米英の大手メディアの編集主幹や最高情報責任者(CIO)、最高技術責任者(CTO)らが、相次いでデジタル戦略を語っている。
ただ、それはきらびやかな新戦略というよりは、いずれも、選択の余地のない「背水の陣」への決意表明だ。
メディア環境の激変は確実に速度を増しており、大手メディアにとっても「変化か死か」という言葉がより切実なものになってきたようだ。
●ビッグムーブ
まず注目を集めたのがワシントン・ポストの編集主幹、マーティン・バロンさんが、7日にカリフォルニア大学リバーサイド校で行った講演だ。
タイトルは「ジャーナリズムの大変化(ビッグムーブ):紙からウェブへの移行で、何を捨て、守り、学ぶのか」
バロンさんは、マイアミ・ヘラルド、ボストン・グローブの編集主幹を経て、2012年12月からポストで編集主幹を務めている。
グローブ時代の2003年にはカトリック教会の性的虐待問題のスクープ、ポストでは2014年にスノーデン事件のスクープが、いずれもピュリツァー賞を受賞するなど調査報道への取り組みで知られる。
だが、2013年6月のスノーデン事件のスクープからわずか2カ月後には、そのポストが、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスさんに売却されるという「事件」の当事者となった、メディア激変の渦中にある人物だ。
講演の中でバロンさんは、グローブ時代のカトリック教会での性的虐待問題のスクープが、ネットの普及によって、それまでの地元読者だけでなく、瞬時に世界的なニュースとして広がった、と指摘。
その一方で、ネットがジャーナリズムにもたらした〝厄災〟について、ニューヨーク大学ジャーナリズムスクール教授のクレイ・シャーキーさんの言葉を引用する。
このような「超配信」と社会的価値の協働を可能にしたそのメディア(インターネット)が、皮肉にも一方では、グローブがその仕事を支えてきたビジネスモデルを破壊することになった......世界的な規模の人々にとって、より共鳴でき、より素早く届く優れた調査報道を可能にするのと同時に、同社の広告をむしばんでいったのだ。
バロンさんは、この潮流を「大変化(ビッグムーブ)」と呼ぶ。そして、この動きに容赦はない、とも。
この変化の力は、私たちがどのように仕事に取り組みたいか、変化への対応が容易か、どれだけのことを学ばねばならないか、といったことに何の容赦もない。それがどれだけの加重負担になるか、そんなことにはおかまいなしだ。
この変化は、どうあろうと進んでいく。現実的な選択肢はただ一つ:変化に適応し、望むらくは繁栄していくために、やるべきことをやる。でなければ、破綻を選択することになる。
さらに、こう述べる。
この変化の速度におじけづいてしまっているなら、慰めの言葉はない。変化はより加速度的になるだろう。変化を受け入れず、抵抗を続けても、それで変化が弱まったり、容赦されたりするわけではない。脇へ追いやられ、忘れ去られるだけ。それが苛酷な現実だ。
紙からデジタルへ、というジャーナリズムの大変化は、私のような21世紀の前にこの業界で育ってきた人間には不快なものだ。だが、私たちはそれを乗り越えていかねばならない。
そして、時代認識を確かめる。
私たちがデジタル社会になりつつある、といった物言いは間違っている。私たちは、すでにデジタル社会にいる、のだ。さらに言えば、この表現すら時代遅れだ。私たちがいるのはモバイル社会だ。2020年には成人の8割がスマートフォンを所有すると見られている。
紙が主、1面が重要、それらは捨てるべき考えの最たるものだ、とバロンさんは言う。
そして、47人ものエンジニアを報道局に配置し、イノベーションをポストのジャーナリズムの中心に据えている、とバロンさん。
こんな激変の中でも、ウォーターゲート事件以来のポストのスクープの伝統と信頼は、不変のものだ、とも述べている。
●モバイル時代のジャーナリズム
やはり4月7日付で、ニューヨーク・タイムズのデジタル戦略を公開しているのが同社の上級副社長でCIOのマーク・フロンズさんだ。
フロンズさんは、タイムズのデジタル戦略をモバイルにフォーカスしている、と宣言。
2年前には30%だったモバイルのトラフィックが、昨年は初めて50%となり、2~3年後には75%になるだろうと予測する。
タイムズが1面に掲げる長年のスローガン「印刷するにふさわしいすべてのニュース(All the News That's Fit to Print)」は、2007年のキャンペーンでは、「クリックするにふさわしいすべてのニュース(All the News That's Fit to Click)」となった。
そしてフロンズさんは、「ポケットにぴったりのすべてのニュース(All the News That Fits in Your Pocket)」ならぬ、ジャーナリズムにとってのモバイルの重要性を説く。
確かにタイムズは、伸び悩む若者向けモバイルアプリ「NYTナウ」の無料化を検討していると報じられたり、好評のアイパッド用アプリ「NYTクッキング」をアイフォーンに対応させるなど、モバイルを巡る動きが活発だ。
そしてモバイル戦略に取り組む関係者に、こんなアドバイスを述べている。
もし、ウェブに30人のエンジニアをつけて、モバイルには3人、という状態なら、大幅にバランスを見直すべきだろう。予算の80%がデスクトップ向け、30%がモバイル向けなら、モバイル対応の遅れを取り戻すためにモバイルに予算を集中させる、というのでなければ、せめて半々にはしておくべきだ。
そして、モバイルのキモは、通知(ノーティフィケーション)とパーソナル化のさじ加減にある、とも。
●ネット中心のテレビ
英公共放送「BBC」のCTO、マシュー・ポストゲートさんは、8日付の英フィナンシャル・タイムズのインタビュー記事で、「ネット中心」の番組配信にシフトしていく、と宣言している。
これは、ネットフリックスなどIT業界側からの、動画配信サービスの攻勢に対抗する戦略のようだ。
今後5年間で、番組制作態勢をインターネットファーストにするのが私の仕事だ。
ただ、デジタル移行については、BBCには手ひどいトラウマがある。
5年がかり、1億ポンド(176億円)をかけたデジタル化プロジェクト「デジタル・メディア・イニシアチブ」が、2013年に頓挫したのだ。
これは現ニューヨーク・タイムズCEOのマーク・トンプソンさんが会長時代に手がけたプロジェクトだったが、現会長のトニー・ホールさんが「金の浪費」と判断。トンプソンさんが謝罪に追い込まれる事態となった。
だが、ネットフリックスの動きを無視することもできない。若年層のテレビ離れも明確にデータに現れている。
ポストゲートさんは、より小規模で機敏な戦略で、「インターネットファースト」を進めていくのだ、と述べている。
●どこかで聞いたような
どこかで聞いたような気が、しないでもない話だ。
この種のデジタル戦略論で、最も切れ味がよかったのは、このブログでも「ニュースルームから紙の新聞を追い出す」などで取り上げてきた、デジタル・ファースト・メディアCEOのジョン・ペイトンさんだった。
だが、デジタル移行プロジェクト「サンダードーム」が頓挫し、売りに出されてしまっているようだ。
タイムズを率いるトンプソンさんにも、BBCでの古傷が残る。
ただ、「背水の陣」という、現実は現実としてある。
その意味では、一連の記事は、現時点でのメディアそれぞれの立ち位置がわかって、よいおさらいにはなる。
(2015年4月11日「新聞紙学的」より転載)