トランプ米新大統領誕生をめぐり、フェイスブックに蔓延するデマニュースの影響を指摘する議論は、投開票日から1週間以上たってもなお広がり続けている。
やはりデマニュースの表示が指摘されたグーグル、そしてフェイスブックは14日になって相次ぎ対策を表明。広告配信ネットワークの規約を改正し、デマニュースサイトを排除する方針を打ち出した。
だが広告配信を止められても、いくらでも別サイトを立ち上げることはできる、と当のデマサイトの運営者は述べる。
実際にデマニュースは、複数のサイトへと転載されることで、ネット上から消滅することなく拡散を続けている。
では、実効性のある対策は取ることができるのか。
研究者らが、いくつかの具体策の提言をし始めている。
そして、フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグさん本人も、より具体的なプランを明らかにした。
●デマニュースで月1万ドルの収入
ワシントン・ポストは17日、デマニュースサイトの運営者として知られるポール・ホーナーさんへのインタビューを掲載している。
ホーナーさんは、自分が覆面アーティスト、バンクシーだ、とのデマをネットに流して騒ぎを起こした経歴も持つ人物だ。
ホーナーさんの収入は、ほとんどはグーグルのアドセンスから得ており、月額で1万ドル(100万円)になるという。
そして、10ほどのサイトを保有しているため、2つ、3つつぶれても、また別の名前で立ち上げればいい、と。
彼らは私の全てのサイトから広告を取り下げることもできる。私はそれでも構わない。ただ、フェイスブックも(グーグルの)アドセンスも(デマニュースのサイト上の広告から)たくさんの収入を生み出している。その広告を取り下げるということは、彼らも多額の金を失うということだ。
そして、こう言う。
私のサイトはトランプ氏支持者にいつも取り上げられていた。トランプ氏がホワイトハウス入りできたのは、私のおかげだ。トランプ氏の信奉者は、何であろうと事実確認をしない。彼らはあらゆるものを投稿し、何でも信じる。(反トランプの)デモ参加者が3500ドルを受け取っていたという私の記事を、トランプ氏の選対本部長がツイートしていた。これも、私の作り話だ。
●拡散は繰り返す
デマニュースは、検証(ファクトチェック)によって否定されたとしても、同じ記事が他のデマサイトに転載されたり、配信日時を更新して新たな記事と見せかけたりすることで、さらに多くのエンゲージメントを獲得していく。
「反トランプのデモ参加者が3500ドルを受け取っていた」というデマニュースは、比較的よく知られているものの一つだ。
サイトは「ABCニュース」とうたっているが、もちろん偽物だ。
ドメイン名の右側が「.com」ではなく、コロンビアの国別ドメイン「.co」をつけて、「.com.co」となっているのが、一つの特徴のようだ。
ホーナーさんが言うとおり、今年3月、トランプ陣営の選対本部長(当時)だったコーリー・レワンドウスキーさんがツイッターでこのデマを紹介している。
ワシントン州立大学バンクーバー校のマイク・コールフィールドさんは、このデマは今年3月に公開されたものの、日付を更新し続けることで、なお勢いを保っている、と指摘する。
これは6月に検証サイト「スノープス」がデマ認定をしているが、むしろ投開票日に向けて関心が高まったようだ。
グーグルトレンドで関連キーワード「trump protester paid」を調べると、3月から断続的に関心を集めているが、ピークは投開票日2日前の11月6日だ。
タンパベイ・タイムズが運営する検証サイト「ポリティファクト」が11月17日に、改めてデマの指摘をしている。
コールフィールドさんによると、フェイスブックでは、このデマが42万3000回も共有されているという。ただ、サイトに表示されている閲覧数は7万回。この数字を信じると、共有数の17%にしか実際に見られていない。
つまり単純計算では、少なくとも共有した人の8割以上は見出しだけは目にしても、中身までは読んでいない、ということになる。
さらによく知られたデマニュースとして、「ローマ法王がトランプ氏を支持」がある。
オリジナルのデマサイト「WTOE5ニュース」が7月9日に配信した時よりも、それを9月26日になって別のデマサイト「エンディング・ザ・フェド」が転載した時の方がはるかに拡散している。
ソーシャルメディアの分析サービス「バズスモー」でフェイスブックのエンゲージメントを調べてみると、「WTOE5ニュース」は11万6700件だが、「エンディング・ザ・フェド」では、96万1300件に及んでいる。
また、グーグルトレンドで「pope trump」を検索しても、関心のピークは、「エンディング・ザ・フェド」が転載した後の10月13日に迎えている。
●デマニュースのエンゲージメント力
デマニュースがマスメディアの注目ニュースよりもはるかにエンゲージメントを獲得する、という現象も、いくつかの検証から指摘されている。
マイク・コールフィールドさんは、デマニュースサイト「デンバー・ガーディアン」による「クリントン氏流出メール担当のFBI捜査官、無理心中」というデマを取り上げている。
このデマと、ボストン・グローブ、ロサンゼルス・タイムズ、シカゴ・トリビューン、ワシントン・ポストのトップニュースのフェイスブックでの共有数を比較。
デンバー・ガーディアンが56万8000件に対して、既存メディアの方は最も多いワシントン・ポストでも、3万8000件。デマニュースが圧倒的な拡散力を持つことを示した。
また、検証の専門家でバズフィード・カナダ創刊編集長、クレイグ・シルバーマンさんも、同様の比較を、さらに大がかりに行っている。
シルバーマンさんは、今年2~4月、5~7月、8月~11月8日(投開票日)の3つの時期に分け、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどのメディアによる、フェイスブック上のエンゲージメント(いいね+共有+コメント)が高かった記事の上位20本と、デマニュースサイトの上位20本を、ソーシャルメディアの分析サービス「バズスモー」で比較している。
すると、当初はメディアサイトが4倍ほどの差をつけてデマサイトを上回っていたが、投開票前3カ月では、これが逆転。デマサイトが871万件に対して、メディアサイトが737万件という結果に終わった。
中でも最もエンゲージメントを獲得したデマは「ローマ法王がトランプ氏を支持」だった。
●デマは投票行動に影響を与えたのか
これらのデマは、実際に投票行動に影響を与えたのか?
フェイスブックCEOのマーク・ザッカーバーグさんは、ニュースフィードのコンテンツは99%以上内容に問題はなく、デマが投票に影響を与えたという議論は「バカげた考えだ」と反論している。
ただ、フェイスブックはこれまで、70万人近いユーザーの感情をコントロールする実験を行ったり、コンテンツや表示を操作することで、ユーザーを投票に向かわせたり、といった実験を繰り返し、その結果を学術誌にも発表。ユーザーを"動かす"力を自ら証明している。
今回の大統領選では、どうか。
ザッカーバーグさんは、今回の選挙でも、フェイスブックのキャンペーンにより、200万人が有権者登録を行い、推計でほぼ同数が実際に投票に行った、と明らかにしている。
ニューヨーク・タイムズが2万4537人を対象に実施した投票者への出口調査では、8月以前に投票先を決めていたのは全体の60%で、うちクリントン氏支持は52%、トランプ氏支持は45%だった。
これに対して、9月以降に決めた人は40%で、こちらはトランプ氏支持者が上回っている(※9月50%、10月51%、直前1週間50%、直前数日46%)。
投開票日近くで投票先を決めた人にトランプ氏支持が多い傾向は、CNNの出口調査でも示されている(最終週に決めた13%のうち、47%がトランプ氏支持、42%がクリントン氏支持)。
ただ、この評価をめぐっては、議論は分かれる。
デマニュースの張本人、ホーナーさんが言うように、その氾濫がトランプ大統領誕生に影響を与えた、との見方もある。
だが一方で、"ポスト・トゥルース(真実の終焉)"と言われる情報空間の中で、事実かどうかははなから問題にされていない、との見立てもある。
テックブログ「ストラテッカリー」のベン・トンプソンさんは、デマニュースはそもそも、人々が自分の考えを確認するためにあえて望んだものであり、これは心理学で言う"確証バイアス"だと指摘する。
デマニュースが蔓延したのは、ユーザーがそれを望んだからだ。これらのデマニュースサイトにはトラフィックが集まった。ユーザーがそれらの記事をクリックし、共有したからだし、そのデマによってすでに真実だと思っていたことを確証したからだ。この確証バイアスは、とてつもないドラッグであり、そしてビジネスモデルなのだ。
●「ほら見ろ」
この状況に忸怩たる思いをしているのが、かつてフェイスブックで人気ニュースのお薦め欄「トレンド」で掲載コンテンツを選び、見出しの作成を担当していた元編集者たちのようだ。
ニュースメディア「ヴァイス」が、その1人、アダム・シュレーダーさんへのインタビューを行っている。
フェイスブックでは今年5月、「トレンド」の編集者が「意図的に保守派メディアを排除していた」との疑惑が取り沙汰され、CEOのマーク・ザッカーバーグさんが保守派の論客たちへの説明に追われる事態となった。
この時の"偏向"疑惑を受けて8月末、フェイスブックは担当編集者を一斉解雇。アルゴリズム主導での出直しをした。
だがその直後、「フォックス・ニュースが、クリントン氏支持を理由に人気キャスターを解雇」というまったくのデマを取り上げてしまうなど、「トレンド」をめぐるごたごたが現在まで尾を引いている。
「ほら見ろ、我々を追い出したことが間違いだってわかったろ」
シュレーダーさんは、現在のデマ騒動に、そんな気分もあると明かす。その一方で、こうも述べる。
我々が「トレンド」のコンテンツづくりでやっていたのは、記事を書くのと同じことだった。それは報道であり、ニュースの制作だった。
マーク・ザッカーバーグは、フェイスブックがニュースのプロダクトだとは認めたがらない。それは自分のやるべきことがわかっているプロダクトではないと。それは、彼が手をつけたいとも思わないような、複雑怪奇な代物なのだ。
●著名ブロガーの提言
現実的な解はどこにあるのか。
ニューヨーク市立大学教授で著名ブロガーのジェフ・ジャービスさんは、ベンチャー投資「ベータワークス」CEOのジョン・ボースウィックさんとともに、デマニュース対策として15項目の提言を公開している。
ジャービスさんはまず、フェイスブックのようなプラットフォームに対して、検閲を強いることの危険性を指摘する。
私たちは、プラットフォームを、あらゆるものに対する検閲官として、偽物か本物か、真実かデマかを判断させる立場に追いやるべきではないと信じている。私たちはブラックリストをつくり出すことを懸念する。何がデマで何が真実か、誰の真実がより真実と言えるのか、といった、今流布している議論が、今日にでもできることがある、という事実を覆い隠してしまうことを懸念している。
フェイスブックには、ピュリツァー賞も受賞したベトナム戦争の歴史的報道写真を"児童ポルノ"として削除したり、パレスチナのジャーナリストらのアカウントを一方的に停止した経緯もある。
ジャービスさんらが、まず最初に挙げるのは、"より使いやすいデマの通報手段の整備"だ。
フェイスブックはすでに昨年1月から、デマ通報の仕組みをスタートさせている。
だが、使い勝手の評判はいま一つのようだ。なにより、デマの氾濫がその効果のほどを示している。
また、ツイッターは15日、「嫌がらせ」へのミュート機能の追加を発表したが、デマについても追加し、その情報をユーザーが共有できるようにすれば有益だ、と提言する。
さらに、"メディアからプラットフォームに対し、記事の検証、虚偽の証明などのメタデータを送信できるシステムの構築"をあげる。
グーグルは投開票前の10月半ば、グーグルニュースに「ファクトチェック」のタグを新たに追加する、との発表を行っている。
ただ、それで直ちにデマが消えるというものでもない。
ネットニュースの「メディエート」は大統領選後の11月13日、グーグルで「最終投票結果(final vote count)2016」を検索すると、ニュースのトップには、「トランプ氏、得票数と選挙人数の両方で勝利」との間違った記事が表示されていた(※実際には得票数ではクリントン氏が上回っている)、と報じている。
さらに注目すべき提言は"編集者を雇え"だ。
ただ、これは、かつてのように編集者が表示するコンテンツを選んだり、見出しをつけたり、といった作業をすることではない、という。
むしろ"世間知"の導入の意味合いが濃い。
ハイレベルのジャーナリストを組織内に雇用することを強く推奨する。コンテンツをつくったり、編集したり、社外の編集者と競わせるためではない。会社やプロダクトに対する公的責任の感覚を取り込むためだ。プロダクトについての情報を提供し、改良するために。テクノロジストにジャーナリズムを説明し、ジャーナリストにテクノロジーを説明するために。報道機関とのコラボレーションを可能にするために。そして、最も重要なのは、ユーザーの体験をよりよいものにする手助けのために。
●公開書簡とブラックリスト(と脅迫)
デマニュースへの取り組みは、この他にも様々な形で動き出している。
米ポインター研究所が昨秋に立ち上げた検証組織の国際的なネットワーク化プロジェクト「インターナショナル・ファクトチェッキング・ネットワーク」は、11月17日、ザッカーバーグさんに公開書簡を送っている。
この中で、フェイスブックに対し、すでに世界各地にある検証組織との対話を呼びかけている。
我々は、ニュースフィードにおけるより正確なニュースのエコシステムを支えるための原則について、開かれた対話を始めるべきだと信じている。グローバルな検証コミュニティは、この対話への参加を切望している。
さらに、ジャービスさんらと同様、ユーザーによるデマの特定機能の向上を提言する。
メリマック・カレッジ助教のメリッサ・ジムダースさんは、デマニュースなどのサイトのリストを作成。ネットで公開し、大きな話題となった。
だが、話はそれで終わらなかった。
ジムダースさんはこのリスト公開により、個人情報の暴露といった脅迫とも言うべき嫌がらせを受けるようになったという。その多くは、トランプ氏支持のネットグループ「オルタナ右翼」によるものと見られているようだ。
そんな騒動を受け、今回のリストはネットから引き上げることにした、という。
デマニュースの背後にいる勢力は、物静かな人々ではないようだ。
●そして、当事者から
そして、ザッカーバーグさんも19日、7項目のより具体的なプランを明らかにした。
・検出の強化:我々にできる最も重要なことはデマを分類する能力の改良だ。つまり、ユーザーが虚偽だとフラグを立てるものに対し、実際にフラグが立つ前に検知する技術的なシステムだ。
・通報をしやすく:ユーザーが記事を虚偽だと通報しやすくすることは、デマをより素早く覚知することにつながる。
・第三者による検証:すでに評価の高い多くの検証機関があり、いくつかとはコンタクトもとっている。さらに多くの事を学ぶ予定だ。
・警告:第三者機関もしくはフェイスブックのコミュニティによって、虚偽だとフラグが立てられた記事にラベルをつけ、ユーザーが閲覧、共有する際に警告を表示することを検討している。
・関連記事の質向上:ニュースフィードにおいて、記事リンクの下に表示される関連記事の、採用基準のハードルを上げようとしている。
・デマニュース経済の破壊:多くのデマは経済的な動機によるスパムとしてもたらされている。我々は、このデマニュース経済を、既に今週初めにお知らせした規約変更と、(デマの換金化を狙う)"アドファーム"の検知能力を上げることによって破壊しようとしている。
・傾聴:我々はジャーナリストなど報道業界の人々と協力し、特に検証システムについてさらに理解し、そこから学び続ける。
専門家らによる提言は、それなりに耳には届いているようだ。
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■ダン・ギルモア著『あなたがメディア ソーシャル新時代の情報術』全文公開中
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(2016年11月20日「新聞紙学的」より転載)