ICC加盟を理由にパレスチナをおどした政府は、圧力をかけるのをもうやめるべきだ。またICC規程の普遍的な受け入れを支持する諸国はパレスチナの加盟を明確に歓迎すべきだ。非難されるべきは国際司法の力を弱めようとする動きのほうであって、パレスチナの条約加盟決定ではない。加盟国はすでに100ヶ国以上を数える。
(ブリュッセル)パレスチナは、アメリカ、イスラエル、カナダなどからの激しい反対にあいながらも国際刑事裁判所(ICC)への加盟を決めた。国際社会はこの決定を支援すべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。
国際刑事裁判所に関するローマ規程は、2015年4月1日からパレスチナでも有効となった。これによりICCは、パレスチナ領内に対する、または領内から行われた戦争犯罪や人道に対する罪などの重大犯罪について、2014年6月13日にさかのぼってマンデートを与えられる。
「ICC加盟を理由にパレスチナをおどした政府は、圧力をかけるのをもうやめるべきだ。またICC規程の普遍的な受け入れを支持する諸国はパレスチナの加盟を明確に歓迎すべきだ」と、ヒューマン・ライツ・ウォッチの国際司法顧問バルキース・ジャラーは述べた。「非難されるべきは国際司法の力を弱めようとする動きのほうであって、パレスチナの条約加盟決定ではない。加盟国はすでに100ヶ国以上を数える。」
パレスチナ自治政府は2015年1月2日、パレスチナのICC加盟文書を国連事務局に送った。ICC条約の保管者である国連事務総長は、1月6日に公式にこの文書を受け入れ、パレスチナは4月1日付で正式にICC加盟国となるとの通知を回覧した。同国は123番目の加盟国となる。1月1日、パレスチナ政府は同裁判所に2014年6月13日にさかのぼってマンデートを与えるとの宣言を行った。これにより2014年のガザ紛争が捜査対象となる。
同裁判所の管轄権を受諾するとの宣言を受領した際の方針に基づき、ファトゥ・ベンスダICC検察官は1月16日に、パレスチナの状況に関する予備審査を開始した。予備審査段階では、検察官は公式な捜査の実施に値する基準が満たされているかを判断する。
アメリカ政府はパレスチナが国家ではないことを挙げて、ICCの加盟資格がないと主張している。またICCがイスラエル政府当局者を捜査することにも反対している。2014年12月にバラク・オバマ米大統領はICCが行う「イスラエル国民をパレスチナ人への犯罪容疑で捜査対象とする...法的権限のある」捜査を「パレスチナ人が開始」または「積極的に」支援した場合に、パレスチナ自治政府(PA)への援助を一部カットするとの歳出関連法案に署名した。米上院議員75人がオバマ政権に対し、ICCが「パレスチナ人にとって合法的または有効な方策」でないと明確に主張するよう強く求める動きもあった。
イスラエル政府は2015年1月から3月に、パレスチナ自治政府の代理で約4億米ドル(480億円)の税金を徴収したが、アッバス・パレスチナ大統領のICC加盟決定を受けて支払いを拒んだ。その結果、パレスチナ政府の公務員16万人の給料が3ヶ月間、本来の6割しか支払われていない。イスラエルは3月27日、代理徴収分の一部を支払うと発表した。
パレスチナがICCでイスラエルを訴えるだろうとの報道があるが、捜査を行うとしてその捜査対象を手元情報に基づき決定する権限を持つのは、ICC検察官(場合によって判事たち)だけである。ただし各国政府は、検察官が行う分析のために情報を提供することもできる。
「ICC検察官は被疑者が誰であれ、重大犯罪の疑いがあればこれを捜査し、証拠に基づいて対応を決定する」と、前出のジャラー顧問は述べた。「捜査を行うかどうか、また誰を対象とするかを決める権限は、パレスチナ政府側にもイスラエル政府側にもない。」
検察官事務所が現在行っている調査内容は、ICCが対象とする犯罪が行われたかどうか、それらの犯罪が同裁判所が扱うほど深刻なものか、そして各政府当局が信頼性のある国内捜査を行っているか、そして場合によっては捜査候補として検討中の事例について国内法廷で訴追の準備が行われているかの分析などである。
予備審査の期間について特に定めはなく、状況に応じて期間は変わる。ベンスダ検察官はパレスチナのほか、アフガニスタン、コロンビア、グルジア、イラク、ナイジェリア、ウクライナなど世界8ヶ所で予備審査が進行中と述べている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは2014年のガザ紛争での違法な攻撃を明らかにしている。その一部は戦争犯罪に該当する。戦闘によりガザ地区では民間人1,500人が死亡し、病院などライフラインとなるインフラ設備が被害を受け、10万人以上のパレスチナ人が住む家を失った。パレスチナ武装組織はイスラエルの人口密集地域にロケット砲や迫撃砲で無差別攻撃を行った。
この2014年の紛争での重大な武力紛争法違反行為への法的責任追及という点で、イスラエル・パレスチナ双方に実質的な進展は見られない。イスラエル軍は、ガザ紛争に関する捜査を現在行っている最中で、自国の監督官による捜査を行うと発表している。ヨルダン川西岸のパレスチナ政府とガザ地区のハマスが捜査を行ったとの情報はない。イスラエル、パレスチナ側方とも自軍の犯罪行為の責任追及は極めて不十分だったと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは述べた。
問題は、ガザ紛争における両当事者政府の行動だけではない。ICC規程は、占領勢力が、その占領地域に自国の民間人を「直接また間接に」移送することを戦争犯罪と規定している。その占領地域の住民の住むところを奪い、その占領地域の内部、または外部に追放し若しくは移送することも戦争犯罪だ。
パレスチナ自治区を1967年に占領して以降、イスラエルは東エルサレムを含む西岸の入植地への自国民の移動を推進している。2009年のネタニエフ政権誕生以降、イスラエルは10,400戸以上の入植者向け住宅建設に着手した。同じ期間にイスラエルが西岸で行った破壊行為で、パレスチナ人5,333人以上が住むところを失った(2013年は同1,103人、2014年は1,177人)。イスラエルは1月30日に西岸で入植者向け住宅450戸の入札公告を出した。
「ICC検察官は、政府が国内で信頼性のある訴追を行わない場合のみ、行動する。よって、イスラエル、パレスチナ両政府は自ら捜査と訴追を行うことで、ICCの介入を免れるチャンスがある」と、ジャラー顧問は指摘する。「政府が信頼できる取り組みを行わない場合には、ICCは重大な人権侵害に関する責任追及の不足分を埋めるために介入することができるようになる。」
(2015年4月1日「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」より転載)