は「週刊文春」。それを伝聞で書いたスポニチの記事だった。
このニュースを見た時に私が思った疑問は「フジテレビは独自にウラを取ったのだろうか? もし取ってなければ他のメディアのパクリではないか?」というものだった。宮崎議員の「不倫」の事実についてウラを取った、というのであれば、他のメディアを引用せずに「宮埼議員が不倫していたことがFNNの取材でわかりました」と堂々とニュースにすればいい。それをやらなかったのは本当に自社でウラを取ったのかどうかあやしい。
想像するにフジテレビ報道局としては、ニュース原稿の「宮崎議員は周辺に対して女性との不適切な関係を認めているということです」が、自分の社で取材した内容でウラを取ったのだ、というかもしれない。しかし「周辺」という不明確な表現は「関係者」というのと同じで、一般的にかなり根拠としては薄弱なものである。「党の幹部」でも「派閥の幹部」でもない。これはテレビニュースの原稿の書き方としても根拠を名言できない、かなりいい加減な部類の原稿の書き方だということができる。
フジテレビはこの「FNNスピーク」の他にも朝の「めざましテレビ」のニュースコーナー、夕方の「みんなのニュース」、深夜の「あしたのニュース」とニュースのたびに同様のニュースを繰り返した。
夕方の「みんなのニュース」では、もっともテレビ各社がしのぎを削る18時少し前の時間帯で放送した。
しかもこの時の見出しは、
フジ「みんなのニュース」タイトル「妻への裏切り...スクープ直撃 "育休議員"タレントと不倫報道」(2月9日)
となっている。他のメディアの記事を元に議員を直撃したというだけの取材で「スクープ」という言葉を入れてしまうところがフジらしい。軽いというのか、謙虚さを知らないというのか・・・。
しかもお昼では不倫の内容については「スポーツニッポン」を引用していたのに、夕方以降はネットに公表された「週刊文春WEB」の内容を引用している。
「みんなのニュース」のニュース原稿では、「週刊文春WEB」の「育休国会議員の"ゲス不倫" お相手は女性タレント」という文字をアップで映し、その見出しを原稿で読み上げ、「明日発売の週刊文春が報じた"衝撃の見出し"。臨月を迎えた妻がいるにもかかわらず、他の女性と密会。不倫疑惑が浮上しました」と続けた。「相手は34歳の女性タレントで宮崎議員は周辺に対してこの女性との不適切な関係を認めているといいます」。
フジは宮崎議員、金子議員の夫婦を出産前に密着取材した映像を持っていて、その映像をふんだんに使っていた。宮崎議員が2月2日に育児セット一式をアカチャンホンポで買ってきた後で妻の金子議員に見せる場面や宮崎議員が台所で料理して横になる妻に渡す場面も映し出された。
相手の女性タレントが身長168センチだということ(週刊誌の記事に書いてあった事実)などを加えた他、金子議員の出産直後に赤ん坊との対面を果たした後の宮崎議員の喜びの声など、フジテレビだけしか持っていない映像をこれでもかというほど見せつけた。
ただ、この段階では本人が公式に認めていないので「不倫疑惑」でしかない。それを週刊誌の記事に依拠した形では「ウラ取り」した、といえる状態での報道だったのだろうか。NHK、日テレを始めとする他のテレビ局は週刊誌などの報道があるという状態だけでは「ウラが取れていない」という判断をしたのだろう。結果的に報道したのは本人が記者会見で事実を認めて辞職を表明した3日後だった。
2月12日(金)、宮崎議員本人が記者会見して不倫の事実を認めて謝罪して、議員辞職を表明した。
結果として、フジテレビの報道は間違っていなかったことが証明されたわけだが、だからといってこれで良し、としていいわけではない。
今回のフジテレビの報道、そして他人の威を借りたような「スクープ」と表明するはしゃぎっぷりに「危うさ」を感じてしまった。
「ウラを取る」。
その基本を忘れるといつか足元をすくわれる。そんな印象を持った育休議員の不倫報道の「ニュース」だった。
「ウラを取る」のが原則のテレビニュースで「週刊誌をなぞっただけの報道」が最近、目立つ。週刊誌のパクリ報道をテレビがやってしまっている。自社で事実関係をウラ取りが十分できていない段階で報道しているケースはフジテレビだけではない。
フジテレビは情報の引用先を明示しているだけにまだマシともいえる。
テレビ朝日はもっとひどい。
きちんと明示しないままで引用しているのだ。
甘利明・経済再生TPP担当大臣(当時)の「政治とカネ」での実名告発を、まだ甘利大臣本人が謝罪辞任会見を行う1月28日の前にテレビ朝日「報道ステーション」は頻繁に週刊文春の記事をなぞりながら、報道した(1月20、21、25、26日放送)。
特に1月20日の「報道ステーション」は、
「あす発売の週刊誌 『甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した』」
と字幕で説明し、
ナレーションで
「千葉県白井市にある建設会社の総務担当者が実米で告発。甘利大臣本人や事務所秘書が口利きのお礼として多額のカネを受け取ったという内容だ。一部の資金提供は甘利氏の収支報告書に載っていないという」
と報道した。
明らかに週刊文春の報道内容をくわしく引用しているのに週刊文春という表現はいっさいなかった。
後追い取材であってもテレビでくわしく伝えようとした意気込みはわかるものの、情報の出どころを隠しているのであれば、世間でいうところのパクリであることは間違いない。
テレ朝は、週刊文春の許可なく無断で引用したらしい。
また翌1月21日も週刊文春とは表記せず、「週刊誌」とだけ表現して同じ内容を報道した。
このことで週刊文春はテレビ朝日に対して抗議している。
「週刊文春WEB」にはその文章が掲載されている。
「週刊文春」が甘利大臣報道で「報ステ」に抗議
「週刊文春」編集部は、1月20日・21日の甘利明大臣に関する放送に対し、22日、「報道ステーション」に抗議文を送った。
「報道ステーション」では、1月20日、発売前の「週刊文春」記事「TPP立役者に重大疑惑 甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した」の内容を許可なく使用し報道。「週刊文春」記事である旨のクレジット、ナレーションは一切なかった。同日、NHKや民放各局も同内容を報じたが、番組内で表紙、記事を写した上で、クレジットの表記、ナレーションで明示していた。
さらに1月21日には、番組トップで約15分にわたり、「週刊文春」記事を基にした甘利大臣の疑惑を詳細に報じたが、放送中、一度も「週刊文春」と明示することなく、「週刊誌」とだけ報じた。
著作権法上、報道目的のための「引用」であれば許可は必要ないが、引用先を明示することが著作権法第48条に定められている。また、報道に携わる者の倫理として、視聴者に正確な情報を伝えるという観点からも、引用先を明示することが求められる。
放送を受け、「週刊文春」編集部は、番組責任者の秦聖浩氏あてに抗議文を送り、謝罪と再発防止などを求めた。
「週刊文春」編集部は、今後も甘利大臣に関する疑惑報道が予想されることから、1月26日午後5時までに回答を求めている。
出典:週刊文春WEB
テレビ朝日「報道ステーション」では、告発した建設会社の総務担当者・一色武氏の自宅をレポーターがたびたび訪問したものの、自宅には不在が続き、肝心の疑惑部分については週刊誌記事をなぞっただけの報道を繰り返した。
それにしても、フジテレビににしてもテレビ朝日にしても、「自分でウラを取る」というのが原則のはずのニュース報道の現場で、週刊誌記事をパクって、「ニュース番組」の中の「ニュース」を作っていく。しかもテレ朝などは引用先を明示せずに・・・
これは一体どうしたことだろう?
自分たちが「事実」を追い求める報道の仕事をする記者集団だというプライドも何もあったものではない。
世の中にはテレビなんかしょせんはそんなものだろうと想像している人が多いかもしれないが、実はかつてはこんな状態ではなかった。
テレビ局の中でも情報局などのセクションが管轄し、ゲリラ部隊として時に強引な取材も厭わないワイドショーならばそういう放送が多かった時代もあるが、そうした時代でも放送局の中の正規軍である報道局が管轄する「ニュース」では「ウラを取らないニュース」なんてありえなかった。
ところが最近は、正規軍であるはずの「ニュース」の中に、週刊誌情報まる写しの原稿が登場する。
これはネットニュースにウラを取っていないニュース原稿が蔓延しているせいなのか、「ウラを取る」のが習い性だったテレビも、現場では「ウラを取らない」場合も出てきた、ということなのだろうか。
だとしたら、これはとても危険な兆候だ。
今回は、甘利大臣も金銭の受け取りなどの事実を認めた上で辞任。
宮崎議員も不倫の事実を認めた上で辞職。
結果オーライという幕引きになった。
それでも「自分でウラを取らない」という報道のあり方は本来のものではない。
過去にはテレビ局が週刊誌など他メディアの報道等を信用し、自分でウラ取りを十分にせずに突っ走った結果、苦汁をなめることになった例がある。
1980年代の「ロス疑惑」をめぐる三浦和義氏をめぐるワイドショーの報道が典型だが、裁判の結果、多くのテレビ局の番組が名誉毀損の責任を問われることになった。
今回のケースを結果オーライで終わらせてはならない。
「自社でウラを取る」という原則。
これをないがしろにすると、また誤報や人権侵害などを引き起こしかねない。
テレビ局のデスクらは記者たちに問いただしてほしい。
「ウラは取ったのか?」と。
(2016年2月19日「Yahoo!ニュース個人(水島宏明)」より転載)