右肘を痛めて故障者リスト(DL)入りしていたヤンキースの田中将大は靭帯を一部損傷していたことの波紋が広がっている。球団発表によると6週間のリハビリが必要とのことだが、快方に向かわない場合は腱移植手術(通称トミー・ジョン手術)を受ける可能性もあるようだ。その場合、復帰は2016年になるかもしれない。
手術を受ける、受けないに関わらず、既に故障の原因に関する議論が熱を帯びている。その議論は「スプリッターの投げすぎ」や「日本では一般的ではない中4日登板による疲労蓄積」だった。そして、避けて通れないのが「昨季の日本シリーズで160球も投げ、翌日も登板したせいではないか」という議論だ。
確かにそれを否定するのは難しい。投手は「高い頻度で登板するより、疲労を感じてからも投球を続けるほうが故障を誘発しやすい」というのはアメリカでは常識だ。疲労を感じてくるとフォームが乱れがちになるからだ。その観点からは、アメリカ式の「中4日登板で100球を目処に交代」のほうが日本式の「登板は週に一度だが、120~130球はザラ」より相対的にはリスクが低いといえる。しかし、一方で球数制限にあれほど熱心なメジャーでも故障者は後を絶たないのも事実だ。何が正しいのか?結局、投手の体力や故障のしやすさには個人差があり、どう起用するのが正しいかは分らないのだ。
しかし、この永遠の課題を解く鍵は「わからない」ことにある。「わからない」ことに対する理念の問題だと思う。「何球以上が危険領域というのはわからないのだから、行けるとこまで行け」ではなく、「どこから先が危険かはわからないのだから一歩手前で踏みとどまらせる」ことが指導者にとっては大事なのだと思う。なぜなら、日本一になることも東北のファンに感動を与えることも凄く重要だが、選手の健康管理と故障回避に万全を尽くすのも監督の大きな役割だし、それらに優劣はないからだ。勝利のために、ファンの感動のために選手を危険に晒しても良いという理論はどこにもない。
これは、田中というスーパースターのケースだから、ではない。どんなレベルの選手にも守られるべき生活権があり、それを脅かす最大のものは故障だ。プレー中の怪我はやむを得ないが、そのリスクをできるだけ排除してあげるのが監督の務めだと思う。非難を恐れずに述べるなら、昨年11月の星野仙一監督の起用はこの点に関するリスペクトが欠けていた。
今回の田中の故障と昨年の日本シリーズでの起用に関する因果関係は明らかでない。だからこそ、監督は無理を強いる(かもしれない)起用は慎むべきだ。
田中の故障は残念の極みだが、彼がビッグネームであるからこそ本件が健康管理を通じた選手の生存権,生活権尊重への意識の高まりのきっかけになることを願う。
豊浦 彰太郎
1963年福岡県生まれ。会社員兼MLBライター。物心ついたときからの野球ファンで、初めて生で観戦したのは小 学校1年生の時。巨人対西鉄のオープン戦で憧れの王貞治さんのホームランを観てゲーム終了後にサインを貰うという幸運を手にし、生涯の野球への愛を摺りこまれた。1971年のオリオールズ来日以来のメジャーリーグファンでもあり、2003年から6年間は、スカパー!MLBライブでコメンテーターも務めた。MLB専門誌の「SLUGGER」に寄稿中。有料メルマガ『Smoke'm Inside(内角球でケムに巻いてやれ!)』も配信中。Facebook:shotaro.toyora@facebook.com
(2014年7月12日「野球好きコラム」より転載)