弊ブログ「新聞紙学的」のこの数年の投稿をまとめた拙著『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』が6月13日に出版されます。
米大統領選で注目を集めたフェイクニュース問題。そこでは一体、何が起きていたのか? 誰が、どんな目的で流布させ、具体的にどんな被害があったのか? 氾濫した背景は?
フェイクニュースをめぐる動きを見ていくと、「そもそもメディアは信頼されているのか」「ユーザーはニュースの真偽を判断できているのか」という問題に突き当たります。
フェイクニュースは、現在のメディアが抱える問題を映し出す陰画とも言えます。
ニュースも広告を含むビジネスも、土台となっているのは、メディアに対する信頼です。
メディアへの信頼が崩れてしまえば、ビジネスだけでなく、民主主義における情報共有を担うジャーナリズムの機能も失われてしまうかもしれません。
そうならないためには、いま何ができるか――。
そんな議論のきっかけになればと思っています。
出版にあたって、『信じてはいけない』の「はじめに」「目次」さらに170件の「参照URL」を公開します。
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『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』
はじめに―事実が関係ない時代
米大統領選の投開票から、間もなく1カ月となる12月4日の日曜日午後3時前。
ホワイトハウスから車で20分ほどの交差点脇にあるピザレストラン「コメット・ピンポン」に、1人の男性客がシルバーのプリウスで乗り付けた。ほかの客と違ったのは、その男が軍用のM16自動小銃と、38口径コルト・リボルバーを持っていたこと。
男は自動小銃を数発発射。けが人は出なかったものの、店の壁、ドア、そしてデスクトップパソコンが被弾した。
約30分後、男は駆けつけた警察官らに包囲され、銃を手放し、投降する。
ワシントン首都警察は、翌日付のプレスリリースで、こう記している。
「容疑者は"ピザゲート"(ネット上の架空の陰謀論)を自分で調べるために現場に来たと供述している」
ノースカロライナ州の自宅から、6時間がかりで現場にやってきた28歳の男は、こう供述した。
「このレストランが、子どもたちを性的奴隷として拘束している、とネットで読んだ。子どもたちがいるのかどうか、自分の目で確かめたかった。武装していたのは、子どもたちを助けるためだった」
ネット上の「フェイク(偽)ニュース」が、ついに現実の発砲事件を引き起こした――しかも、首都ワシントンで。
翌日のワシントン・ポストは、1面に写真付きでこの事件を報じた。
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その2週間前、11月17日、ドイツ・ベルリン。
オバマ米大統領は、メルケル独首相との首脳会談後の共同会見に立ち、フェイクニュースを巡ってこんな懸念を述べている。
もし私たちが、事実について、何が本当で何がそうでないかについて、真剣に考えなければどうなるか。特にとても多くの人たちが、携帯電話から目を引く、断片的な情報を受け取っているソーシャルメディア時代には。真剣な議論とプロパガンダの区別がつかなければ、私たちは問題を抱えることになる。保守かリベラルか、左か右かにかかわらず、もし人々が、歩み寄って民主的なプロセスに携わることを受け入れようとせず、絶対主義者的な世界観で、敵対者を悪魔呼ばわりし続けるようなら、その時、民主主義は崩壊する。
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ネット上のデマや中傷、陰謀論など、ニュースの体裁を取りながらも、事実に基づかない、あるいは虚実入り交じった偽情報「フェイクニュース」。
2016年の米大統領選をめぐり、ネットを飛び交った大量の「フェイクニュース」が、選挙結果に影響を与えたのではないかと指摘され、大きな注目を集めた。
大統領選の翌週、世界最大の英語辞典、オックスフォード英語辞典は「今年の言葉」に「ポストトゥルース(脱真実)」を選んだ。
感情や個人の信念で世論が動き、事実が顧みられない―「事実が関係ない時代」がやってきた。
世界中に漂う、そんな不安を言い当てた言葉だった。
同じ頃、日本で問題となったのは、De NAなどが運営していた「キュレーションサイト」だ。
ネット上の真偽不明な情報を拾い集め、ニュースのような体裁で大量に配信を繰り返す。
ここでも事実が顧みられることはなく、ひたすらアクセスと広告収入の獲得を追求していく。
やはり「事実が関係ない」時代を象徴する"事件"だった。
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ソーシャルメディアが社会の情報基盤となり、誰もがメディアとして情報発信をする時代。ネットにあふれる膨大な情報量によって、何が本当に必要なものなのかを判別することさえ、難しくなっている。
まして、スマートフォンのタイムラインに次々と流れてくる情報のうち、どれが事実で、どれがフェイクニュースなのか、瞬時に見分けるのは至難の業だ。
このまま、フェイクニュースがはびこっていけば、ピザレストランの発砲事件よりも、もっと深刻な事件が起きる可能性もある。あるいは、自分でもフェイクニュースを拡散してしまったり、その結果が身に降りかかってきたりするかもしれない。
ただ、情報の取り扱い方には、いくつかの基本的なルールがある。
そのルールにしたがって情報を見ていけば、少なくとも、フェイクニュースの拡散に手を貸すようなことは防げるし、拡散に歯止めをかけることもできる。
本書では、注目を集めるフェイクニュースの実態と、それを防ぐために、私たちに何ができるのか、を考えていく。
フェイクニュースとはどんなもので、どんな人たちがそれを信じるのか(第1章)、フェイクニュースが広がっていった仕組みとは(第2章)、そして、フェイクニュースが現実社会に与えた影響とは(第3章)。
一方で、米国のトランプ大統領はメディアこそが「フェイクニュース」と批判し続けている(第4章)。
フェイクニュースを発信しているのは誰か(第5章)。フェイクニュースにダマされないための防衛策とは(第6章)。フェイクニュースに対抗するファクトチェックとは何か(第7章)。フェイクニュース拡散の主な舞台となったフェイスブックの責任は(第8章)。
日本でも起きていたこの問題、今後取り組むべき課題とは何なのか(第9章)。その背後にあるメディア環境の変化とは(終章)。
これらを順に掘り下げることで、民主主義を脅かすフェイクニュースの正体を探っていきたい。
(※文中で言及する日時は、すべて現地時間とした)
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目次
はじめに
第1章 フェイクニュースとは
「ピザゲート」発砲事件/12月4日午後3時/「情報が100%でなかった」
メール流出と陰謀論/右派サイトの拡散/「ボット」がうごめく
脅迫、そしてネット中継/政権移行チームからの解任/陰謀論を信じる人々
消えない陰謀論/フェイクニュースの定義とは
フェイクニュースの7類型/「ピザゲート」の示すもの
第2章 拡散の仕組みとは
「ローマ法王がトランプ氏支持」/今度は「ローマ法王がヒラリー氏支持」
「ローマ法王がトランプ氏支持」リバイバル/「米国で最古の日刊紙」
事実よりも広く拡散/トランプ・メディア生態系/125万件の記事を分析
マイクロ・プロパガンダ・マシン/「ツイッターボット」が拡散
「ボット」の8割がトランプ支持/英国のEU離脱でも
フェイクニュースの"量産工場"
第3章 フェイクニュースが与えた影響
「トランプ氏の勝利はフェイスブックのおかげ」
エコーチェンバー、集団分極化、フィルターバブル
バックファイアー効果/米大統領選への影響は限定的?
サイバー攻撃、プロパガンダ、フェイクニュース
ロシア政府の動機/民主主義への脅威/仏大統領選のダークホースも
メルケル首相との記念写真
第4章 トランプ政権とフェイクニュース
8割以上に間違い/「数百万票の違法投票」
右派サイトのフェイクニュース/「君たちはフェイクニュースだ」
「それはオルタナティブファクト」/「オーウェルの世界だ」
「メディアこそフェイクニュース」/「ツイッター・アカウント削除」のニュース
「オバマ政権がトランプタワーを盗聴」/議会が動く/「英GCHQの関与」
第5章 発信者たち
「バンクシー」になった男/「デモ参加で3500ドル受け取った」
フェイクニュースの動機/欧州議会でのスピーチ
「フェイクニュース界のゴッドファーザー」/マケドニア、そしてジョージア
サイバー攻撃とフェイクニュース/民主党全国委員会が狙われる
ウィキリークスが2万通のメールを暴露/マクロン陣営でも
第6章 ダマされないためには
中身を確認する/アドレスに注意/サイト説明を確認する
他のニュースサイトも報じているか/筆者は誰か、何を書いてきたか
情報源はどこか/画像は本物か/アドセンスIDをたどる
ネットに聞け/「スローニュース」という考え方
メディア消費とメディアづくりの五つのルール
第7章 ファクトチェックで対抗する
テレビ討論会で/現場取材で反論する/BBCが実践する
CNNがライブ中継を取りやめる/ルモンドのデータベースと連携
ファクトチェックの効果/「ポストトゥルースではない」
ファクトチェックへの攻撃/デイリー・メールの追及と波紋
ファクトチェックの基準/ノウハウを共有する
ファクトチェックを見直す/三つの理由
第8章 フェイスブックの責任
メディアとプラットフォーム/「保守派メディア排除」疑惑
議会も巻き込む騒動に/金曜日の夕方、26人を解雇する
「人気キャスターを解雇」/ピュリツァー賞写真を削除する
編集長が声を上げる/首相の投稿を削除する/批判と撤回
必要なのは"エディター"/アルゴリズムは中立か?
「バカげた考え」/対策に動き出す/「フェイスブックはメディア」
「リテラシーの促進」と「信頼の向上」
第9章 日本で、そしてこれから
WELQ問題/キュレーションサイトの閉鎖/第三者委員会報告書
共通する動機/舞台はグーグル/英国議会での批判
グーグルから広告を引き上げる/グーグルの対応策/騒動は大西洋を渡る
民主主義の敵/マスメディアへの不信/これからできること
終章 ウェブの発明者の懸念
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■デジタルメディア・リテラシーをまとめたダン・ギルモア著の『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術』(拙訳)全文公開中
(2017年6月9日「新聞紙学的」より転載)