フェイスブックのユーザーデータ流用問題は、その規模が5000万人から8700万人へと広がり、日本のユーザーも含まれているなど、拡大の一途だ。
一方で、この騒動をきっかけに、IT企業のビジネスモデルそのものを問う声も上がってきた。
売っているのはプロダクトか? ユーザーの個人情報か?
ACC & Apple Partnership--Apple CEO Tim Cook and Austin Community College (ACC) President/CEO Dr. Richard Rhodes join Austin Mayor Steve Adler and State Senator Kirk Watson for an exciting announcement launching a new app development program at ACC on Friday, August 25, 2017 at the Capital Factory in downtown Austin, Texas.
疑問を投げかけたのは、アップルCEOのティム・クック氏。反論したのは他ならぬフェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグ氏だ。
「ユーザーをプロダクトと見なしている」「ばかげた話だ」――2人の舌戦は、歯に衣着せぬ応酬だ。
IT企業寡占の象徴とされる「GAFA」。その一角を占めるこの2人の論争は、IT企業のあり方を改めて問い直すきっかけになりそうだ。
●8700万人分の個人データ
フェイスブックは4日、米大統領選でトランプ陣営を支援したデータ解析コンサルタント「ケンブリッジ・アナリティカ」をめぐるユーザーデータの流用問題で、不正に持ち出されたのは、これまで報じられていた5000万人分を超える8700万人分であることを明らかにした。
さらに被害ユーザーは米国が8割(7000万人)を占めるが、他にもフィリピン(116万人)、インドネシア(110万人)、英国(108万人)など各国にまたがることも併せて公表。
日本でも、問題となった性格診断アプリをインストールしたのが104人、これによりデータが持ち出されあた可能性がある友達の数は最大10万人だとした。
これまでは27万人というダウンロード数しか明らかにしていなかったので、フェイスブックとして、被害規模の全体像を公表するのは初めてということになる。
合わせて新たな問題点として、電話番号とメールアドレスによってユーザーの友達を検索できる機能の悪用の可能性についても、公表している。
それによると、すでに電話番号やメールアドレスの情報を持っているデータブローカーなどの外部事業者が、検索機能を通じてこれらをフックにユーザーデータをたぐり、収集していたことが判明したという。その対象は21億人のほぼ全ユーザーに及ぶ、としている。収集の対象は、ユーザーが公開指定にしているプロフィールなどの基本情報だ。
今回の騒動を受けて、ザッカーバーグ氏は10日午後2時15分から上院司法委員会、11日午前10時から下院エネルギー・商業委員会の公聴会で、それぞれ証言台に立つことになった。
またザッカーバーグ氏は、ニューヨーク・タイムズ、CNN、リコード、ワイアード、ボックスと立て続けにメディアのインタビューに応じ、事態の収拾に追われた。
●アップルCEOの批判
ただ、フェイスブックに批判の矛先を向けたのは、議会やメディアだけではなかった。
批判の主の一人は、アップルCEOのティム・クック氏だった。
クック氏は、CNBCとリコードのインタビューに対し、フェイスブックなどの企業が「ユーザーの詳細なプロフィールを、いくつものソースからのデータとつなげるようなこと」は制限すべだった、とした上でこう述べていた。
最も優れた規制は、外部からの規制ではなく、自主規制だ。しかし、その段階はもう超えてしまったようにも思う。
そして、アップルの姿勢について、こう強調した。
ユーザーをプロダクトと見なすなら、アップルは多額の収入を手にすることができる。だがアップルは、それはやらないと選択したのだ。
そして、この問題はユーザー自らも対処しなければならない、として、ブラウザのプライバシーモードを使った履歴の残らない閲覧や、クッキーのブロックなどをアドバイスした、という。
クック氏は、これ以前にもフェイスブックに対する批判的な立場を明らかにしている。
今回の事件発覚後の3月24日、北京で開催されたフォーラムで、クック氏はこう述べた。
現状は、もはや惨憺たる事態で、これだけ拡大してしまっている以上、おそらくきちんとした規制が必要なんだと思う。
自分の数年にわたる閲覧履歴や、コンタクトした相手、その相手のコンタクト先、何に「いいね」をしたり「よくないね」をしたか、そんな生活の機微にかかわるあらゆる細部を、誰か他人が知ることができる――私から見ると、そんな機能は存在すべきではない。
そして、こう続けている。
多くの国の人々が、自分のしていることの意味も十分わからぬまま、個人データを提供し続けてきた。そして、そのデータによって、詳細なプロフィールが構築され続けてきた。だがある日、何か事件が起きて、それまで気づかずに行われてきたことに、人々が非常な怒りを感じる......そんなことになるのでは、とこの数年、私たちは心配してきた。残念ながら、その見通しは1度ならず現実のものとなってしまった。
クック氏の批判の矛先は、フェイスブックだけでなく、グーグルも含めたユーザーデータの収集と利用を基盤とするビジネスモデルそのものに向けられているようだ。
この前年には、こうも述べている。
シリコンバレーの地から、みなさんにお伝えする。シリコンバレーの最も著名で成功しているいくつかの企業は、ユーザーに個人情報について油断させることでビジネスを作り上げている。彼らはユーザーから知ることができるあらゆる情報を丸呑みにし、それを換金化しようとする。アップルは、それは間違いだと思っている。そして、それはアップルが目指す企業の姿ではない。
アップルのこの立ち位置は、2016年に浮上した、米連邦捜査局(FBI)によるアイフォーン端末のデータへのアクセス要求を拒否した騒動、いわゆる「バックドア」問題の際にも注目を集めた。
そしてこの姿勢は、前CEOのスティーブ・ジョブズ氏の時代から一貫している。
2010年6月のカンファレンスで、ジョブズ氏はこう述べた。
プライバシーとは、ユーザーが何にサインアップしようとしているのか、わかりやすい言葉で、繰り返し知らせる、ということだ。
このカンファレンスの場には、ザッカーバーグ氏もいたという。
●ザッカーバーグ氏の反論
By Anthony Quintano (CC BY 2.0) Facebook F8 2017 San Jose Mark Zuckerberg
クック氏の批判に対し、ザッカーバーグ氏はボックス編集長のエズラ・クライン氏とのインタビューの中で、こう反論している。
大事なことは、私たち全員がストックホルム症候群に陥らないこと。つまり、ユーザーにより多くの課金をさせようと懸命になっている企業が、まるでユーザーのことをより気遣っているかのように、信じ込まないことだ。私にはとてもばかげた話に思える。
「ストックホルム症候群」とは、犯罪被害者が犯人と長時間一緒にいることで、逆に過剰な信頼を寄せてしまうことを指す。
課金で搾取する企業に囲い込みを受けるユーザー――そんな企業を信頼するな、という主張のようだ。
アップルはユーザーを広告主に売るのではなく、プロダクトをユーザーに売るビジネスモデル――そんなクック氏の主張について、ザッカーバーグ氏は「口先三寸の極みで、真実とはほど遠い」と批判。さらにこう述べる。
世界中の人々をつなぐ手助けをするサービスをつくりたいと思った時、金を払う余裕のない大勢の人たちがいる、という現実がある。そのため、多くのメディアがそうであるように、広告サポートモデルを採用することが、サービスを人々に届けるための唯一の合理的なモデルとなるのだ。
●広告と課金のグラデーション
実際には、広告モデルは、ユーザーデータを駆使したマイクロターゲティングだけではない。
また、広告モデルと課金モデルが対立するものでもなく、その間には多くのグラデーションとオプションがある。
ただこの2人の論争は、フェイスブックのユーザーデータ大量流用の騒動によって、ネットサービスとプライバシーを巡って続いてきた問題が、改めて大きな議論の俎上にのぼっていることを示している。
この論争を受けて、ワシントン・ポストは早速、「無料でスパイをされる代わりに、いくらならフェイスブックを有料で使う?」というアンケートをしている。
ネットフリックスは月額11ドル、アマゾンプライムは13ドル。フェイスブックは、ターゲティング広告で得ている売り上げを維持するには北米のすべてのユーザーに月額7ドル課金する必要がある。あなたならいくら払う:
9日朝現在、0ドル(16%)、1ドル(11%)、5ドル(15%)、7ドル(16%)、そして最も多いのは「個人データ代を私に支払うべき」の42%だった。
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■新刊『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)
(2018年4月8日「新聞紙学的」より転載)