マンチェスターと聞くと、日本ではイングランドのマンチェスターを思い浮かべる人が多いと思うが、本作の舞台、そしてタイトルになっている町名は、アメリカのマサチューセッツ州に位置する。ボストンから少し離れたところにあるリゾート地だそうで、浜辺の風景が美しいことで知られている。「バイ・ザ・シー(海沿い)」をわざわざ付けられているだけはあるようだ。
人口の8割を白人が占めており、全米平均よりも白人率がかなり高い地域だ。映画を見るとほとんどの登場人物が白人だが、別段ホワイトウォッシュというわけではなく、本当にそういう町なのだろう。
本作の監督のケネス・ロナーガンいわく「 美しさとわびしさを感じる場所だ。おもしろいことに、町自体は裕福なボストン人のリゾート地なのだけど、ブルーカラーの人々がボートのサービスなどで、休暇で訪れる人々をサポートしている。そして周りには労働者の多い町があり、グロスターという町は漁業に苦しんでいる。実生活と自然の美しさが混在する町だ」とのこと。
この映画の登場人物の多くもブルーカラーのようだ。ケイシー・アフレック演じる主人公のリーはアパートの便利屋。風光明媚な風景が冬のマサチューセッツの冬の寒さとあいまってわびしい印象を与える。
このわびしさが登場人物の心情に絶妙にシンクロしている。身を切られるような寒さと美しさとわびしさが同居する風景が必要な映画だろう。
ケイシー・アフレック演じるリーは、故郷の「マンチェスター・バイ・ザ・シー」を離れ、ボストンでアパートの便利屋をやっている。故郷を捨てて孤独に暮らすリーのもとに、兄ジョージの訃報が届く。一度は捨てた故郷に帰るリーは、ジョージの遺書によって、甥のパトリックの後見人に指名されていたことを知り困惑する。面倒を見るには帰郷しなければならない。しかし、つらすぎる過去から逃れるため、町を離れたリーには受け入れがたい。
優秀で人望もあった兄のジョージ、対してリーは過去の事件の重荷から逃げている。これはそういう男の再生の物語だ。
立派な兄としょぼくれた弟という設定は、主役を演じるケイシー・アフレックにそのまま通じるところがある。彼の兄はベン・アフレックなのだが、ケイシーは兄ほどの実績を残せていない。
加えて、ホアキン・フェニックス主演の「容疑者ホアキン・フェニックス」の騒動で、一時期ほされかけていた。「容疑者ホアキン・フェニックス」とは、俳優のホアキン・フェニックスが俳優を引退し、ヒップホップミュージシャンを目指すと言い出し、数々の奇行に走るフェイクドキュメンタリーだが、その悪趣味さでものすごい批判を受けた。
加えてケイシー・アフレックには、映画の女性スタッフへのセクハラ疑惑もあり、以後ハリウッドでやや干されたような状態に陥っていた。
今回の演技でアカデミー主演男優賞を獲得したケイシーは、本作で見事に復活を果たしたと言えるだろう。映画の内容ともリンクするような復活劇だ。
なにごとも事々しく展開せず静かに、リーの始まりかけの前進を描く作品だ。解決ではなく、前進を描いている。それも僅かに踏み出したその瞬間を。
それと、リーの過去が描かれる場面でアルビノーニのアダージョが流れるのだが、これは葬儀の時にもよく使われるものだそうだ。素晴らしい選曲だと思う。