ブラジルW杯、こんな面白い決勝は何年ぶりだろう? テクニックのドイツに守備の文化で対抗したアルゼンチン

決勝戦というのは、得てして安全第一の消極的な試合になることが多い。だから、よく「準々決勝あたりが最も面白い」などと言われるのだ。実際、過去のワールドカップ決勝を思い返しても、本当に面白い試合の記憶はあまりない。
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決勝戦というのは、得てして安全第一の消極的な試合になることが多い。だから、よく「準々決勝あたりが最も面白い」などと言われるのだ。実際、過去のワールドカップ決勝を思い返しても、本当に面白い試合の記憶はあまりない。前回大会のスペイン対オランダも守り合いだったし、2006年の決勝はあの「ジダンの頭突き事件」の記憶しかない。

ところが、2014年大会の決勝は0対0のまま延長に入り、延長後半に決着という展開だったが、手に汗を握る展開で、とても面白い試合だった。こんな面白い決勝戦は、振り返ってみると1986年の決勝以来だったのではないか......。そう、あの時も顔合わせはアルゼンチンとドイツ。マラドーナがいたアルゼンチンが優勝を飾った試合だった。その頃は、ボールテクニックという意味ではアルゼンチンが圧倒的に上だった。ドイツは、テクニックよりも走力や精神力で戦っていた時代だ。

ところが、あれから30年近い時間が流れ、ドイツ・サッカー連盟(DFB)の努力もあって、ドイツの選手たちのテクニックは南米勢をある意味で上回るようになっている。そして、そのテクニックのある選手たちが、ドイツ・サッカーの伝統を守って、よく走るのだ。ブラジルの守備陣はその2人目、3人目の動きについて行けず、7失点という屈辱的な敗戦を喫した。そのドイツはアルゼンチンを相手にも、やはりボール保持率で60%という数字を残した。やはり、オールドファンには信じられないことだが、テクニックでドイツがアルゼンチンを上回っていたのだ。

しかし、アルゼンチンはしっかり守り切った。アルゼンチンは、「守備の文化」を持った国だ。アルゼンチンではDFが素晴らしいプレーをすると、スタンドから一斉に「ビエン!」という声が上がる。日本語なら「よしっ!」である。相手のボールに果敢にチャレンジするプレーや体を張った守備。そういう気持ちのこもった守備を、そうやって高く評価するわけだ。

決勝戦でも、まさに「ビエン!」と声をかけたくなるような、粘り強く、またタフな守備を何度も目にした。ドイツは、ピッチの幅をいっぱいに使ってワイドな攻撃をしかけてくる。そうやって、相手の守備陣の中央にスペースを作るわけだ。とくに、ドイツの場合、DF同士でパスを回すにしても、一発のサイドチェンジのパスを出すにしても、パススピードが速いから(そして、その速いボールを正確にコントロールするテクニックがあるから)、相手の守備陣は振り回されてしまう。

アルゼンチンのサベージャ監督は、そのドイツの攻撃に対してしっかりと対策を講じてきた。サイドアタッカーのラベッシとペレスを下がり目の位置に置き、相手のSBのラーム、ヘヴェデスの攻撃参加に備えさせたのだ。むしろ、ラベッシやペレスがラームやヘヴェデスをマークしている。そんな場面も何度もあった。これまでと違って、ラベッシを右。ペレスを左に置いたのも、そうした守備的な狙いだったのだろう。こうして、ハーフラインより自陣に引いてドイツは、しっかりとスペースを消してしまう。

ドイツは、ボールを持っているのだが、攻め手がなくなり、アルゼンチンに脅威を与えるのは遠目からのクロスだけになってしまう。そして、カウンターに徹したアルゼンチンが何度か決定的チャンスをつかみ、30分にはラベッシのクロスをイグアインが決めたが、これはオフサイドで取り消されてしまった。

こうして守っていたアルゼンチンだが、後半に入るとアグエロを入れて、イグアインとのツートップに切り替えて攻撃力を上げてきた。つまり、ボールはドイツが支配しているのに、ゲームの流れはアルゼンチンのサベージャ監督の方が握っていたのだ。ドイツには難しい状況もあった。試合直前になって、先発メンバーに入っていたケディラに代わって急遽クラマーをピッチに送り込んだのだが、そのクラマーが前半のうちに故障で交代を余儀なくされたのだ。

こうなると、監督としては次の交代のカードを切りにくくなってしまう。レーヴ監督がついに動いたのは試合の終盤88分のことだった。膠着状態のゲームでメンバーやシステムを変えるのはかなり勇気がいることだが、レーヴ監督はワントップのクローゼに代えてゲッツェを投入。ミュラーのワントップにシュールレ(クラマーとの交代で出場)ゲッツェ、さらにエジルやクロースも高い位置に上げ、さらに両サイドバックの攻撃参加もさらに増やして攻勢を強めたのだ。

アルゼンチンは、準決勝のオランダ戦でも延長を戦っていた。しかも、ドイツより1日休養日が少ないというハンディもあった。当然、延長に入ると疲労で動きが落ちるはず。レーヴ監督が延長に入る直前に動いてきたのには、そんな読みもあったのかもしれない。そして、そのレーヴ監督の積極策が功をついに奏した。延長後半8分の先制ゴール。それも、交代で入れたゲッツェのゴールだった。大会最強のチームがしっかり勝ち切った決勝だった。しかし、オフサイドで取り消されたイグアインのゴール以外にもアルゼンチンも何度も決定機を作っていた。そのうちどれか一つでも決まっていたら、アルゼンチンの優勝となっていたことだろう。

過去20年以上にわたって選手育成から見直して作ってきたドイツの新しいサッカーが結実し、一方で「守備の文化」という伝統でしっかり戦ったアルゼンチン。そして、膠着状態に陥ってしまいそうな試合の中、勇気を持って交代のカードを切り合った両監督。そして、激しい肉弾戦で一歩も引かずに戦った選手達......。いやあ、本当に面白い決勝戦だった。

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後藤 健生

1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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(2014年7月14日J SPORTS「後藤健生コラム」より転載)

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