鼻に豆を詰めるんじゃない!

「鼻の穴に豆を詰めないで」というのは、欧米では、「子供に"鼻の穴に豆を入れちゃだめよ"と具体的な注意をすると、かえって子供は面白がってそれをしてしまう。だから、そんな愚行のヒントになるような具体的なアドバイスはやめときなさい」という意味らしい。

Mediumにおかしな記事が―Beans and Noses(豆と鼻)―があって、何か言うと、「鼻の穴に豆を押しこむ」ような奇妙なことをやっている人がいかにたくさんいるか、そして、そういう人たちは、「無駄なことをやっているよ」とアドバイスされても決して聞かないということを、コンサルタントをやっている筆者が書いたものだ。

「鼻の穴に豆を詰めないで」というのは、欧米では、「子供に"鼻の穴に豆を入れちゃだめよ"と具体的な注意をすると、かえって子供は面白がってそれをしてしまう。だから、そんな愚行のヒントになるような具体的なアドバイスはやめときなさい」という意味らしい。

上に紹介した記事はこの話と直接関係はなさそうだけど、「鼻の穴に豆を詰める」ということが、馬鹿なことの例として印象的に使われていて、なんだか、そのイメージが頭に焼きついてしまった。

たまたま、その言葉をネットで調べていると、節分の時に、子供が鼻の穴に豆を詰め込んでしまい、なかなかとれなくて、大騒動になっている話がいくつか目についた。

なるほど、この言葉は単なる比喩でなく、実際に、節分のころには、子供に、「鼻に豆を入れちゃだめよ」とわざわざ注意しないほうがよい、というライフハックになっていて、さらに面白いなと思った。

やっちゃダメと言われると、無性にしたくなるのは、子供も大人も同じである。

それはさておき、最初に紹介した記事にあるように、たしかに、僕らは、ときに、「鼻に豆を詰めるような不毛なこと、他人から見ると滑稽なこと」を熱心にやり続けている時がある。

他人はひやひやして、「おい、なんで、鼻に豆を入れるんだよ!鼻から息ができなくなるし、カッコ悪いよ。それに、人前でくしゃみでもして、豆が飛び出したらどうすんだよ!」と思っており、やんわりとそれの状況を伝えようとするのだが、当の本人はそのことに大きな意味があると思っており、アドバイスを受け入れようとはしない。

いや、しかし、今朝は、そんな暗い話で終わる予定ではない。

イギリスのおじいちゃんが3種類のガンを克服して、南極点へのトレッキングを成功させた、という話が飛び込んできた。

「おじいちゃん」ことパトリックさんは、59才で、僕より、たった4つ年上なだけである。

パトリックさんの偉業に見入る前に、「そうか、僕がいま何かをやったら、『おじいちゃんが◯◯を成し遂げた!』とやられるのか」と思って、ちょっとめげたが、それはおく。

で、彼は、13ヶ月の間に腸と皮膚と前立腺のガンを別々に患い、手術などですべてを完治させた。

そして、ソリを曳き、ひとりのガイドとともに、222kmを11日間歩いて南極点へ到達した。

もちろん、マラソンをしたり、重いものを引きずって歩く訓練をしたり、冷たい屋外のプールに飛び込んだりという、厳しい訓練をした上でのことである。

彼はイギリスのがん患者のための基金(KMG基金)を立ち上げており、今回のチャリティートレッキングで、約1170万円(目標は約4400万円)を集めることに成功した。

現代の冒険はなかなか難しい。

用意周到に過ぎると冒険じゃないと言われるし、リスクに挑戦して遭難でもしたら無謀と言われる。

どっちにしたって、「鼻に豆!」と言われる危険があるのだ。

パトリックさんの冒険は、うまくいって本当に良かった。

まあ、しかし、きっとその冒険に出る前は、「鼻に豆!」と言った人もたくさんいただろうなと思う。

で、めちゃくちゃ、話が飛んだが、僕が何を言いたいかというと、まあ、良い歳の大人で、どうやら世間的には「おじいちゃん」ではあるんだけど、「鼻に豆!」もいいじゃないか。

コンサルタントがなんと言おうと、それが楽しければ。

それが、今朝の結論だ。

ほら、たぶん、あなただって、鼻に豆、詰まってますよ!

(2015年1月19日「ICHIROYAのブログ」より転載)