P・マッカートニー対ネットの父、EU新著作権指令案"否決"の背景

今回の否決を受け、議論は9月に仕切り直しとなる。
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賛成派には元ビートルズのポール・マッカートニー氏、反対派には"インターネットの父"、ビントン・サーフ氏やワールド・ワイド・ウェブの開発者ティム・バーナーズリー氏――。

欧州連合(EU)における、デジタル時代の著作権の枠組みを目指す新たな指令案をめぐる議論が、山場を迎えている。

欧州メディア・コンテンツ業界対シリコンバレーという目を引く構図の中で、双方とも激しいロビー活動を展開。

欧州議会の委員会では可決されたものの、その2週間後には本会議で否決、というめまぐるしい動きを見せている。

「コンテンツフィルター」や「リンク税」など、波紋を呼ぶ論点を抱えた新指令案。

今回の否決を受け、議論は9月に仕切り直しとなる

●賛成278、反対318

賛成278、反対318、棄権31――。

MEPs will discuss the proposed copyright laws further in September.

Here is how things unfolded today https://t.co/zYgCrWjF2Ypic.twitter.com/C8gnFQ6N5h

— European Parliament (@Europarl_EN) 2018年7月5日

7月5日、欧州議会は、EUの新たな指令案「デジタル単一市場における著作権指令」の承認をめぐる採決を行い、40票差で否決された。

これは2016年、現行のEU著作権指令(2001年)を、デジタル時代に適応させる新指令案としてEUの行政機関である欧州委員会によって提案され、2年越しで議論が続いてきた。

EU指令自体は法律ではなく、成立すれば、それに基づいて、加盟国ごとに自国法を策定することになる。

新指令案は、今年5月25日に加盟国閣僚からなるEU理事会の補佐機関、常駐代表委員会(COREPER)で承認

さらに6月20日の欧州議会法務委員会(JURI)において、賛成14、反対9、棄権2で可決された。

5日の欧州議会の採決は、この法務委員会を経た新指令案を承認し、次の段階であるトリローグ(欧州理事会、欧州議会、欧州委員会の三者交渉)へと進めることの可否を問うもの。

ここで承認されていれば、トリローグを経て、早ければ年内にも欧州議会で最終的な採決、となる見通しだった。

だが否決を受けて、新指令案は修正のテーブルに差し戻され、9月に改めて議論されることになる。

●ポール・マッカートニー氏の手紙

この新指令案の行方は世界的な関心を集めてきた。

デジタル時代に合わせて著作権を強化する、というその内容を巡り、賛成派、反対派、それぞれが目を引くキャンペーンを展開してきたことも、その一因だ。

音楽業界からはプラシド・ドミンゴ氏やジェイムス・ブラント氏ら1300人を超すアーティストが、新指令案賛成を表明。

中でも、賛成派の顔の一人となったのは、元ビートルズのポール・マッカートニー氏だ

音楽業界には、ユーチューブに代表されるような動画共有サイトが莫大な利益を得ながら、アーティストやクリエーターにそれが十分に還元されていない、との不満がある。

マッカートニー氏は採決の2日前、7月3日付けで欧州議会宛ての書簡を公開。その中で、新指令案への支持、特に第13条(保護コンテンツの利用、後述)への支持を訴え、こう述べている。

EU set to vote on 2 years of work on EU copyright directive. Over 1,000 recording artists - inc @PlacidoDomingo, @JamesBlunt, @cabrelfrancis, @Vienna_Phil, @udolindenberg & now the legend Sir @PaulMcCartney have called on their MEPs.

Vote YES (Tomorrow, 12pm CET) #ValueGap 🇪🇺 pic.twitter.com/vE8adCNs4I

— IFPI (@IFPI_org) 2018年7月4日

現在、ユーザーアップロード型のコンテンツプラットフォームは、そこから自分たちの利益を得る一方で、アーティストや音楽クリエーターに対して、公平な補償を行わないケースがある。これらのプラットフォームが音楽から得る価値と、彼らがクリエーターに支払う価値。そこに、価値のギャップとしての格差がある。

(中略)

ここ欧州の音楽の未来は、皆さんが握っているのです。

●「ネットの父」「ウェブの父」の懸念

これに対し、著作権強化の新指令案に懸念を表明するのは、主にインターネットの専門家やIT業界だ。

反対派は法務委員会での採決に先立つ6月12日付けで、欧州議会議長のアントニオ・タイヤーニ氏宛てに、やはり公開書簡を送っている

公開書簡には、「インターネットの父」でグーグル副社長のヴィントン・サーフ氏や「ウェブの父」でワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(W3C)ディレクターのティム・バーナーズリー氏、ウィキペディアの創設者、ジミー・ウェールズ氏、インターネット・アーカイブの創設者、ブルースター・ケイル氏、ネットセキュリティの専門家、ブルース・シュナイアー氏、さらにマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ所長の伊藤穣一氏ら70人以上が名を連ねる。

ここでも指摘されるのが、新指令案第13条(保護コンテンツの利用)だ。書簡では、著作物のネット利用への対価分配の必要性は認めながら、こう述べる。

インターネットのプラットフォーム事業者に、ユーザーがアップロードするすべてのコンテンツに対して自動フィルタリングを行うよう要求することで、第13条は、共有とイノベーションのオープンなプラットフォームとしてのインターネットを、ユーザーに対する自動監視とコントロールのツールへと変えてしまう、未曽有の一歩を踏み出すことになる。

(中略)

これによる、我々の知るフリーでオープンなインターネットへのダメージは予測不能だが、相当なものになるだろう。

そして、書簡はこう述べる。「インターネットの未来のために、この条項の削除に投票を」

このほかに、強力なロビー活動を展開するのが、新著作権指令によって負荷を被ることになる、シリコンバレーに代表される米IT業界の大手だ。

グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの通称「GAFA」のほか、マイクロソフト、ツイッター、イーベイ、エアビーアンドビーなど18社がつくる業界団体「EDiMA」などが、活発な動きを見せる。

7月5日の欧州議会での否決を受けて、EDiMAは早速、リリースを出している。「EDiMAは、民主主義が著作権指令案を覆すことに成功したことを歓迎します」

●「コンテンツフィルター」の問題

このように、EUの新著作権指令案で、大きな注目を集めてきた問題の一つが、第13条「オンラインコンテンツ共有サービスプロバイダーによる保護コンテンツの利用」だ。

ネットの共有サイトが、著作権者と適切なライセンス契約を締結し、その内容を反映した適切な対策を取ることや、ライセンス契約がない場合でも、著作権侵害のコンテンツが利用できなくなるような対策などを求める内容だ。

13条の1では、ライセンス契約がない場合の侵害コンテンツと対策について、このように規定する。

オンラインコンテンツ共有サービスプロバイダーは、著作権者と協力し、著作権やその他の権利を侵害している作品、その他の素材が、サービス上で利用できなくする一方、非侵害の作品、その他の素材についてはそのまま利用できるよう、適切かつふさわしい対策を取ることとする。

この実例とみられているのが、著作権者が自分の著作物を閲覧できないようにしたり、それによる収益を確保できるようにするユーチューブの仕組み「コンテンツID」だ。

ただ、このような取り組みが過度になり、著作物かどうかの仕分けを、すべてのコンテンツに自動的に適用するようになれば、ネットの自由な情報流通を疎外してしまう――それが、「コンテンツフィルター」への懸念だ。

新指令案の検討過程では多くの修正が加えられており、「コンテンツフィルター」批判を意識した箇所もある。

13条1bとして、このような条項も加えられている。

このような対策はふさわしく、かつユーザーと著作権者の基本的権利のバランスをとったものであり、(中略)オンラインコンテンツ共有サービスプロバイダーに対し、伝送ないしは格納する情報をモニターするよう、全般的な義務を課すものではない。

だが、「コンテンツフィルター」批判は、払拭しきれなかったようだ。

●「リンク税」とメディア業界

新著作権指令案のもう一つの大きな焦点は「リンク税」。

該当するのは第11条「報道出版物のデジタル利用に関する保護」だ。

第11条1はこう規定されている。

(複製権や公衆送信権を)報道出版物の出版者に認め、情報社会サービスプロバイダーによるそのデジタル利用に対し、公平で適切な報酬を得られるようにする。

ややわかりにくいが、その趣旨は、グーグルなどのニュースのアグリゲーションサービスを提供する事業者(情報社会サービスプロバイダー)から、報道メディアがニュース利用の対価を得られる権利を規定したものだ。

現行のEU著作権指令「情報社会における著作権等のハーモナイゼーションに関する指令」(2001年)には、二次著作物などの可否を認める複製権(第2条)、オンラインなどで公開する権利、公衆送信権(第3条)についての規定がある。

しかしこれらの権利は、作家、実演家、音楽製作者、映像製作者、放送事業者の5分野に対して認められているが、報道メディアはこの中に含まれていない。

このため、新指令案では、この権利を報道メディアにも付与するとの狙いがある。

ただこれが、「ニュースのリンクへの課金」をイメージさせ、ネット上の情報共有への萎縮効果が懸念されたことから、「リンク税」という通称がついたようだ。

●「グーグル税」の顚末

だが、この問題の経緯から、この条項にはもう一つの通称がある。

それが「グーグル税」だ。

これはグーグルと欧州メディアの、アグリゲーションへの課金を巡る対立の中から出てきた。

グーグルニュースなどのニュースコンテンツのアグリゲーションについて、メディア側は以前から「ダダ乗り」との不満を訴え、アグリゲーター側は「メディアには、代わりにトラフィックを供給している」と反論する――そんな構図が続いてきた。

この対立の構図が、グーグルとの実際の衝突へと発展した事例として、広く知られるのが、ドイツとスペインだ。

ドイツでは2013年、アクセル・シュプリンガーをはじめとするメディアの後押しで、法改正が成立した。

「副次的著作権」法と呼ばれ、検索結果で記事の抜粋(スニペット)を表示することに対して、使用料を課すという内容だ。

これに対して、グーグル側はスニペットを非表示にするなどして対抗。メディア側は、グーグルの検索結果への表示を拒否するという手段に出たが、2014年11月、アクセスの激減に耐えられずに2週間で表示拒否を取りやめた。

スペインでも、メディア業界の旗振りで2014年10月に著作権法の改正が成立。

ニュース記事へのリンクとスニペットを掲載するアグリゲーションサービスに対して、メディア側が使用料を要求でき、従わない場合には最高で60万ユーロ(約6800万円)の罰金が科される、という内容だった。

これに対しグーグルは、2015年1月の法施行を前に、2014年12月、スペイン版グーグルニュースの閉鎖を表明。

結局は、メディアへのトラフィックが減少するという結果を招くことになった。

つまり、グーグルに対してメディアが対価を請求できる権利の法整備はしたものの、実際には対価を得ることができなかったばかりか、逆にグーグルから流入していたトラフィックまで失うという皮肉な結果に終わった、ということだ。

この構図を、EU全域に広げようとしているかのような規定が、新たな著作権指令の第11条だ。

ただここでも、当初案からの変更点として、「リンク税」批判を意識した修正が加えられている。

第11条に、1a、2aという項目がそれぞれ追加され、こう規定している。

1a.パラグラフ1の権利(複製権、公衆送信権)は、個人による報道出版物の私的、非営利の合法的的利用を妨げるものではない。

2a.パラグラフ1の権利は、ハイパーリンクの行為にまで拡張されるものではない。

●フィードバックループの余波

この問題が波紋を呼んでいるのは、賛成派、反対派の知名度だけではない。

ネットの米国支配、特にGAFA支配への、EUの対抗措置というより根深い対立の側面もある。

5月下旬に施行されたEUの新たな個人データ保護法制「GDPR(一般データ保護規則)」も、やはり同様の危機感が起点となっていた。

その後、米国家安全保障局(NSA)による大規模情報監視の実態を告発するスノーデン事件が発覚。グーグルやフェイスブック、アップルなどIT企業からも、NSAがデータ収集を行っている、とする内部資料が明らかになった。

これを受けてEUでは大きな批判の声が上がり、GDPRの条文で、罰金額が当初案の「100万ユーロ、もしくは世界の売上高の2%」から、最終的に「2000万ユーロ、もしくは世界の売上高の4%」へと大幅に引き上げられるなど、より先鋭化した形で法制化される、という経過をたどった。

そして、そのGDPR施行の影響は、EUにとどまらず世界規模で波及することになるというフィードバックループを生んだ。

そんなフィードバックループが、これからのインターネットをどう変えていくのか。

それこそが、EU著作権指令案をめぐる、本当の懸念の焦点だろう。

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(2018年7月8日「新聞紙学的」より転載)

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