BLOG
2015年12月22日 20時02分 JST | 更新 2015年12月22日 20時02分 JST

マッチングから一年が経って

日本の医学部生は、6年生という最終学年になると、大きな山場を3つ迎える。マッチングと卒業試験と国家試験だ。一部の大学では、卒業試験を廃止している大学もあるが、ほとんどの医学生は、全ての山場をクリアし、晴れて初期研修医となることが出来る。

さて、今年も山場の一つである「マッチング」が終わった。それがどんなものなのか、後ほど説明するとして、叶うならば「マッチング」という言葉は、聞きたくない。だが、一年前のマッチングがあったからこそ、私は南相馬市立総合病院に来ることができた。南相馬の初期研修医だからこそ経験できていることは、数え切れない。だからこそ、マッチングから一年が経った今思うことを正直に書きたいと思う。

まず、「マッチング」についてご説明しよう。マッチングとは、いわば「お見合い」のようなものだ。医学生は6年生になると、初期研修病院として希望する病院に順位をつけて登録する。病院は、ぜひ来て欲しいと思う医学生に順位をつけて登録する。医学生と病院の希望を組み合わせることで、初期研修先の病院を決定していく。一般的なお見合いは、一度会いましょうと約束したとしても、その約束を解消することは可能だが、医学生と病院のマッチングの場合、そうはいかない。一度マッチしてしまえば、その病院に行かねばならない。

私も昨年、そんな病院と自分とのお見合いに参加した。私は、行きたいと思える病院をどうしても複数見つけることが出来なかった。希望しない病院を書いたとして、万一マッチすれば行かないといけないと思うと、希望する病院を複数書くことが出来なかったからである。さて、結果はどうだったか、というと惨敗だった。惨敗といっても、1つの病院しか希望しなかったので、単にその病院と相性が悪かっただけなのかもしれないが、うまくいかなかったことに変わりはない。

根拠なくマッチすると思い込んでいた私は、失敗という事実を突きつけられた瞬間、地獄へ落とされてしまった。いささか言い過ぎかもしれないが、そう思ってしまった。落ち込み途方に暮れつつも、いろんな病院に電話をかけては断られることを繰り返している矢先、南相馬の初期研修医の枠が一枠あいていることを知った。「今南相馬に行かないと、きっと行くチャンスはないだろう」と思い連絡した。すると、あれよあれよという間に、話が進み、面接の当日には採用が決まった。そんな紆余曲折を経て、私の南相馬での初期研修医生活は幕を開けた。

初めは、学生生活とは一変した、社会人としての生活に慣れることで精一杯だった。大学生なら遅刻してもいささか問題はないが、研修医はそうはいかない。医師であると同時に社会人としての自覚を持って行動することを要求される。そんな生活が、春休みが終わった瞬間突如として訪れたのだから、戸惑いがあったことは否めない。

それに、生まれ育ったところとは異なる環境に、私の体はなかなかついていってくれなかった。気候の違い、空気の違い、言葉の違い、全てが知らない世界だった。もちろん、病院の勝手も全然分からない私は、やることなすこと足手まといで上手くいかず、歯がゆく思う日が続いた。だが、新生活から二ヶ月が経ったころだと思う。ふと外の景色を眺められるようになった。もう春じゃなくなっている‥。そう思ったことを今でも覚えている。

その頃からだろうか。南相馬で研修することの意味を考えるようになった。初期研修医として身につけるべき技術や知識はたくさんある。採血、ルート確保、挿管、エコー、抗菌薬、輸液、心電図‥。これらはほんの一部に過ぎないが、研修医が学ぶことは必要最低限である。だが、こうした知識を身につけるためだけであれば、わざわざここに来る必要はない。他の施設では得ることのでいない何かを、自分のものにしなければ来た意味がない。

そう思うようになった時、いくつか気付いたことがある。まず、この病院には活気があるということだ。医師数全体の三分の一を若手が占めている。そんな若手を中心に、臨床も研究も共に頑張ろうという雰囲気がここにはある。

臨床の現場では、常に患者さんと向き合う。外来でも病棟でも手術室でもそうだ。臨床の現場で、常に医師として患者さんと向き合い、どういう治療が最も適切なのかを考える。そうやって、日々臨床の現場の最前線に立つと同時に、ケースレポートの作成や国内外の学会発表のための勉強をする。病棟業務と並行して研究を行う先生も少なくない。

週に一度、朝の7時から若手中心の勉強会も、夏から始まった。最新の論文を読む日もあれば、何かしらのトピックについてプレゼンする日もある。勉強会やろうよ、と声がけしてくださる先輩や、困った時や分からないことがあれば、すぐに相談できる先輩がいることは本当にありがたい。と同時に、自分が来年にそんな先輩になれているのかと考えると、焦りが次第に募ってきていることも否めない。

二つ目は、南相馬というコミュニティに入って医療を行っているということだ。南相馬にある全仮設住宅対象に2ヶ月に一度開かれている仮設講話は、震災後から今も継続して行われている。「先生の講話をいつも楽しみにしています」と、今もなお仮設住宅に住居を構えるおばあさんが言っていた。及川友好先生が、震災後ずっと継続して仮設講話をなさっているからこそのお言葉だったと思う。

さらに、避難指示解除準備区域にある小高病院で、非常勤医師として診療を行っている先生もいれば、往診を行っている先生もいる。「こんにちは。今日もお変わりないですか?」と先生が声をかけると、患者さんが安堵したような表情をなさるのがとても印象的だったことを覚えている。南相馬という地域に根ざし、コミュニティに入り日々診療している先生がいる。地域に根ざした医療がここにはあるのだ。

三つ目は、この病院に人が集まってきているということだ。震災後には4名まで減った医師も、現在は30名になった。来年には、マッチングで決まった4人の初期研修医が新たに加わる。彼らの出身の大学は、千葉、東京、奈良、北海道だ。全国からぞくぞくと南相馬に集まってきていることが見てとれる。加藤茂明先生もその一人だ。月に一度、分子生物学についての講義をしてくださる。基礎的なことから、疾患に関与すること、さらには最新のトピックスまで、講義内容は幅広い。生物学の観点から医学を教わることはとても新鮮であり、勉強になる。このような機会は本当にありがたい。

さらに興味深いことに、海外からも人が集まりだした。10月から当院に就職したアメリカ人の研究者のクレアとは、ルームシェアをしている。彼女は南相馬で生活し、南相馬の住民のためになる研究をしたいという。日本語が堪能の彼女は、すぐに病院に溶け込んだ。みんなの英語教師でもある。11月には、ネパール人の医師アナップが一ヶ月間研修を希望してここにやってきた。異なる価値観を持つ者どうしの国際交流が、南相馬でどんどん進んでいる。

四つ目は、「あらゆる視点から物事を観る」ことの重要性を教えてくれる環境が、ここにはあるということだ。私は、このことが最も重要だと考える。

東日本大震災は、南相馬に今もなお大きな問題を残したままだ。地震、津波、原発‥。いろんな立場や境遇の人がたくさんいるなかで、これらを解決するのは一筋縄ではいかない。「なぜこの人はこう言っているのだろうか」と相手の立場や考えを理解し、尊重しながら一つ一つ解決していくしかない。医療だって同じだ。

みながそうとは言わないが、医療者は往々にして、社会から医療を切り離して考えがちだ。病気を治すことが最優先であるがゆえ、病気だけを診てしまうことは仕方のないことなのかもしれない。だが、それだけでは根本的な解決にはならない。特に南相馬は、震災を契機とした背景をお持ちで病院に来られる患者さんは多い。

「震災後からかしら‥咳がよく出るようになってね‥。」や、「震災後、手足がしびれるようになって、どこの病院にいっても原因はわからないといわだ‥」といった具合に、「震災をきっかけに発症した」なんて訴えを聞くことは珍しくない。家族が避難してしまったためにたった一人で南相馬に残るお年寄りもいれば、震災復興のための作業員として赴任しにきている人もいる。

色んな事情を抱えた人が色んな所から来ている。だからこそ、病気だけを診るのではなく、患者さんの社会的な背景や家族構成、考え思い、抱えている問題や不安などの精神面、といったあらゆる視点から患者さんを診ることが大事となる。震災を経験した場所だからこそ、必要不可欠な視点ではないかと私は考える。研修医としての経験を南相馬で積んでいくかたわら、こうした物の見方を学べる機会は、本当に貴重だと思う。そして、そのような環境で研修できていることを、本当にありがたく思う。

冒頭にも書いたが、「マッチング」という言葉を未だに聞きたくないのは事実だ。だが、南相馬を選択したことを後悔はしていない。私は、ここでしか得られない経験を、半年ですでにたくさんさせていただいた。それに、ここに来ないと会えなかった多くの人に出会えたことは、私の財産だと思う。指導医の先生はじめ、病院のスタッフや事務の方々のおかげだ。特に、研修担当の事務の鈴木悦子さんは、時に厳しく、時に優しく、常に研修医のことを気にかけてくださる。研修だけでなく、身の回りのことから精神的なことまで、お世話になりっぱなしだ。改めて感謝申し上げたい。

来年は、後輩が4名も南相馬に来てくれる。震災5年目という大きな節目を迎える年でもある。研修を通して、南相馬でしか得ることの出来ないものを自分のものにできるよう、努力し続けたいと思う。

(2015年12月14日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)