『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書、6月13日発売)の「第1章・フェイクニュースとは」20ページ分を、全文公開します。
「クリントン氏が関わる児童虐待の地下組織」というフェイクニュースを信じた男による「ピザゲート」発砲事件。
その事件発生までの男の足取り、ワシントンのピザ店で軍用の自動小銃を発砲した理由とは。
さらに、そんなフェイクニュースを信じる人々とは――。
フェイクニュース問題の深刻さと難しさを象徴する発砲事件と、その背景を検証しています。
すでに『信じてはいけない』の「はじめに」と「目次」、170件の「参照URL」も公開しています。合わせてご覧下さい。
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【第1章】フェイクニュースとは
「フェイクニュース」現象とは何か。
その手がかりになるのが「ピザゲート」発砲事件だ。
●「ピザゲート」発砲事件
エドガー・マディソン・ウェルチ氏は、ノースカロライナ州の中央部、人口3万4000人ほどのソールズベリー市に住み、2人の娘がいる28歳。端役で映画数本に出演経験のある、売れない俳優だった。
2016年12月1日木曜日、ウェルチ氏はガールフレンドに宛てて、スマートフォンでユーチューブの動画を見ながら「ピザゲート」のことを調べている、とテキストメッセージを送っている。見ていて「気分が悪くなる」と。
「ピザゲート」とは、児童性愛の地下組織が首都ワシントン近郊のピザレストラン「コメット・ピンポン」を拠点に活動しており、そこに民主党の大統領候補だったヒラリー・クリントン氏が関与している、とネット上に拡散していた出所不明の陰謀論だ。
夜8時には、友人の1人にユーチューブ動画のリンクとともに、「ユーチューブで『ピザゲート:より大きな視点で』を見ろよ」とテキストメッセージを送っている。
右派のラジオパーソナリティ、アレックス・ジョーンズ氏のウェブサイト「インフォ・ウォーズ」がまとめた「ピザゲート」に関する動画だった。
翌2日金曜日の午後3時前、別の友人にテキストメッセージで「軍関係の知り合いはいないか」と尋ね、こんなことを明かしている。
「児童性愛のネットワークを襲撃する。多くの命を救うために、何人かの命を犠牲にするかもしれない。赤ん坊や子どもたちを誘拐し、拷問し、レイプするようなことが俺たちの身近で起こっている。その腐ったシステムに対して立ち上がるんだ。次世代の子どもたち、我らの子どもたちを、こんな邪悪な目にあうことから守るんだ」
2日後の4日日曜日朝。ウェルチ氏は8時半すぎ、自宅に2人の娘とガールフレンドを残して、家を出る。そして、ワシントンまで600キロほどの道のりを、シルバーのプリウスに乗って6時間がかりで運転していく。
途中、午前11時すぎに、スマートフォンで家族宛てに、愛している、との動画メッセージを撮影している。そして、「それをもう一度伝えられたら」「そのことを忘れないで」と。
●12月4日午後3時
ウェルチ氏は4日午後3時ごろ、ホワイトハウスから北西7キロほどの交差点に面したピザレストラン「コメット・ピンポン」に到着する。
軍用のM16自動小銃(AR-15)の銃口を下に向けて胸に抱え、38口径コルト・リボルバーを腰のホルスターに差して、通りに面した正面の入り口から、店内に立ち入る。自動小銃を目にした客や店員は、即座に店外に逃げ出した。
ウェルチ氏は店内で、「ピザゲート」の証拠となる"子どもたちが閉じ込められた秘密の部屋"を探す。そして、鍵のかかった部屋を見つけると、ドアに向けて自動小銃を発射する。だが、その部屋には誰もいなかった――。
3時半前には店内に武器を捨て、両手を上に掲げて正面入り口から投降する。
逮捕後の供述で、ウェルチ氏は、「ピザゲート」の"ニュース"をインターネットやラジオ、さらに知人の話で知り、自分の手で"調査"しようと思った、と話している。
ウェルチ氏のこれらの行動は、米連邦捜査局(FBI)捜査官によるワシントン地裁に対する刑事告訴状に記されている。
●「情報が100%でなかった」
米大統領選でのトランプ氏当選にも影響があったのでは――そう指摘されて、注目が集まっていたフェイクニュース。
そのフェイクニュースを信じた男による、大惨事になりかねない発砲事件が実際に起きてしまった。しかもそれが、ホワイトハウスともさほど離れていないワシントンが現場となって。
地元紙ワシントン・ポストは、翌日朝刊1面に写真付きで記事を掲載。国内外のメディアもこぞって、その衝撃を報じた。
その中で、ウェルチ氏は逮捕後、ニューヨーク・タイムズによる単独インタビューに応じている。
それによると、今回の発砲事件は政治的な動機からではない、とウェルチ氏は言う。かつては共和党員だったが、今回の大統領選ではトランプ氏にも、クリントン氏にも投票していない。ただ、トランプ氏が米国を「正しい方向」に導くよう祈っている、と。
ウェルチ氏は事件後も「ピザゲート」を否定するつもりはないという。「情報が100%でなかった」。そして、「店の中には子どもたちはいなかった」だけだ、と。さらに、後悔はあるか、との質問には、今回は慌ててしまってうまくいかなかったと言い、「現場での状況への対処に、悔いが残る」と話している。
逮捕後も、「ピザゲート」の陰謀論から目が覚めたわけではないようだ。
ウェルチ氏は2017年3月24日、連邦地裁の公判で起訴事実を認めた。店内での発砲と州を越えた武器の輸送により、最大7年の懲役が見込まれている。判決は6月の予定だ。
●メール流出と陰謀論
発砲事件の現場となった「コメット・ピンポン」の経営者は、ジェームズ・アレファンティス氏。クリントン氏側近で選挙対策本部長だったジョン・ポデスタ氏と親しい人物だ。
アレファンティス氏は、男性ファッション雑誌「GQ」が2012年に選んだ「ワシントンの有力者50人」で49位にランクインするなど、民主党支持者として、目立つ存在だった。「ピザゲート」の拡散の背景には、そんなことも影響したようだ。
「ピザゲート」の陰謀論は、2016年10月末ごろからツイッターや米国の著名ネット掲示板「4chan 」「レディット」に流れ、後ほど紹介するようなフェイクニュースサイトなどにまとめられていったようだ。
ネットメディアの米バズフィードや、BBCの検証によると、一つのきっかけは10月28日、FBI長官だったジェームズ・コミー氏が、クリントン氏の私用メール問題で、新たなメールが見つかったとして捜査再開を表明したことだった。
そのメールの中に、児童虐待ネットワークの中心人物がクリントン氏であることを示すものがあった│というデマが「ピザゲート」につながる。
もう一つのきっかけは、ウィキリークスが同月7日から、ポデスタ選対本部長の2000通を超すメールを公開し始めたことだ。ポデスタ氏はこれに先立つ3月、Gメールのアカウントにサイバー攻撃を受けた。ウィキリークスが公開したメールは、この時に流出したものだった。この中に、「コメット・ピンポン」のアレファンティス氏とやりとりしたものも含まれていた。
「ピザゲート」では、このメールの中に「児童への性的虐待を示すコード(符丁)が隠されている」とされた。「コード」とは、「ホットドッグ=少年」「ピザ=少女」「チーズ=幼い少女」「パスタ=幼い少年」などと、ありふれた言葉を少年少女に結びつけたもの。
これらを"根拠"に、「チーズがおいしい」といったごく普通のメールの中身を、次々に「児童への性的虐待の謀議」と読み替えていくのだ。そのようにして、「ピザゲート」は流布していった。
●右派サイトの拡散
このような荒唐無稽な陰謀論は、ネット掲示板から、どのようにして広く拡散していったのか。
一つは、発砲事件のウェルチ氏も見たという「インフォ・ウォーズ」などの右派サイトだ。
ワシントン・ポストによると、発砲事件の1カ月前、11月4日に投稿されたユーチューブ動画で、「インフォ・ウォーズ」のアレックス・ジョーンズ氏は「ピザゲート」についてこう述べていたという。
「ヒラリー・クリントンが自らの手で殺害し、切り刻み、レイプした子どもたちのことを考える時、彼女に立ち向かっていくことに何の恐怖も感じない」「ヒラリー・クリントンは自分の手で子どもたちを殺した。私はこの真実をもはや隠してはおけない」
この動画は、現在は削除されているが、42万7000件を超す視聴があったという。
「ピザゲート」の拡散を主導した1人でもあるジョーンズ氏は、トランプ支持者としても知られる。トランプ氏自身も、ジョーンズ氏のラジオに出演したりしている関係だ。そのジョーンズ氏は、発砲事件から3カ月以上たった2017年3月24日になって突然、「私の知る限り、アレファンティス氏や彼のレストラン、コメット・ピンポンはピザゲートのいう人身売買に関与してはいない」と陰謀論を撤回、謝罪している。
アレファンティス氏による賠償請求を危惧したのではないか、と見られている。
●「ボット」がうごめく
米イーロン大学助教、ジョナサン・オルブライト氏の調査では、「ピザゲート」は、米国以外にもチェコやキプロス、ベトナムと広範囲な場所から発信されたツイッターでも拡散されていた、という。
そしてツイッターによる拡散は、必ずしも人間の手によるものばかりではなかった、と。ツイッターの送信を自動化した「ボット」と呼ばれるプログラムによって、大量に送信されていたようだ。
「ボット」という名称は、自動的にツイッター投稿をするロボット、という意味合いだ。
自動化の「ボット」で投稿数が格段に増えることにより、「ピザゲート」の話題がツイッターで人気の話題を紹介するコーナー「トレンド」に掲載されれば、話題はさらに拡散の規模を広げる。
ツイッターの「ボット」の介入には、そんな"意図"もうかがえる。
●脅迫、そしてネット中継
「ピザゲート」の拡散によって、児童虐待の拠点とされた「コメット・ピンポン」の被害は、この発砲事件が初めてではなかった。
座席120、スタッフ40人を擁し、店名にもなっている卓球台が並ぶピザ店は、すでに陰謀論の渦中に巻き込まれていた。
「お前らのことは知ってるぞ」「この手で殺してやる」
ニューヨーク・タイムズなどによると、アレファンティス氏や店のスタッフには、11月8日の大統領選投開票日前から、インスタグラムやフェイスブック、ツイッターなどを通じて、数百もの殺害予告などが殺到していたという。
「この正気の沙汰ではない、でっち上げられた陰謀論のせいで、我々は絶えず攻撃にさらされるようになってしまった」とアレファンティス氏。
FBIや地元首都警察にも相談し、フェイスブックやツイッター、ユーチューブなどのソーシャルメディアに、このフェイクニュースの削除要請を出していたという。
それでも「ピザゲート」の陰謀論は広がるばかりだった。
大統領選後の11月中旬には、スマートフォンを使って、店内の様子をネット中継する人物まで現れた。後述するが、この人物は翌2017年春のフランス大統領選でも、フェイクニュース拡散に関わっている。
その果てに、発砲事件を迎えることになった。
●政権移行チームからの解任
「ピザゲート」発砲事件の余波は、トランプ氏周辺にも及んだ。発砲事件当夜に、なお「ピザゲート」を拡散させるツイートをしていた政権移行チームのメンバーに批判が殺到。チームを外れる事態になったのだ。
そのメンバーとは、新政権発足時の国家安全保障担当補佐官を務めたマイケル・T・フリン氏の息子、マイケル・G・フリン氏だ。
息子のフリン氏は、発砲事件のあった4日の夜10時すぎ、ツイッターで「ピザゲート」は存在する、と主張していた。
「ピザゲートは、虚偽だと証明されるまで、ストーリーとして存在し続ける。左翼はポデスタメールと、それにまつわる数多くの"偶然の一致"を忘れているらしい」
「ポデスタメール」とは、前述したクリントン選対本部長のポデスタ氏の流出メールのこと。"偶然の一致"とは、そのメールの内容を「コード」を使って読み替えた「児童虐待疑惑」を指している。
発砲事件から2日後の6日、息子のフリン氏は、このツイートの責任を問われてトランプ新政権移行チームから更迭された。だが、「ピザゲート」の拡散に関与したのは、息子だけではなかった。父親のフリン氏本人も、ツイッターでこの陰謀論を拡散していたのだ。
大統領選最終盤の11月2日、父親のフリン氏はこうツイートした。
「判断するのはあなただ―ニューヨーク市警がヒラリー氏メール問題で新たな疑惑を暴露:資金洗浄、児童相手の性犯罪、などなど......必読!」
ツイートには、「ピザゲート」の原形となったフェイクニュースへのリンクが添えられていた。「ピザゲート」拡散の初期から、トランプ氏の側近である新政権中枢の人物が、関わっていたことがわかる。
ただ、父親のフリン氏も、新政権発足から1カ月もたたない2017年2月13日、駐米ロシア大使との接触を巡る〝ロシア疑惑?の責任を問われ、更迭されることになる。〝ロシア疑惑?については、第3章などでさらに詳しく見ていく。
●陰謀論を信じる人々
発砲事件の被告、エドガー・ウェルチ氏が起訴事実を認めた翌日の2017年3月25日、ホワイトハウス周辺では、「ピザゲート」の調査を求めるデモが行われた。ワシントン・ポストなどが伝えている。
「ピザゲートはフェイクニュースではない」と書かれたTシャツを着て、妻と3人の子どもとともにフロリダからデモに参加した刑務官の男性は、こう述べたという。「ピザゲートが現実だということに何の疑いも持っていない」
この荒唐無稽なフェイクニュースも、それを信じる人たちがいなければ、大規模な拡散にはいたらない。信じた人たちは、どのぐらいいたのか?
発砲事件後、いくつかの調査結果が公表されている。それによると、「ピザゲート」を信じた人々は、ごく一部のネットユーザー、とは言えない規模のようだ。
米国の調査機関「パブリック・ポリシー・ポーリング」は事件から5日後の12月9日、大統領選への投票者1224人を対象とした世論調査の結果を発表している。
調査の中に、こんな設問があった。
「あなたはヒラリー・クリントン氏がワシントンのピザ店を拠点にした児童性愛のネットワークに関与していると思いますか」
これに対し、「思う」と回答したのは9%、「思わない」が72%、「わからない」が19%だった。発砲事件が起きた後も、約1割が「ピザゲート」のフェイクニュースを信じていた、ということになる。それは、2016年の米大統領選の投票総数1億3700万票に当てはめてみると、1200万人という規模になる。
調査では、その内訳についても公開している。
大統領選でトランプ氏に投票した人では、「思う」が14%、「思わない」54%。クリントン氏に投票した人では、「思う」5%、「思わない」が90%、と対照的だ。
●消えない陰謀論
「ピザゲート」に関連した世論調査は、他にもある。
英調査機関「ユーガブ」と英エコノミストが2016年12月27日、やはり大統領選に関連したフェイクニュースなどについての調査結果を公表している。
その中に、以下の記述が「事実」かどうかを聞く設問がある。
「クリントン陣営の流出メールの中に、児童性愛と人身売買についての記載があった――"ピザゲート"」
トランプ氏に投票した人たちのうち、「事実」と答えたのは46%、「事実ではない」が53%。クリントン氏に投票した人でも、「事実」は17%、「事実ではない」が82%だった。
「パブリック・ポリシー・ポーリング」の調査結果に比べると、「ピザゲート」を信じている人々の割合が、高く出ている。
米国では、今回の大統領選以前から、様々な陰謀論が拡散されてきた。そして、それらをいまだに根強く信じている人々も少なからずいる。
この調査では、そんな根強い支持がある陰謀論についても聞いている。
「オバマ大統領はケニア生まれだ」→「事実」は36%、「事実ではない」64%。
「米国が見つけることはできなかったが、イラクに大量破壊兵器はあった」→「事実」53%、「事実ではない」47%。
「ワクチン接種は自閉症の原因と見られてきた」→「事実」31%、「事実ではない」70%。
オバマ氏の「出生地疑惑」は、定番の陰謀論の一つ。オバマ氏は米国生まれではないため、大統領になる資格がない│2008年、オバマ氏の最初の大統領選の時から、この陰謀論は根強くあった。
「バーサー」と呼ばれるこの陰謀論の中心的存在が、トランプ氏だった。
オバマ氏の実際の出生地はハワイだ。だがトランプ氏は、オバマ氏が出生証明書を公開した2011年ごろから、これが偽物であり、出生地はケニアだ、と繰り返し主張してきた。
トランプ氏が、この陰謀論をようやく取り下げたのは、大統領選も終盤に入った2016年9月のことだ。第4章で詳しく紹介する。
また、「イラクの大量破壊兵器」は、2003年から8年9カ月にわたって続いたイラク戦争の主たる開戦理由だった。しかし結局、発見することはできなかった。
「ワクチン接種が自閉症の原因」も米国ではよく知られた陰謀論だ。トランプ氏はこれについても、過去に認めるツイートをしている。
●フェイクニュースの定義とは
あるキーワードがどれくらい検索されたかを調べることができるグーグルトレンドというサービスがある。
このサービスで「フェイクニュース」を調べてみると、米国内での関心が高まったのは、大統領選でトランプ氏が当選した後であることがわかる。
選挙期間中も、メディアにはしばしば取り上げられてきたが、社会規模の関心事というわけではなかったようだ。そのため、「フェイクニュース」の実態や、言葉の定義についても、あまり厳密に突き詰められてはいなかった。
そんな中、オーストラリアのマッコーリー辞典という英語辞典が2017年1月25日、2016年の言葉として「フェイクニュース」を選んだ、と発表している。
マッコーリーはオーストラリアの伝統ある英語辞典だ。同辞典は「フェイクニュース」をこう定義した。
「政治目的や、ウェブサイトへのアクセスを増やすために、サイトから配信される偽情報やデマ。ソーシャルメディアによって拡散される間違った情報」
米大統領選では、まさにこのようなフェイクニュースが氾濫し、選挙に影響を与えたのではないか、とメディアでは指摘された。
事実が軽んじられる状況を示すという点で、英国のオックスフォード辞典が2016年の言葉として選んだのは「ポストトゥルース(脱真実)」だった。この言葉にも、「フェイクニュース」に近い意味がある。
その定義は、「世論の形成において、客観的な事実よりも、感情や個人的信条へのアピールが影響力を持つ状況」というものだ。
事実よりも虚偽情報やデマがネットにあふれ、人々の感情や信条に訴える――そんな状況に多くの人々が不安を感じている。
●フェイクニュースの7類型
グーグルが支援し、フェイクニュース対策に取り組むNPO「ファースト・ドラフト・ニュース」のリサーチディレクター、クレア・ウォードルさんは、フェイクニュースなどの誤情報・虚偽情報について、「ダマそうとする意図」の弱いものから強いものへと、その度合いによって七つの類型に分け、特徴を説明している。
・風刺・パロディー:被害を与える意図はないが、ダマされる可能性はある。
・誤った関連付け:見出し、画像、キャプションがコンテンツ本体と関連していない。
・ 誤解させるコンテンツ:ある問題や個人について誤解を与えるような情報の使い方
をしている。
・ 誤ったコンテクスト:正しいコンテンツが誤ったコンテクストの情報と共に共有さ
れる。
・なりすましコンテンツ:正しい情報源がなりすましに使われる。
・操作されたコンテンツ:正しい情報や画像をダマす目的で操作する。
・ 捏造コンテンツ:100%虚偽のコンテンツをダマしたり、損害を与えたりする目的で新たにつくり出す。
「風刺・パロディー」から「捏造コンテンツ」へと、「意図」は強くなっていく。
さらに、このような虚偽情報を拡散させる原因や動機について、英国の調査報道サイト「ベリングキャット」の創設者、エリオット・ヒギンズ氏による分類を元にした、八つの類型を紹介している。
・低レベルのジャーナリズム
・パロディーのため
・騒ぎを起こす、いたずら
・パッション
・党派心
・利益
・政治的影響力
・プロパガンダ
取材不足のメディアによる誤報から、ネット広告目当てのビジネス、選挙結果への影響を狙った情報操作まで――この情報タイプと動機の複雑な組み合わせの中に、フェイクニュースの生態系があるようだ。
●「ピザゲート」の示すもの
ここまで、「ピザゲート」をきっかけとしたワシントンでの発砲事件と、その余波などについて見てきた。というのも、フェイクニュースが抱える様々な問題点が、この事件に凝縮されているからだ。
フェイクニュースは一見して荒唐無稽な内容のものがほとんどだが、その中にごく一部、事実が紛れ込んでいるケースも多い。
児童に対する性的虐待の問題は、現に存在する。
2016年のアカデミー賞で作品賞と脚本賞を獲得した映画『スポットライト 世紀のスクープ』は、教会における大規模な児童への性的虐待の実態を暴いた米紙ボストン・グローブの調査報道を描いたものだった。そして、この児童に対する性的虐待は、世界的な問題へと波及していった。
また、「ピザゲート」の証拠とされたのは、実際に流出したクリントン氏側近、ポデスタ選対本部長のメールだった。
このように虚実をない交ぜにし、ソーシャルメディアで大量に拡散させることで、どんなに荒唐無稽なストーリーでも、少なからぬ数の信じる人たちを引きつけてしまう。
その拡散には、トランプ氏を支える右派の一群、そしてトランプ新政権中枢の側近までが関わっていた。
さらには、拡散には人間の手だけでなく、自動化プログラム「ボット」も介在していた。
「ピザゲート」の証拠とされたメールを流出させたサイバー攻撃には、ロシア政府の影も指摘されている。
多層的に、複雑に絡み合ったフェイクニュースの構造の一端が、この事件を通して垣間見える。
それではこれから、フェイクニュースの実態を、さらに深く掘り下げてみよう。
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■新刊『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』(朝日新書)6月13日発売。
(2017年6月30日「新聞紙学的」より転載)