ろう者の両親のストレス発散はカラオケです。「きらめく拍手の音」監督インタビュー

ろう者の両親を撮影した韓国のドキュメンタリー映画「きらめく拍手の音」が6月10日から公開される。

ろう者の両親を撮影した韓国のドキュメンタリー映画「きらめく拍手の音」が6月10日から公開される。20代の若手監督、イギル・ボラが自身の両親の日常とこれまでの家族の歩みを描いた私的なドキュメンタリー作品だ。

耳の聞こえない両親と聞こえる姉弟。聞こえる世界と聞こえない世界を身近に見てきた監督ならではの視点で、家族の生活を優しく見つめた作品となっている。これが長編監督デビュー作となるイギル・ボラ監督に話を聞いた。

なお本作は日本では全館バリアフリー字幕(音楽や動作音などを含んだ聴覚障害者向けの字幕)つきでの上映となる。

カメラは両親にとって日記のようなもの

――実の両親を題材にした映画ですが、お二人に映画の撮影をしたいと言った時、どんな反応でしたか。

イギル・ボラ監督(以下イギル):映像のような視覚的な媒体はろう者の人にとって親しみがありますから嫌がることはなかったですね。私の意図も良く理解してくれていて、撮影にも協力的でした。

――映画には昔のホームビデオの映像などもたくさん挿入されていましたが、ご両親はカメラを回すのが好きだったんですか。

イギル:父の友人がビデオ店をやっていて、その友だちに頼んで撮ってもらっていたんです。自分たちが観られる媒体に残したいという気持ちがあったんでしょうね。

――ろう者なので視覚的なメディアで残しておきたかったと?

イギル:そうですね。というのは両親は幼い頃に韓国語の教育をきちんと受けることができなかったので、日記帳に文字で書いて残すことが難しいので。ホームビデオがウチにとっての日記代わりだったんです。

――ご両親の他、弟さんなども映画に登場しますが、自分の親しい人にカメラを向けるということに対して、関係を壊してしまうんじゃないかとか、そういう思いを抱いたことはなかったですか。

イギル:それはなかったですね。少数者にカメラを向ける場合ってカメラを向けることで傷つけてしまうことがあると思いますが、私たち家族にとってのカメラは、世界とつなげてくれる道具であり、私たちの姿を見せてくれる窓のようなものだったんです。

――昔からビデオを撮っていたので、カメラに撮られ慣れているんですね。

イギル:そうなんです。私は、カメラの前ではすごく緊張するのですごく苦手ですけど、ウチの父と母は大丈夫なんです。

――映画を観たうえでの印象ですが、ご両親は2人とも表情豊かでフォトジェニックですね。手話をされる方は表情も使って会話をするので表情豊かな部分もあるとは思うのですが。それにしてもカメラ慣れしていますよね。

イギル:そうですね、2人とも表情の豊かな人ですよ。

――ろう者を撮影し編集するうえで、特に気をつけたことはありますか。

イギル:いつもはインタビューする時はカメラを据えて、私はその横から声で質問しますが、相手がろう者で手話で質問すると、私の音声が入らなくなりますので、後で何を質問したのかわからなくなってしまうんですね。

それからクローズアップを使えません。健聴者なら音で話の内容をつなぐことができますが、手話は手だけでなく表情も追わないと意味が伝わりませんから、全体を見せる必要があります。

一般的な映画の演出テクニックで、声だけ残してイメージの映像などを挿入するようなやり方がありますけど、そういうやり方もできません。映画の演出技法は色々ありますけど、基本的には聴者のためのものだったんだなって気付かされました。

――映画の編集しながら、伝わりづらいい部分があるかなど、ご両親に意見を仰いだりはしたんでしょうか。

イギル:韓国で映画を公開した時には、画面の隅に手話の通訳映像を入れたんです。両親に作品を見せて理解できるか聞いてみたらいろいろ理解できない部分があると言われて。

両親は子どものころ、韓国語の教育もあまり受けられなかったので、彼らにとっては文字を書いたり読んだりするのはすごく大変なことなんです。(※日本では手話通訳のある上映はない)

両親のストレス発散法はカラオケ

――最も印象に残ったシーンはご両親とカラオケに行くシーンです。ご両親はカラオケがお好きなんですね。

イギル:はい、大好きですね。友だち同士でお酒を飲んだ時とか、二次会や三次会で行っていますね。

――ご両親はカラオケの歌をどうやって覚えるんですか。

イギル:普通は手話で歌いますね。声も時々出すんですけど、喉が痛くなってしまうので、ずっと叫んでいるのではないですが、通常は手話で歌いますね。

カラオケは聴覚だけじゃなくて、視覚的にも音楽を楽しめる場ですし、ろう者の人でも思いっきり声を出してもはばかられない場所でもあります。ろう者の人が声を出すと、変な声だと言われたりするじゃないですか。

でもカラオケボックスに行けば、そういうことを言われることもないですし。カラオケに行って思いっきり歌うのは両親にとってストレス発散なんです。

――完成した作品をご覧になって、ご家族はなんとおっしゃっていましたか。

イギル:ワールドプレミアの時に見てもらったんですけど、弟はカラオケのシーンで自分が写っていると思わなかったからビックリしていました。(笑) 写ってないと思っていたらしく。

両親は映画を見てすごく喜んでくれましたね。娘の映画ということで誇らしく思ってくれたようです。それとろう者が主人公になる映画は少ないので、自分たちの世界が映画になったこともすごく喜んでくれました。

――韓国の一般の観客はどんな反応でしたか。

イギル:すごく驚いていましたね。例えば自分たちとは違うと思っていたけど、同じようにくらしているんだなとか、隣りの家のおじさんの話みたいだとか、障害者の話だからきっと悲しいだろうと思って、ティッシュやハンカチを用意していたのに、全然必要じゃなかったとか。(笑)

――確かにかわいそうな感じもしなければ、社会に訴えるような作りにもなっていませんね。最初からパーソナルな映画にしようと決めていたんですか。

イギル:私自身、社会的な問題とか政治的なものへの関心は高いんですが、この映画に関しては今までとは違った形でそれをできないかと考えました。

私は両親が生きているろう者の世界はすごく美しいと思います。その世界に遊びに来てみませんかと誘うような気持ちで作ってみました。

肩の力を抜いて観てもらって、手話を学びたいと思ってくれたりとか、そういう小さなきっかけにこの映画なればと思います。

――映画を作った後に、ご両親や弟さんなどとの関係に何か変化はありましたか。

イギル:お互いに理解が深まったと思います。私がこの映画を作ったのは23歳の時ですが、それまでの家族の道を振り返ったんですが、それは私と家族にとって土を寄せ集めて固くするように、絆を深める体験になりました。